「ミュージカル モンテ・クリスト伯」を観た感想
まだまだ向上できるなあ
(2013.12.16.)

12月12日に、花總まりさんの出演している「ミュージカル モンテ・クリスト伯」を観劇してきました。

この作品は、有名な小説をミュージカルにした作品で、おおよそ次のストーリーです。

『主人公の青年が、罠にはめられて投獄される。

投獄中に知り合った囚人から、様々な事を教わり、隠し財宝のありかを聞く。

脱獄後にかくし財宝を見つけて、それを元手に伯爵の地位を手に入れる。

そして、かつて罠にはめた連中に復讐をしていく。

最後には改心をし、かつてのフィアンセと結ばれる。』

主人公を演じるのは石丸幹二さんで、まりさんはフィアンセの美しい女性を演じています。

まりさんの演技についての総評は、「いつも通り素晴らしい。でも、少々物足りないぞ」です。

まりさんの演技だけでなく、作品全体を通して、『もっともっと良い作品になるのに、もったいないなあ』と感じました。

この公演は、これからしばらく続いていくので、もっと良い内容にする事ができます。

感じた事を、詳しく書いていきます。

まず思うのは、『この作品は、音楽が素晴らしい』という事です。

これが、この作品の最大の特徴・長所でしょう。

フランク・ワイルドホーンという、世界的にも有名なミュージカル作曲家が手がけているのですが、どの曲も美しい旋律やコード進行をしています。

ただ、長調の曲でもひんぱんに短調からの借用和音が出てくるなど、難しい旋律の曲が(凝った曲が)多いです。

私が聴いた限りでは、ワイルドホーン氏の複雑かつ際立った旋律を歌いきっているのは、花總まりさんだけでした。

そのまりさんも、独唱はすばらしいのですが、他の人と合唱をするともう一つなのです。

「なぜ、ほとんどの歌がもう一つの出来なのだろう」と考えてみると、役者それぞれの力量不足だからではなく、『バランスが悪いから』だと思います。

例えばまりさんと石丸さんのデュオの場面でも、二人の声の絡み方(混じり方)が綺麗でないのです。

この2人のデュオの場合、石丸さんの声量が大きすぎると感じました。
石丸さんがもう少し抑えると、ちょうど良いバランスになると思います。

他の人達の場面も同じです。
各人は歌がかなり上手いのに、合唱すると全体の響きがあまり美しくないです。

バランスを意識すると、大幅に各歌が改善するはずです。

ここからは個別に出演者を評していきます。

まず主役の石丸幹二さん。

演じている1つ1つの場面は、的確な解釈です。
ただ、もっとやれると思います。

具体的に言うと、投獄されると復讐心が芽生え性格が豹変しますが、その豹変ぶりが弱いと思います。

復讐に溺れている時はもっと狂的な雰囲気を出した方が、展開にメリハリがつき、最後の改心も引き立つと思います。

さらに言うなら、主人公は牢獄内で師と呼べる人物に出会い、教養やら剣術やらを身に付けるのですが、それによる変化も表現不足だと思います。

大きな視点で言うと(脚本の問題点を指摘すると)、純朴な船乗りである前半生の描写が少なすぎますね。
いきなり婚約場面で始まり、すぐに投獄されるので、前半生をきちんと説明できないのです。

そのため、豹変する後半生との対比が上手く伝わらず、境遇と心境の激変が際立たなくなっています。

次に、花總まりさんです。

独唱など、一人で演じる場面は、素晴らしかったです。

彼女は、宝塚歌劇団にいる頃は大勢と一緒の場面の方が輝いていたと思いますが、最近は一人の場面の方がいいですね。

「こんな感じならば、ソロ・コンサートをしたら良い出来になるかも」と思いました。

他の人と一緒の場面では、まだ向上の余地があります。

私が思うに、彼女は男声とのハーモニーがいまいちです。

宝塚時代に女性としか合唱しなかったからだと思いますが、男声と上手く溶け合うのが苦手みたいですね。

努力で改善していってほしいです。

メルセデスの役作りや解釈は、良かったと思います。

モンデゴとなぜ結婚したのかは、いまいち良く分からなかった。
フィアンセの死亡が伝えられ、ショックを受けるのは理解できるのですが、「それで選ぶのがモンデゴなの?」と思ってしまいます…。

次に、村井國夫さんです。

セリフや役作りは、完璧でした。
とにかく声が、太くて聞き易くて最高です。

唯一の欠点は、歌の音程です。音程がつねに外れています。
きちんと合う瞬間がありません。

歌をセリフのように自然に歌うコンセプトは素晴らしいので、音程を合わせて下さい。

あと印象に残っているのは、ジャコポの岸祐二さん、ヴィルフォールの石川禅さん、モンデゴの岡本健一さんです。

岸さんは、海賊から改心して執事(用心棒)になる役ですが、大柄な体型なのでとてもマッチしています。
演技も自然で良かったと思います。

石川さんは、前半は良かったです。どういう人か理解しやすかった。
後半では失速しました。

岡本さんは、反対に後半が良かったです。
前半の若い頃は、どうもピンと来ません。

前半は、単に悪い奴なのか、それともメルセデスに対しては誠実なのか、よく分からないです。

女海賊役の彩吹真央さんは、頑張っていたと思いますが、印象に残らなかったです。

この役は、脚本の中に人柄がきちんと描かれていないので、やりづらいと思います。

私は宝塚時代から彼女を見ているし、演技力があるのを知っているので、もったいない気がしました。

私が思うに、この役は脚本において掘り下げがないので、深く考えずにドカーンと派手に演じるのが良いと思います。
現状では、暴れっぷりが足りないと思います。

さて。
ここからは、ストーリーについて、あれこれと書きます。

まず思うのは、村井國夫さんの演じる老神父(ファリア神父)が、素晴らしい人柄だという事です。

この人物は、誰も知らない秘宝のありかを知っているために投獄されている、謎めいた人です。
ものすごい量の知識や、剣技まで習得しています。

老神父は主人公と牢獄で出会い、主人公を弟子にして、さまざまな事を教えて別人に成長させます。
ここだけを見ると、ジャッキー・チェンのカンフー映画みたいな展開です。

その後、お約束どおりの展開となり、老神父は死んでしまいます。

彼はその時までに、主人公を罠にはめた人物を推理して見抜くなど、シャーロック・ホームズばりの洞察力を示します。

さらに復讐心に燃えている主人公を見て、「復讐など考えるな、それは何も生まないぞ。相手を赦しなさい。」と、最高のアドヴァイスまでします。

見ていると、「凄い人物だな。いったい、何者なんだ? あんたの正体は何なのさ?」と思います。

ですが結局、老神父の正体は明らかになりません。
とても残念です。心残りです。

この劇は、ファリア神父が「相手を赦しなさい」と最善の解答を教えたのに、主人公がそれを受け入れられずに復讐心に囚われて悪行に走る、というのがキー・ポイントになっています。

観客は、「ファリア神父が忠告したのに、復讐なんてするなよ。忠告を聞いておけばいいのに…。アホだなあ。」と感じつつ、主人公の復讐劇を見ていく事になります。

最終的には改心するので、観客も納得できるのですが、

「最初から復讐なんてするなよ。
(神父から教わった)隠し財宝を見つけたら、それを貧しい人に配るとか、慈善事業に使えばいいのに。
ファリア神父は泣いているぞ。」

というのが、私の率直な感想です。

忌憚無くぶっちゃけると、『無駄な復讐に付き合わされた』といった気持ちです。

『復讐とは、虚しい行いである。
本当に大切なのは、愛である。』

これが、この作品の言いたいことでしょう。

ストーリーにおけるもう一つのキー・ポイントは、主人公を罠にはめた3人の強欲ぶりです。

3人の薄汚い人生を見せることで、『強欲とは、かくも醜いものである。誰も幸福にはしないものなのだぞ。』という教訓を、観客に与えます。

この3人は、全員が深刻な「まだ足りない(不足している)」という強迫観念に囚われています。

「もっと手に入れたい。そうしないと幸福になれない。」との深刻な煩悩に悩まされています。
本当に哀れです。

『神との対話』では、「足りないという思考(信念)は、すべてのネガティブな思考の基になるものだ」と説いています。

人間が幸福に生きる上で、足りないとの思考は非常に有害なのです。

その真実を、この劇は上手く描いていると思います。

3人の中でも特に詳しく描かれているモンデゴは、足りないという強迫観念のために最後には死んでしまいます。

哀れな生涯ですが、この人生を通して「足りないという思考は、人間を不幸にする」との真実を、彼はしっかりと学べたと思います。

そういう意味では、とても有益な人生だったと言えるでしょう。

モンデゴは、とにかくストレスの溜まる役で、見ているだけでゲンナリします。
私がこの役を演じたら、3日で精神を病んで入院すると思います。

岡本さんは、身体を壊さないように、十分に休養をとりつつ演じて下さい。

主人公が復讐をする際に、「正義を実現するのだ! 悪を裁いてやる!」と、アホで独りよがりな態度を力強く見せるのも、ストーリーのポイントの1つでしょう。

主人公が「これは正義だ! 裁きだ!」と言う時に、バックの音楽を壮大に盛り上げる事で、アホっぷりがよけいにさらけ出されます。

これを描く事で、観客は「こいつはアホだ。復讐とか裁きとは、何と愚かな考え方なのだろう。」と、主人公に呆れつつ、大切な事を改めて学べるのです。

この主人公は、3人に復讐するだけだからまだ見ていられますが、これが「国を滅ぼされて、それに復讐する」なんてパターンだったら、戦争になって何万人とか何十万人が犠牲になってしまいます。

復讐とか裁きは、本当に危険な考え方なんですよ。

まりさんの演じるメルセデスは、おそらく内面も美しい人なのだと思いますが、それが脚本で描かれていません。

「外見がきれいだ」としか説明されないので、主人公やモンデゴが夢中になるのが、もう一つしっくりきません。

まりさんは、台本に無くても、内面の美しい人だという役作りをした方がいいです。

最後にオーケストラについて書きます。

このミュージカルは、生オーケストラを起用していますが、そのメリットはほとんど無かったです。

というのも、演奏に表現力が無かったからです。
表現が平板なんです。

リズムが躍動しないので、聴いていて心や身体を揺れ動かされることがありません。

演奏技術は高そうなので、ハートやソウルの欠如の問題です。

今の2倍はエネルギーを込めてくれないと、私は納得できないです。

いろいろと書きましたが、これからも各地で公演していくので、さらに良い劇になって欲しいです。

私の記事を参考にしてくれたら、嬉しいです。


『花總まり』 目次に戻る

『日記』 トップページに行く

『エッセイ』 トップページに行く

『サイトのトップページ』に行く