子供の頃の思い出⑥
コンピュータ・ゲーム① ゲームセンターとS君の思い出(後半)

S君とゲーセンに行く約束をしてから、数日が経ち、当日の日曜日になりました。

私は、ゲーセンのデビュー戦なので、基本的にはただ見学をするつもりでした。

でも、(せっかく行くのだから、少しはプレイしたいなあ)と思い、考えた末に、全財産500円のうち、200円をズボンのポケットにねじ込みました。

当時の業務用ゲームは、1プレイが50円だったので、4回のプレイが可能のはずです。

私は、「よし、すべての準備は完了したな」と最後の確認をし、大きく深呼吸をしてから、待ち合わせ場所の駄菓子屋に向かいました。

ゲーセンに行く事は、悪い事とされていたので、母親には内緒にしておきました。

弟には、「ゲーセンに行って来るぞ、帰ってきたら報告するからな。お母さんには言うなよ」と言っておきました。

私は期待で一杯だったので、約束の10時よりも10分も早く、駄菓子屋に着きました。

まだS君は来ていなかったので、待ちました。
S君は10時きっかりに現れました。

私はすぐに出発すると思っていたし、行く気満々だったのですが、S君は「けっこう遠いから、腹ごしらえをしてから行こう」と言いました。

仕方がないので、2人で駄菓子屋に入り、私は「チューチュー・キャンディ(20円)」を買って、チューチューと吸いました。

2人で駄菓子を食べながら、駄菓子屋の外でたたずんでいると、「スーッ」と中学2年生くらいの人相の悪い人物が、自転車に乗って現れました。

この駄菓子屋の顧客は、私の通う小学校の生徒ばかりで、中学生はほとんど来ません。

私は、(中学生が来るなんて、珍しいなあ)と思いつつ、彼が自転車を止めるのを見守りました。

彼は着いた途端に、S君の顔をじっと睨み付けました。

S君にしか興味を示さず、自転車に跨ったままで、駄菓子屋に入ろうともしません。

私が(あれ? 知り合いなのか?)と思った時、いきなりその中学生は、「おい、お前。俺と会った事があるだろう?」と、S君にガンを飛ばしながら、けんか腰で言ったのです。

私はびっくりして、S君を見ました。

S君は、かなり動揺した表情を見せながらも、「お前と会った事など無い」と、強気に切り返しました。

いきなり非常に険悪なムードが漂う事態に、私はハラハラしました。

その中学生は、イラついた表情をしながら首をひねり、「何処かで会った事があるんだがなあ」と記憶をたどる努力を20秒ほどしました。しかし思い出せない様子です。

そして、「おい、お前の名前を教えろ」と、S君に言いました。

S君は正直に、「○○だ」と本名を言いました。

私は、何かやっかい事に巻き込まれると、偽名を使う事が多かったので、(本名を言ってるよ、大丈夫か?)と心配になりました。

その中学生は、S君の名前を頭の中で反芻している感じで、何かを思い出そうと努力しながら、さらに1分ほどその場に居ました。

その間は、ずっとS君の事を、上から下までジロジロと観察し続けていました。

そうして結局は思い出せず、憎々しげにS君を睨みながら、去っていきました。

私は、中学生が居なくなるとすぐに、「あいつは一体、何なんだ?」とS君に訊きました。

するとS君は、顔をしかめて憎しみと軽蔑を込めながら、こう言いました。

「しばらく前に、これから行くゲーセンの辺りで、あの中学生に
 絡まれたんだ。

 俺と友達が自転車で道を行くのを、あいつが足を出して
 通せんぼしようとしたから、『短い足』とけなしたんだ。

 そうしたら、あいつに呼び止められて、名前を聞かれた。

 あいつは、あの時に俺の名前を聞いたのに、いま名前を
 言っても思い出せなかった。

 あいつは、バカだ。」

私はこの話を聞いて、(S君は、俺の知らない間に、不良になったのだろうか)と、少し不安になりました。

私が同じクラスだった小学3~4年生の時の彼は、生意気ではありましたが、根は真面目で悪ガキ・グループとも距離がありました。

彼は、口の悪い奴でしたが、けんかっ早いタイプではありませんでした。

(5年生になってから、付き合う友達が変わり、性格も変わったのだろうか…)と、彼の将来が少し心配になりました。

思わぬ事件がありましたが、気を取り直して、ゲーセンに出発する事にしました。

私の知らない場所にあるゲーセンなので、S君の案内に任せて、付いていく事になりました。

私は、自転車で5~10分くらいの距離だろうと思っていたのですが、驚くことに20分くらいもかかる遠い所への遠征でした。

10分くらいすると、私が1度も行った事のないエリアに入り、全く道が分からなくなりました。

私は、(こんな所まで、S君は遊びに来ているのか)と、びっくりしました。

普通の小学生は、自分の学区域内は友達が居るので詳しくなりますが、学区域の外へは子供だけではほとんど行きません。
夏休みなど、特別な時に1~2回、遠征するくらいです。

この時に行ったエリアは、学区域から大幅に外れていました。

私は、(こんな所、来た事がない。大丈夫だろうか…)と、不安になってきました。

ゲーセンに向けて出発すると、私はごく自然に、「これから行くゲーセンは、どういう感じなの?」と、並走しているS君に訊きました。

私としては、『どんなゲーム機があるのか』を知りたかったのです。

着く前に、軽く情報を仕入れておこうとした訳です。
ごくごく軽い気持ちで、この質問をしました。

すると、S君は待っていましたとばかりに、恐ろしいエピソードを次々と語り始めたのです。

これから行くゲーセンがどれだけ危険な場所かを、延々と説明し続けました。

私は心底から、びっくりしました。

彼は、私の反応を見ながら、脅かすような口調で、こう語りました。

「これから行くゲーセンは、地元の不良のたまり場になって
 いて、危険な場所だ。

 絶対に油断するな。やられてしまうぞ。

 そのゲーセンは『チュウプラ』(中央プラザの略か?)と
 呼ばれているが、地元の不良に『チュウプラは何処ですか?』
 などと訊いたら、お前はぶん殴られてシメられてしまうぞ。

 チュウプラに行く小学生なんて、めったに居ない。
 すごく勇気のある奴しか行かないんだ。(ここだけ自慢調)

 危険な人でいっぱいだから、目を付けられないように、
 慎重に行動しろよ。」

こんな恐ろしい話を、S君は真顔で言うのです。

話の途中で、何度も彼は、「あそこは、本当に危険な場所だ」と強調しました。

おそらく彼は、「俺は、そういう危険な場所に出入りしているんだぞ。どうだ、凄いだろう」と、言いたかったのだと思います。

彼は、私が驚く姿を見て、満足そうな表情をしていました。

でも、私はS君への尊敬心などまったく芽生えず、ただゲーセンに行くのが嫌になっただけでした。

(この間の話と、ぜんぜん違うじゃないか。聞いてないよー。そんなんだったら、もう行きたくないなあ。危ないのは、ごめんだよ。)と、話を聞くうちに、どんどん帰りたくなってきました。

私は、危険なリスクを抱えてまで、ゲーセンに行く気はありませんでした。
だからこそ(高校生になったら、ゲーセン・デビューしよう)と思っていたのです。

完全に、想定外の事態になってきました。

いつもの私ならば、このような事態に遭遇したら、「ごめん! 用事を思い出した!」と言って、一気にUターンをして帰ります。

私は、危機に巻き込まれてしまったら、皆と一緒に全力で戦いますが、あえて危険に飛び込む真似はしない人間です。

この場面は、まだ誰も危機に陥っていないので、逃げても卑怯ではありません。
少なくとも、私の感覚ではそうでした。

私は、(帰ろうか)と何度も思ったのですが、実に残念なことに、『帰りの道が分からないので、帰ろうにも帰れない』のでした。

私の知らないエリアに入ってから、すでに5分くらい経っていました。

S君は近道を使っているらしく、細くて入り組んだ道ばかりを進んでいきます。
私は完全に、現在地が何処か分からなくなっていました。

Uターンして一目散に帰りたいのに、帰れない状況に、(参ったな…、何という事だ…。最悪の事態になってしまった…。)と、深い絶望感に襲われました。 

徐々に、目まいと吐き気がしてきたほどです。

S君は上機嫌で会話を進めていましたが、私は途中から顔面蒼白になり、死傷率85%の戦場に赴く兵士のような、沈痛な面持ちになりました。

私はS君の後に、悲壮感を漂わせつつ、ノロノロと付いていきました。

やがて、問題のゲーセンに到着しました。

そこは、やや古びた感じの、2階立てのコンクリートの建物でした。
けっこう敷地面積のある建物でしたね。

1階は関係ないお店で、1階の端っこにある細い階段を上ると、2階のゲーセンに到着です。

そのゲーセンは、私のイメージしていた通りに、薄暗くて不気味な気配を醸していました。
悪い奴が居そうな臭いが、プンプンしていました。

昔のゲーセンは、本当に暗くてジメついた雰囲気をしていましたよね。

フロアーはかなり広くて、業務用ゲーム機がバラバラと50台ほど置かれていました。

店内全体が暗くて、非常に見通しが悪かったのですが、私は(危ない人はいないか?)と、急いでフロアー全体を眺め回しました。

そうしたところ、日曜日とはいえ午前中だからか、5人くらいの客しかおらず、見た感じでは危険な人も居ません。

さらに、店員らしき22歳くらいのごく普通の若者が、1人だけですがカウンターの奥に座っていました。

私は、(良かった~)と、かなり落ち着きを取り戻しました。

S君は、どれをプレイするか迷う素振りは見せず、やり込んでいるらしきゲーム機に座り、すぐにプレイを始めました。

私は隣りに陣取って、彼のプレイを見守りました。

私は不安に押しつぶされそうでしたが、ようやく味わうゲーセンを満喫しようと、ゲームに集中しようと努力しました。

でも、周りが気になって、どうしても集中できません。

誰かが階段を上がって、フロアーに現れるたびに、(危ない人じゃないだろうか)と気になって、ドキドキしながらそちらを見てしまいます。

私は緊張のあまり、S君のプレイ画面を見るよりも、周りを警戒する時間の方が長いのでした。

誰かが怪しい動きをしないかと、店内全体に絶えず気を配りました。

誰かが少しでも動きを見せると、(こいつが危険な人物なのか!?)と、緊張して様子を窺いました。
神経のすり減る、過酷な戦いです。

緊張ゆえに、S君がどんなゲームをプレイしていたかの記憶は、一切ありません。

画面を見ていても、『心はそこにあらず』でした。

10分ほどすると、私は心労がかさんで、かなり疲れてきました。

S君はゲームに集中しており、私の行動は目に入っていません。

12分くらいが経ち、S君が2プレイ目を終えた時に、私はもう帰りたい気持ちで一杯になっていたので、「おい、そろそろ帰ろう」と声を掛けました。

彼は、(お前は、アホか? まだ来たばかりだろ)といった、不審そうな目で私を見て、「まだプレイし足りないよ。お前もどれかをプレイしたらどうだ?」と言いました。

私は、ゲームをプレイしようかとも考えましたが、(プレイに集中している間に、万が一でもS君が帰ってしまったら、大変な事になる)と心配で、ゲームをする事が出来ませんでした。

15分も経つと、帰る事しか考えられなくなりました。

そして、S君がゲームオーバーになる度に、「もういいだろう、そろそろ帰ろう」と言い続けました。

彼はずっと「まだ、いいだろう」と言っていましたが、4プレイを終えた20分を過ぎたあたりで、「分かったよ。じゃあ帰ろう」と言いました。

彼はまだゲームをし足りない感じで、不満そうな表情をしていました。

私がうるさいからプレイを諦めたのか、お金が尽きたのかは、分かりません。

帰れる事になったので、私は嬉しさでいっぱいになりました。

嬉しさの中でも、(いや、まだ安心は出来ない。外に出るまでは、油断はできないぞ)と考えて、自分を戒め続けました。

一刻も早くゲーセンから去りたいので、名残惜しそうな彼を急かして外に出て、すぐに自転車にまたがりました。

彼がノロノロと自転車の鍵を開けているのを見て、(早くしろ、この野郎! ここがどれだけ危険な所か、分かっているのか!)と、イライラしました。

私は、ゲーセンから50mくらい離れた時に、ようやく緊張を解きました。

(危なかった… 何とか、生き延びることができた…)と、心からほっとしました。

私は、一気に元気を取り戻し、帰りの道中ではS君との会話を楽しみました。

でも、S君が「また、一緒にゲーセンに行こう」と言った時は、思わず「ドキッ」としました。

冷静さを装いつつ、「う~ん、考えておくよ」と答えて、やんわりと断りました。

でも心の中では、「2度と行くもんか! 絶対に行かん!」と叫んでいました。

ようやく出発点の駄菓子屋に戻った時には、激しい脱力感に襲われました。

私はすごく長い時間に感じていたのですが、時間を確認すると、まだ12時前でした。

S君は、「もう少し、一緒に遊ぼう」と誘ってきましたが、私は疲労感があり、S君と早く離れたい気持ちもあり、「今日は、もう帰る」と言って、すぐに家に戻ることにしました。

家に着くと、すぐに弟は「ゲーセンは、どうだった?」と聞いてきました。

私は答えようがなくて、困ってしまい、彼の質問を黙殺しました。

弟は、楽しい話を聞かせてもらえると思っていたようで、とても不満そうでした。

結局、この体験をした事で、私はゲーセンが苦手になりました。
完全にトラウマが生じてしまいました。

中学生になると、「ファイナル・ファイト」と「ストⅡ」という、業務用ゲーム史上の傑作が登場して、何度も友達からゲーセンに行こうと誘われました。

でも、私は1回も行きませんでした。

あの日以来、「ゲーセン」という言葉を聞くだけで、ドキッとして、冷や汗が出てしまうのです。

戦争からの帰還兵が、ちょっとした音や誰かの動作にも過剰に反応してしまうのと、程度は違いますが同じです。

このトラウマからようやく脱却できたのは、20歳になる頃でした。

この出来事の後、私はS君を避けるようになりました。
S君についても、ある種のトラウマになりました。

私は「もうS君とは関わらないぞ」と思っていたのですが、ひょんな事から彼とその家族と一緒に出かけることになります。

それは、おまけとして次回に話したいと思います。

(続きはこちらです)

(2013年10月24日に作成)


エッセイ 目次に戻る