軍事力を高める事が、戦争の抑止に繋がるのかを考察する

最近、日中関係が、領土問題に端を発して悪化しています。

そして、この情勢から、「自衛隊を国防軍に変える」、「日米同盟を強化する」、
「軍事力を強化する」などを行い、『抑止力を高めよう』という意見が、増えています。

私は、「軍事力を高める事が、戦争の抑止に繋がり、国の平和に繋がる」という考え方に、非常な違和感を持ちます。

しかし、現在の日本人の結構な数の人が(特に男性が)、この考え方をしているようです。

そこで今回は、『軍事力を高める事が、本当に戦争の抑止に繋がることになるのか』を考えます。

私の見る限りでは、「軍事力を高める事が、戦争の抑止に繋がる」という主張をする人の
考え方は、大別して二種類に分けられるようです。

一つは、「軍事力が相手よりも高ければ、相手は勝てないと認識して、戦争を仕掛けてこない。だから、戦争を防げる」というものです。

もう一つは、「軍事力のバランスが取れれば、その地域のパワーバランスが安定する。その結果抑止が働き、戦争を避けられる」というものです。

この二つの意見は、かなり内容が異なるものです。
前者は『自分が相手よりも強い場合』に、後者は『自分が相手よりも弱い場合』に、
語られる傾向があります。

この二つの考え方は、妥当なのでしょうか。
順番にこの考え方を、見て行きましょう。

まず、「軍事力が相手を上回っていれば、向こうは攻めてこない。だから平和になる」との考えですが、相手と敵対関係にある場合、これは全く通用しません。

敵対関係にある場合だと、こっちに攻める気が無くても、相手側は「いつ攻めてくるか
分からない」と認識し、「最低でも同じ軍事力を持とう。そうでないと危ない」と考えます。

そして、無理をしてでも軍事費を上げて、対抗しようとします。

その結果、敵対関係が続く限り、果てしの無い軍拡競争が起こります。

これは、歴史を学べば明らかです。
かつての米ソの冷戦、今のイスラエルとアラブ世界の対立などを見れば、誰にでも分かります。

敵対関係にある場合、自分が相手よりも劣っていると、「何としても、追いつかねばならない。そうでないと滅ぼされてしまう」と考え、行動します。

決して、「相手の方が強いのだから、諦めておとなしくしよう」とは考えないのです。

そして、「たとえ芋を毎日食う生活になっても、軍事に資源を投じなければならない」という決断をして、行動します。
戦時中の日本や、今の北朝鮮を見れば、理解できるでしょう。

要するに、『敵対関係にある場合、軍事力の差は抑止にはならずに、かえって対立を煽ることになる』のです。

ここから導き出される答えは、『何よりも良好な関係を築くことが大切であり、軍事力の強化は平和に直結する事はない』です。

次に、「軍事力のバランスが取れれば、抑止が働き平和が実現する」との考えについてです。

この考え方は、冷静に見つめると、かなり破綻した理屈です。

というのも、軍事力のバランスを取るというのは、実現化をつきつめると『すべての国の軍事力を均等にする』ことに、帰結するからです。

もし、この考え方で、地球全体に平和を生み出そうとするなら(軍事バランスを実現させるようとするなら)、この結論になります。

バランスを完璧に取ろうとするなら、米ソを始めとする先進国が軍事力を削減して、一方でアフリカ等の後進国が軍事力を強化しなければなりません。

こうした事が、行われていますか?
そして、もし軍事力の均等化が実現したとして、それで平和になると思いますか?

実際のところ、軍事力のバランスによって抑止を働かせるというのは、
大国たちが自分達の支配体制を正当化し、小国が力を付けるのを押さえるための、詭弁にすぎません。

ここから導き出される答えは、『軍事バランスを考えても、真の平和は実現できない。
平和を実現させるには、出来るだけ世界から軍事力を削減する事だ』
です。

どうでしょうか。
「軍事力を高める事が、自国の平和や安定を生み出す」との考えが、何の真実味も無いものだと、理解していただけましたか?

真に平和や安定を生み出したいならば、『相手との協調』と『軍事力の削減』が不可欠だと、私は考えます。

はっきり言って、平和な日々を送りたいなら、対話や協調に徹して敵対関係を作らず、
世界全体で軍事力を削減することに邁進すればいいんですよ!
至ってシンプルなんです。

このシンプルな事を、不可能だなどと言って諦めずに、地道に実行していくのが、平和への唯一の道だと思います。

(2012年12月22日に作成)


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