初めて宝塚を観劇した時の思い出
真夜中のゴースト/レ・シェルバン②

前半では、宝塚大劇場に到着して、チケットを買うところまで書きました。

後半は、いよいよ劇場内に入ったところからです。

観劇まで時間があったので(早めに行かないとチケットが取れないかと思い、開演よりもかなり早く劇場に着くように行ったのです)、劇場の脇にある喫茶店に入り、お茶を飲むことにしました。

喫茶店に入ったところ、店内の雰囲気やメニューが宝塚チックな夢々しいものなので、
私はびっくりしました。

宝塚ファン向けの喫茶店で、メニューには公演中の演目にちなんだ特別メニューもあります。

私はもともと、乙女な雰囲気がとても苦手なのです。
色調が強すぎると感じるし、丸みが強調されすぎて不自然とも感じてしまいます。

それに、少女マンガなどに接すると、女性の理想像を見せられて「こうなりなさい」と圧力をかけられた気持ちがし、「なれないあんたはクソ」と非難されている気分にもなってしまう。

それまで体験した事のない、女性的な夢々しい空気に、とても息苦しさを感じました。
アウェイにいる感じが、強烈にしました。

紅茶をすすりながら、劇場内に漂う、男には馴染みのない今まで味わった事のない空気感に、「もしかしたら、俺はとんでもない所に来てしまったのかもしれない…」と、不安になりました。

私は漠然とした不安にさいなまれて、意味もなくきょろきょろと辺りを見回しました。

その後、開演時間が近づいたので、母と座席に向かいます。

ホールに入り座席に近づいていくと、赤を基調とした独特の雰囲気に、びびりました。

男を拒むエネルギーをホール内から感じ、私はそこに存在する事自体に精神力を必要とする状態となりました。

「今まで何回か芝居を観たけど、この劇場は他と違うなあ」と強く思い、辺りを見回しました。

すると、何と! 舞台の天井に『ミラーボール』があるではないですか!

私は、それまでミラーボールを一度も見た事がなく、映画やTVドラマで見た事があるだけでした。

映画などでは、ミラーボールがあるのは「妖しいナイトクラブ」か「ダンスホール」です。

私は、「ミラーボールがあるよ! 生まれて初めて見たなあ。 さすが宝塚だ、普通じゃないぜえ。こんなのが使用される場面があるのかよ」と思いました。

今から考えると、ビデオで宝塚の映像をいくつも見ていたのだから、ミラーボールがあるのに気付いていてもよかった気がします。

でも私は、一般の宝塚ファンと違い、衣装とか照明には関心がありません。常に演技に集中しています。
だから、そっちに意識がいかずに、映像では全く気づきませんでした。

宝塚には『銀橋』という、客席側にせり出された橋があり、役者がお客に近づいてアピールする特別かつ神聖なエリアになっています。

その個性的なたたずまいを、私はビデオで何度も拝見していたので、そいつもじっくりと観察しました。

側まで行き、「開演したら、ここに役者が出てくるのかー。意外に通路が狭いんだなー」と思いながら、少し手で触ってみました。

ついでに、銀橋の奥下にあるオーケストラピットも覗き込んで、観察しました。

徐々に開演時間が近づいてきましたが、席はあまり埋まらずに、驚くことに中央エリアの
7列~15列目くらいの1番観やすい席が、ごっそりと空いていました。

100席は空いていたと思います。

私は「そんな事もあるだろう。温泉街だし、お客が入らないのかな~」などと思っていたのですが、母は「団体客のキャンセルだよ、悲惨だなー」と喝破しました。

ブザーが鳴り開演が告げられると、私はかなり緊張しました。

「いよいよか…、どんなものが現れるかな…。生の花總まりはどんな姿だろう」とドキドキしました。

開演すると、映画館並みの大音量に驚きましたね。

私はそれまで、ほとんど芝居を観たことはなく、全てが小劇場でのものだったようです。
最初に「音がでかっ!」と思ったのを憶えています。

さて、芝居の『真夜中のゴースト』ですが、ストーリーに魅力がなくて、どういう話だったかはほとんど記憶に残っていません。

ストーリーよりも、轟悠さんの演技と声がくさい芝居っぷりで、轟さんが真面目に演じているだけによけいに笑えたのが、一番印象に残っています。

コメディ・タッチの作品ではないのですが、私の印象としてはコメディ作品です。
笑える場面が多く、私は心の中で何度もツッコミを入れました。

一番おかしかったのは、轟さんが演じるゴーストの登場シーンです。

せり上がりで舞台下から「スーッ」と出てくるのですが、何とその間に自分で動いて回転し(横回転を加えて)、クルクル回りながら登場するのです。

ゴーストの神秘さと優雅さを出そうとしているのでしょうが、かわいいキャラに見えてしまい、完全に意図と反対の方向に行っていました。

「轟さんって、面白いセンスをしているなあ」と、暖かい心で観察しました。

私は、ここでの轟さんに強烈な刺激を受けてしまい、宝塚のせり上がりはみんな回転して出てくるのかと思い込みます。
そうして、せり上がりの度に期待するようになりました。

でも、その後たくさんの作品を見ても、ぜんぜん行われていません。

非常に残念に思います。あんなに笑える(微笑ましい)演出は、なかなかないですから。

あと印象にあるのは、衣装がきれいだった事ですね。

役者たちがみんなきれいな衣装を着ていることや、しょっちゅう衣装を着替えることは、
他の芝居ではありえないので、目の肥やしになりました。

きれいだとは感じましたが、同時に「また着替えてきたよ。場面的に、着替える必要は
全然無いじゃん。宝塚って、変な所にお金と情熱を注ぐなー。」と思いました。

男役がみんなカッコつけて歩くのも、すごく気になりました。

「そこまでカッコつけるか」と感じましたねー。

花總まりさんを初めて見た印象は、「細い身体だなー」と「足の長さが、はんぱじゃねえ」です。

映像で彼女の体形はすでに知っていたのですが、それでも実物を見たら衝撃でした。

ストーリーに内容が無かったため、彼女の演技についてはほとんど感じるところはなかったです。

彼女からは、繊細さと神経質なものを感じましたね。
映像で見る時よりも実物は、やや暗い感じと線が細い感じがしました。

ビデオ映像では、華やかな印象が強かったのですが、実物は華やかさに翳りが混じっており、「映像とは印象が多少違うなあ」と思いました。

今から振り返ると、この公演は轟さんのお披露目公演で、まりさんの雪組での最終公演でもあったから、彼女の状態はいつもと違ったのかもしれません。

他の時期よりも、体が痩せていた気がする。

この時期の花總さんは、現在の彼女の雰囲気とは、かなり違います。

振り返ってみると、彼女は徐々に、力強く大胆に、明るく付き合いやすく、なってきていますねえ。

結局、『真夜中のゴースト』については、衣装、化粧、セリフ回しあたりの、宝塚ならではの尋常でない濃さを感じている間に、気付いたら終演になりました。

私は濃い世界に付いていくのに必死だったので、幕が下りると「ふうー」と息を吐き出し、力んで凝っていた身体をほぐしました。

初めて宝塚ワールドに接してみて、夢々しさとそれとは相反する生々しいエグさが交ざった混沌ぶりに、魂を抜かれた感じが致しました。

休憩時間になると、私と母は「轟さんのセリフの言い方は変だよ」とか「花總さんのスタイルはやっぱりすんごいねえ」などと話し合いました。

確か、1ヵ所だけですが花總さんはセリフを言うのに詰まった所があり、母は「花總さんはセリフを間違えそうになったね」と言い、私は「うん、そうだったね」などとも話しました。

芝居に内容が無かったために、そんな話題になってしまった。

この時間になっても、客席には空席が多く、中央エリアの7~15列目あたりもまだ完全に空いていました。

母は、「役者が可哀相だ、やる気を出すのが大変だと思う」と、感想を述べました。

私は、(空いているんだったら、中央エリアのガラ空きの真ん中に座って、独裁者や王族みたいに貸切り状態で観ちゃおうかな)と思いつきました。

移動するかしないかでかなり迷ったのですが、初めて宝塚を観劇する初心者マークの者だったため、「今回はチケットで決められた席で観よう」と決断しました。

私としては、このようなシチュエーションはこれからも訪れるだろうと思っていたのですが、この時以来こんなに空席があった宝塚の公演には、残念ながら遭遇していません。

もし今、同じ状況になったら、100%の確率で席を移動して、貸切りの味を堪能します。

再び開演時間になり、ショーの『レ・シェルバン』が始まりました。

私は、ミラーボールに出会えたのが嬉しくて、『真夜中のゴースト』のあいだ中、
ミラーボールが使用されるたびに「おっ、ミラーボール来たねー」と楽しんでいました。

驚くことに、ショーになったらミラーボールがぐるんぐるんと、もの凄い頻度で回りだした!

最初から10分くらいは、回りっぱなしだったと思います。

ミラーボールが全開状態で獅子奮迅の活躍する姿に、「宝塚って、すんごい処だな」と感心してしまいました。

このショーは、スタートが花總さんの歌で始まるので、幕が開いた瞬間に「花總さんが来たねー」と思いました。

優雅な姿に、感動いたしました。

この頃の花總さんは、声がややかすれていて、声量に欠け、歌が一番の弱点でした。

私は彼女の声質が、繊細で気品のあるものなので大好きでしたが、初めての生歌声に接してみて、ややキンキンしているなあと思いました。

現在は、まったく声質が違いますね。
芯のある安定した声で、声量もしっかりとあります。

今では、歌が一番得意なのではないかと思うくらいです。

冷静に見るならば、この頃の彼女は、煙草を吸っていたのではないでしょうか。
声のかすれ具合が、煙草を吸っている人に特徴的なかすれ方でした。

このショーで印象に残っているのは、何と言っても「ロケット」です。

本当にびっくりしました。

宝塚のショーでは、「ロケット」と呼ばれるラインダンスが欠かせません。必ず出てきます。
昔からの伝統なのです。

このロケットというものは、大抵はハイレグとかコスプレとかの凄いセクシーな衣装なんですよ。
女性の客たちは何も感じないようですが、男から見るとエロ度はかなりのものです。

この場面になると、役者達はえらくセクシーなエロい衣装で登場し、足の上げ下げというきわどい動作をしつつ、「ヤッ、ヤッ」などとかわいい声で掛け声を出すのです。

一人ならともかく、大勢で出てくるので、もの凄い迫力です。

私はそれまで、ハイレグというのを見た事がありませんでした。

それまで一度も見た事がない刺激的な衣装を、目の前で大勢が着ており、さらに踊りまでしているのですから、私の頭は大混乱になってしまいました。

まだ後ろの方の席で見れば刺激は少なくてすむのですが、前から7列目だったため、もろに目に飛び込んできます。

あまりの恥ずかしさに、目をそらして下を向いてしまいました。

客席に対して舞台が高い位置にあるため、目線の高さに役者たちのふとももとか股間があるのですよ。

目のやり場に、本当に困りました。

ロケットが終わった後には、心底からほっとしました。
身体中から、変な汗が出ていました…。

このショーでは珍しい事に、ロケットが2回あります。(通常は1回です)

私は、もう来ないだろうと思っていたのですが、ようやく落ち着きを取り戻した頃に、再びロケット攻撃を受けたのです。

(また来たか、何とか耐えなければ)と思い、すぐに下を向きました。

しかし途中で、「見ないのは楽だが、それでは一生懸命にやっている役者たちに失礼なのではないか? 勇気を持って見てあげることが、男としての正しい姿なのではないか?」と考え始めました。

そして勇気を出して顔を上げ、下半身を見ると恥ずかしくなるので、役者たちの顔を眺めていったのです。

そうしたところ、何と! 目がギョロッとした一人の役者さんと目が合い、その役者さんに「ニコッ」と微笑みかけられてしまったのです!

私は、ロケットの迫力に圧倒されており、身体を小さくしながら観ている状態でした。

そんな状態なのに、微笑み攻撃というさらなる刺激を受けて、「ドキッ!!」としてしまった。

あまりの衝撃に、大きく上半身はのけぞり、後部シートに身体がめりこみました。
そして、照れながら目をそらしました。

後で知ったのですが、その目が大きい役者は、「華宮あいり」さんです。

彼女は、いい人ですよー。
天使のような微笑みを、送ってきてくれました。

嬉しかったのですが、とてもとても恥ずかしかったです。

このショーでもう一つ印象に残っているのは、『花總さんら娘役たちがタンゴを踊る場面』です。

恋人を亡くして悲しみの踊りをする場面なのですが、花總さんの踊りは美しくて、
「いいなー、きれいだなー」と、うっとりとしました。

宝塚の娘役は、髪をきれいにまとめている事が多いのですが、ここでは髪の毛をまとめておらず踊る中でバサバサと派手に動きます。

それが、心の痛みを表現している感じで、良かったです。

宝塚に詳しくなった今から考えると、娘役だけでタンゴを踊るというのは、かなり珍しい演出ですね。

宝塚で恋人を亡くした女性の悲しみが表現される場合、ほとんどが大泣きをして絶叫するパターンです。
そういうありがちなパターンよりも、ここでの感情を抑えて心の葛藤を表現する演出の方が、私は好きです。

花總さんで他に印象に残っているのは、中盤でほぼ全員が出てきて踊った後に、
『彼女が一人だけ残ってソロで歌う場面』です。

直前に激しく踊っているため、花總さんは息が上がっており、歌うのがとても苦しそうでした。

ビデオ映像でも確認できますが、彼女は歌いだしの所では呼吸が整わず、変な出だしになっていました。

「あ~~まく~~」と滑らかに歌わなくてはいけないのに、「あっ、まく~、」と切れ切れになってました。

この場面の彼女は、全身から「私に酸素を下さい」というオーラが出ていた。
歌う事よりも、酸素を補給する事に、意識がいっていました。

そんな彼女でしたが、銀橋に出てきたため、私はじっくりと見てしまいます。

私は、彼女が酸素不足で一杯一杯な姿を見て、心の中で応援しつつ、見てはいけないものを見てしまったような申し訳ない気持ちになりました。

でも、酸素を欲して鬼のような形相になっていても、やはり彼女はきれいでした。

エンディングの大階段についても、初めて見た衝撃は大きかったです。

「こんなに高い階段を、舞台上に設置しちゃうのか。映像で見るよりも、はるかに凄いなあ」と思いましたよ。

スタンバイするために役者たちがドダドダと勢いよく階段を降りてくるのを見て、かなり急勾配な階段なので、(よく足を踏み外さないなあ)と感心しました。

トップスターが背負ってくる羽の大きさにも、驚きましたねー。

「あんたは孔雀か!」と、心の中でツッコミを入れました。

『レ・シェルバン』は、とても楽しめました。

この観劇の後にも、ビデオになったのを何回も見ましたが、宝塚のショーの中でも華やかさでは屈指の作品だと思います。

真夜中のゴーストはともかく、レ・シェルバンを初めての観劇で見られたのは、かなりの幸運だったと思います。

私は花總さんを観に行った感じでしたが、観劇した結果いくつかの役者が気になり、
それからどんどん役者の名前と顔を覚えていくことになりました。

観劇し終わって帰路についた時には、達成感で一杯でしたね。

この時は意識していませんでしたが、その後に定期的に観劇するようになった事から、
楽しいと感じていたのでしょう。

とにかくこの時は、「俺は宝塚を制覇したんだ。あの独特な世界に負けずに、ちゃんと立派に観劇しきって生還したぞ。」といった気分でした。

今から振り返ると、宝塚に共感できたのは、宝ジェンヌたちから「不器用さ」を感じたからだと思います。

私はとても不器用な生き方をしている人間ですが、宝ジェンヌたちにも同じ波動を感じます。

『世の中のスタンダードから大きく逸脱している』という点で、私は宝ジェンヌに親近感を覚えました。
表面的にはまったく違っても、「根っこでは近い部分がある」と思ったようです。

まあでも、花總さんをここまで好きになるとは、あの頃には思ってもみなかったです。

この記事を書いていて思いましたが、あの頃の花總さんと今の彼女は、ぜんぜん別人ですね。

現在の方が、気さくで明るいし、女優としても段違いの実力になりました。

私自身も、たぶん別人だと思われるくらいに変わったと思います。

人間は、向上心さえあれば、大幅に進化していくものなんですねー(^-^)

(2013年7月29日に作成)


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