第4の新しき啓示
神には何も必要ないし、神は何も要求しない

 神   神を信じない人でも、神を信じている者達がつくる社会的規範に影響される。

     社会的な規範は、文化的な制約になり、物事の在り方になるからだ。

ニール  それだから、宗教は俗世間にまで影響するのですね。

 神   そうだ。

     組織的宗教はつまるところ、信念体系以外の何ものでもない。

     人間の行動はすべて信念に基づいているし、1つの信念が次の信念を育てて、
     やがては特定の宗教を超えた「超信念」も生まれる。

     だから、基本的な宗教的信念を検討する事が大切だ。

ニール  私たちは、危うい世界に暮らしていますよね。

 神   そんな事になったのも、あなた方の信念のせいだよ。

     地球には沢山の宗教があるが、神に関する信念は、ほとんどが共通している。

     中でも基本的なのは、『神についての5つの誤解』だ。

     (この5つの誤解については、別のページに詳しく書いてあります)

     5つの誤解の1番目は、「神は何かを必要としている」というものだ。

     要するに、「神は人間に指図をしたがっており(要求をしており)、それに従わないと
     罰される」という事だ。

ニール  その通りの事を、子供の頃に、修道女から教わりましたよ!

     「神の掟に背くと、恐ろしい事が起こりますよ」と、慈愛深いシスター達は言って
     ましたっけ。

 神   「神の要請」については、どの宗教でも似通っている。

     だが、「神が何かを必要とする」というのは、間違っている。

     神とは『存在するすべて』であり、神でないものは何もない。

     従って、神に必要なものは無い。

     ここで、『第4の新しき啓示』だ。

     『 神には何も必要ないし、神は何も要求しない  神は幸せそのものだ 』

ニール  そんなはずはありません。

     だって、世界中の宗教の聖典には、神の掟の長いリストが載っています。

     国際クリシュナ協会の創設者であるバクテヴェーダンタ・スワミは、
     『真のバガヴァッド・ギーター』という本の最初に、

     「バガヴァッド・ギーターの中心的な教えは、『人は、神を満足させなければならない。
      神は要求をしておられる』である」

      と書いています。

 神   それは、真実ではない。

ニール  それでは、旧約聖書のトーラーや、コーランはどうですか。
     神の掟の長々としたリストが出ていますよ。

 神   そうだね。

     では、それらの聖典に書かれている言葉を、神の言葉にふさわしいか考えてみよう。

     聖書の申命記には、「結婚した女性が処女でなかったら、その女を実父の家の入り口に
     連れて行き、人々は石で打ち殺さなければならない」
     と書いてあるね。

ニール  ちょっと待って下さい。 それが神の掟なのですか?

 神   モーセは、そう言っている。

     トーラーにも、「不倫を見つけたら、不倫した男女は石で打ち殺さなければならない」
     とある。

     日常生活についても、掟はたくさんある。

     例えば、「女性は、男性の衣服を身に付けてはいけない。神はそのような行いを嫌う」
     と、トーラーには書いてある。

ニール  すると、スラックスやスーツは、まずいですね。

 神   それに、「ウールと麻を交ぜた織物は、身に付けてはいけない」とある。

     それから、『神を礼拝する館に入れるのは、一定の人々だけ』だ。

     「婚外子は入れてはならない。その子孫は10世代も後の子でも、だめだ」とある。

     さらには、『身体の一部が傷ついていれば、人々と一緒には神を礼拝できない』のだ。

     聖書には、「睾丸のつぶれた者、陰茎を切り取られた者は、主の集会に加わっては
     ならない」とある。

     申命記を見てごらん。

ニール  しかし、いくらなんでも…。

 神   『親に従わない子供は殺せ』とも書いてあるよ。

     トーラーには、

     「反抗的な息子がいて、父母に従わないならば、父母はその息子を長老の所へ連れて
      行かなければならない。
      その時は、町の男たち全員は、その息子を石で打ち殺さなければならない。

      あなた方は、あなた方の内から悪を追放すべきである。」

      と書いてある。

ニール  ……。

 神   聖典では、『神は自ら、人々に罰を下す』ことになっている。

ニール  最後の審判の日まで待たずに、ですか?

 神   もちろんだよ!

     神は全知全能で恵み深いから、自分を信じない者に対しては頭にくるのだよ。

     コーランには、こう書かれている。

     「異教徒の行いは、砂漠の蜃気楼のようなものだ。そこには、何もない。

      彼らは、神は容赦なく裁かれる事を知る。神は迅速だ。」

     「神は無信仰者を罰せられた。神は報いを与えられた」

ニール  分からないなあ。

     神は、どんな理由があって、神を信じないだけで人々を罰するのですか?

 神   だが、私はチャンスを与えているのだよ!

     いきなり罰を下したりはしない。 まず警告をして、それでも信じなければ完全に
     叩きつぶす。

     コーランに戻ろうか。 こう書いてある。

     「神が怒りを下す場合には、前もって(警告のために)使徒をつかわす」

     「ある町を滅ぼそうと決めた場合には、まず戒律を犯した事を知らせる。
      それから彼らを、ことごとく滅ぼす。」

     人間はあまりに邪悪だから、審判の日の前に、人類の大半は滅ぼされるかもしれない。

     コーランには、
     「復活の日までに、神が滅ぼさずにおく集落は1つもなく、罰を下さない集落も
      1つもない」とある。

ニール  あなたは、からかっておられるんだ。

     聖書の中の、時代遅れの言葉を引用している。

 神   あなた方の聖書から「神について書いたこと」を引用したら、からかう事になるのかな?

     あなた方は、神がそういう事をすると言い、それを説明するために「聖典」と呼ぶ書物を
     利用する。

     そして、その聖典を掲げて、野蛮な行為を正当化してきた。

     それに、「聖書は決して時代遅れにならない」のではなかったかな?

     原理主義者たちは、「聖書の言葉は、そのまま社会に当てはめなくてはいけない」と
     主張している。

ニール  でも、そういう原理主義者は、少数派ですよ。 影響力はありません。

 神   本当かな?

ニール  分かりましたよ。 確かに世界には、聖書の言葉から法律を作った国もあります。

     (サウジアラビアなどは代表的ですね)

     そういう国では、石打ちの刑をしたり、公開処刑を行ってきました。

     (考えてみると、日本もかつては、首切りの公開処刑が当たり前でした…)

 神   そう。 原始的な時代には、原始的な事が起こる。

ニール  でも、大抵の人は、21世紀を原始的な時代だとは思っていませんよ。

 神   周囲の世界を、よく眺めてみるといいよ。

ニール  確かにそうですね。 例えばアフガニスタンでは、タリバン政権の時は、泥棒の手を
     切り取っていました。

     タリバンが首都カブールから撤退した時、半日もしないうちに女性は全身をおおう
     かぶり物を外して外に出てきたし、男性は髭を剃り落とし、商人たちは音楽を鳴らし
     始めました。

     でも、世界中の大勢の人々は、自分たちの知っている神の言葉を基にして、生きて
     いるんです。

 神   私は、そんな言葉は言っていない。

ニール  それでは、聖書は真実ではないのですか?

 神   あなたは、どう考える?

ニール  どう考えていいのか、分かりません。

 神   いや、分かっているはずだ。 あなたは、真実を知っている。

     あなたは、『内なる羅針盤システム(心と魂)』のおかげで、真実を知っている。

     あなたは、「神がそんな事を言うはずはない。神の言葉とされているものの半分は、
     そうではない」と、感じている。

     あなただけではなく、皆が感じている。

     問題は、『それを認められるかどうか、はっきりと口に出せるかどうか』だ。

     「昔からの信念や伝統は、もう通用しない」と、言えるかどうかだ。

     あなた方の社会は、「お互いを踏みにじるのはいいが、昔からの信念を踏みにじる
     のはいけない」というのが、世間の考え方だ。

     そして、「古い信念を守るために、お互いを踏みにじる」のが、伝統になっている。

     そのようにして、不条理の世界が続いている。

(『新しき啓示』から抜粋)


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