民主党のアンドルー・ジョンソンが大統領となる
共和党によって憲法が修正されて、黒人の権利が保障される

(『アメリカの歴史を知るための62章』から抜粋)

南北戦争の終結後の重要問題は、「解放された400万人の黒人の処遇」と「独立をはかった南部諸州の連邦復帰」であった。

リンカーン大統領(共和党)の暗殺後に大統領になったのは、副大統領だったアンドルー・ジョンソンである。

アンドルー・ジョンソンは南部人で、リンカーンとは違い民主党員だった。

彼は上院議員の時に、プランテーションの地主を攻撃し、連邦脱退に反対していた。
それにより、リンカーンから副大統領に指名されたのである。

アンドルー・ジョンソンは大統領に就任すると、議会の休会中に、南部の支配者に次々と特赦を与えて、プランテーションを持ち主に返還した。

南部の支配層は権力に復帰して、南部各州で『黒人取り締まり法』が制定された。

この法は、職がなかったり住所不定の黒人を、「浮浪者」として取り締まるという内容である。

1865年12月に連邦議会が開かれると、共和党の急進派が主導権を握り、『再建への合同調査委員会』を設置して、大統領と対決した。

そして、1866年にはアメリカ初の『公民権法』を成立させた。

さらに、国民感情の高まりを背景に、『憲法修正第14条』が制定された。

これは、解放された黒人に市民権を与えて、法の手続きなしに生命・自由・財産を奪うことを禁止する内容である。

修正第14条は、やがて黒人だけではなく、すべての市民の権利を保障するものとなる。

南部の諸州は、1州以外はすべてが、修正第14条の批准を拒否した。

そこで連邦議会は、1867年に『軍事再建法』を定めて、南部諸州を連邦軍の軍政下に置くことにした。

旧南部連合の指導者たちは、官職につく事が禁じられた。

この政策にアンドルー・ジョンソン大統領が反対したため、下院は弾劾を決定した。

弾劾案は、上院で1票だけ足らずに否決された。

1870年には、黒人男性に選挙権を保障する、『憲法修正第15条』が成立した。

選挙権を得た黒人たちは、共和党に投票した。

連邦軍の指揮下に置かれた南部では、白人達はKKKなどの武装集団を密かに作り、黒人を暴力的に押さえ込もうとした。

南部の黒人たちは、自分の土地を与えられる事を望んだが、実現しなかった。

1870年代の初めになると、北部では人種的平等への関心は薄れていき、南部では民主党が支配権を回復した。

連邦軍の撤退も行われて、黒人の解放は中途はんぱに終わった。

(2013.7.10.)


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