(『ケネディ暗殺』ロバート・モロー著から抜粋)
トレーシー・バーンズから武器密輸の説明を受けてから1週間後くらいに、マーシャル・ディッグズから呼び出されて、ワシントンの彼のオフィスに行った。
ディッグズの話は、こうだ。
「亡命政府の大統領になるというコーリーの望みは、ケネディに認められた。
コーリーはワシントンに大使館を置きたがっていて、すでに物件を押さえてあるが、
コーリーの代理人として賃貸借契約をしてほしい。
それから、君の妻のセシリーに、ほどなくCIAから任務がいく。
彼女には、キューバの10ペソ紙幣と50ペソ紙幣を複製してもらいたい。
ジョンソン副大統領は、我々に情報を流してくれる。
だが、2つの問題を抱えている。
ギャングのボスの密使をしているミッキー・ウィーナーという弁護士と、ジョンソンは
繋がっているらしい。
さらに、ビリー・ソル・エステスという男と密接に結びついているが、エステスは詐欺と
殺人の疑いをかけられた。 」
私はボルティモアの自宅に戻り、セシリーおよびロス・スコイアーと紙幣偽造の作業に入った。
そして、完璧な偽札をつくるにの成功した。
コーリーは作品に満足し、我々は何百万ペソ分もの偽札を印刷した。
大部分は、コーリーを介してキューバの地下組織に渡った。
1961年8月までに、(偽札のために)キューバ経済は混乱をきたした。
コーリーは、マックス・テイラー将軍から『キューバ解放のための組織連合(UOLC)』を設立するように指示された。
10月初旬に私は、コーリーから2人のマフィアのボスを紹介された。
シカゴのサム・ジアンカーナとラスベガスのジョニー・ロゼリだ。
コーリーは、私にキューバの新紙幣を見せた。
我々の偽造したペソが大量に流布したことで、カストロは紙幣を刷新し、新紙幣の偽造が必要になったという。
翌日に、バーンズから電話があった。
密輸する武器が、すでにギリシャの倉庫にあるという事だった。
私は飛行機の予約をとり、スペインのマドリードに向かった。
マドリードの米大使館の商務官に会うと、「MATS(軍航空輸送部)の便で、アテネに飛び立つ用意が整っている」と告げられた。
アテネの空軍基地に着き、案内されてカフェに入ると、デイブ・フェリーが現れた。
フェリーは言った。
「結局、21万ドルでいいらしい。
ジャック・ルービーとクレイ・ショーの間で、思っていた以上にうまい商談が
成立したんだ。
残りのカネは、他の武器にまわせる。」
倉庫に着くと、「パーミンデックスS・A」と記されていた。
中に入ると、箱が天井まで積み上げられていた。
「シュマイサー銃は2000丁ある。トンプソン銃は250丁だ。」と、フェリーは説明した。
フェリーはさらに説明した。
「すべてをリバプールに転送して、それからグアテマラに送る。
書類にサインしたら、カネをいただこう。3日以内に、全部を船に乗せる。」
私は21万ドルに相当するポンド紙幣を渡した。
ホテルに戻ると、朝にフェリーから電話があった。
「あんたにテレックスが届いている。
パリ経由で至急アメリカに戻ってもらいたいそうだ。
飛行機は予約しておいた。」
パリのホテルに着き、ハミルトンと会った。
彼は大きな封筒を取り出し、こう言った。
「トレーシー・バーンズに言ってほしい。『これがお望みのハーベイからの情報だ』と。」
ハーベイとは、CIA局員のウィリアム・ハーベイのことだ。
彼は元FBIで、私が帰国して数日後にCIAによるカストロ暗殺計画の指揮官となった。
彼は、ロゼリ、トラフィカンテ、ジアンカーナ、メイヒュー、デル・バレらと頻繁に会った。
(2016年4月6日に作成)