あなたには絶対的な自由がある

 エイ  私たちの望みは、あなた方の持ついくつかの神話を一掃する事だ。

     宇宙の法則を理解することを通して、あなた方に自信を持ってもらいたいのだ。

     自分の力を感じ、周囲に惑わされることなく決断してもらいたいのだ。

     私たちが明らかにしたいのは、あなたがどんな生活をしていようが、どんなに具合が悪かろうが
     孤独だろうが貧しかろうが、望むものを引き寄せられる完璧な場所に居るという事だ。

質問者  私は「反逆者」なんです。自由でありたいと切望しています。

     長い間、世間に順応しようと努力してきましたが、今では怒りを抑えきれません。

     皆のやり方に同調するのが嫌なんです。

 エイ  私たちが強調したいのは、「他人のする事は、あなたのする事と一切関係ない」だ。

     自分の行動に他人が関与していない事を理解すれば、反抗する理由はなくなるだろう。

     私たちはあなた方の違いや多様性を楽しんでいるが、あなた方の大半はそうではない。

     なぜなら、自分が望んでいる事や信じている事の正当性に不安を感じていて、
     他人を説得しなければならないと思っているからだ。

     あなたは、自分を正当化しようと躍起になっている人達に満ちた世界に居て、そこでの
     葛藤を語っている。

     あなたが住む社会には、数に頼れば力を持てると思い、寄り集まって大きな集団を
     作る者がいる。

     そうした者の中に、「世界中の人が特定の時間に平和の祈りをしよう」と呼びかけた
     集団がいた。

     これについてどう思うか尋ねられたので、私たちは答えた。

     「この行為は、もし自分が思えば、世界中の人達が平和を望むという、大それた推測をしている」

     平和は素晴らしいし、戦争よりもはるかに良い。

     それでもあなたは、他人に自分の意図を押し付ける能力があると見なしてはならない。

     そんな事をすれば、自由でなくなる。

     もしあなたが他人に平和を押し付けるパワーを持っているなら、戦争の賛美者だって、
     あなたに戦争を押し付けるパワーを持っている事になる。

     そうなったら、誰も自由ではなくなってしまうではないか。

     自分の『内なる存在』としっかり繋がっていれば、自分の正しさを他人に納得させようとの
     感覚は消える。

     自分を正当化したいという欲求が、実は反抗的な行動の正体なのだ。

     反抗とは、自分の態度を正当化しようとする試みだ。

     あなたのことを他人がどう思おうと、気にする必要はない。

     彼らがあなたをどう思うかは、彼らの問題であり、あなたとは無関係だ。

     あなたに対する他人の反応は、彼らがあなたを見て勝手に生み出している。
     そんなものに左右される必要はない。

     より広い視野から世界を見れば、沢山の異なった人達が居ると気付く。

     重要なのは、「順応することには全く価値はない」という事だ。

     あなた方は創造者だが、多様性こそが多くのアイディアや思考を生む、創造のための良い
     環境である。

     より広い視野に立てば、他人との違いを気持ち良く受け入れられるようになるだろう。

     あなたが他人との違いを見て怯えるのは、なんらかの形でその人があなたの経験に
     入り込んでくると信じているからだ。

     だが、あなたが注意を向けなければ、あなたの経験に入り込むことはない。

     そう私たちは断言する。

質問者  自分の属する社会の信念やルールに従いたくない場合は、どうすればいいのですか。

 エイ  大半の人は、社会のルールや法律によって自分が制約されていると感じると、
     もがき苦しんで自分を擁護したり正当化したりし始める。

     しかし私たちは言いたい。『あなたは絶対的な自由の中で暮らしているのだ』と。

     法律は、あなたに影響を及ぼさない。

     影響を及ぼすのは、法律に対するあなたの注意である。

     他人は、あなたに影響を及ぼさない。

     影響を及ぼすのは、その人に対するあなたの注意である。

     これを認める事が出来れば、自分が絶対的に自由であると分かるだろう。

質問者  シートベルトに関してなんですが、自動車に乗ったらシートベルトを締める事に疑問を
     感じています。

     そのことを沢山の人に言ったのですが、「こういう統計がある」と言うんです。

     私は統計にも疑問を感じています。交通事故が100万人の人に起こったからといって、
     私にも起こるとは限りません。

 エイ  全くその通りだ。

     統計が計算に入れてないのは、フロントガラスを突き抜ける人が抱く意図(その人の
     思考と感情による引き寄せ)だ。

     あなたが事故に注意を向けなければ、事故に遭わないだろう。

質問者  シートベルトを信頼していない、というのじゃないんです。
     だけど締めたことはありません。

     事実、シートベルトを締めていても亡くなったケースがあります。

 エイ  シートベルトで車から出られなかったために、溺れ死んだ人もいる。

     あなたに考えてもらいたいのは、こういう事だ。

     あなたがシートベルトを締めなければならないという法律に恨みを抱きながら、シートベルトを
     締めるたび、あなたは見えない世界のエネルギーをどの様に使うだろう?

     だから思考を転換して、シートベルトを締めるのを自分で決断するという方法もある。

     法律があるからではなく、自分の選択で締めるのだ。

質問者  私は装着する必要があると感じれば、装着するでしょう。

 エイ  あなたの国には、誰も知らないような法律もある。

     それらは成文化されているが、誰も気にしていないので影響を与えない。

     他方で、あなたが多大な注意を向けるがゆえに、あなたに大きな影響を及ぼす法律がある。

     自由を制約する法律ができると、多くの人は「制約はどこまでエスカレートしていくのだろう」
     と懸念し始める。

     その時、あなたは見えない世界のエネルギーをどの様に使っているだろう?

     自分自身を独立した別個の存在と見てほしい。

     自分の思考で人生の出来事を引き寄せていると考えるのだ。

     どうもあなたは、誰かに否定的な影響を受けていると考える傾向がある。

     シートベルトを締めなければならないと、誰かに言われていると感じている。

     しかし抵抗し恨みに思えば思うほど、そこに注目してしまい、制約の法律を作る連中に
     加担する事になるのだよ。

     あなたの好みを無視して、あなたのすべき事を決める連中は、耐え難い存在だ。

     あまりに耐え難いので、自然の法則はそんな事を許さない。

     だから思い悩む必要はない。

     彼らは法律だとかなんとか言うかもしれないが、あなたがそれに注意を払わなければ、
     決して決してあなたの経験に入ってこないだろう。

     そういうわけで、気に食わない法律が出来たら、容赦なくゴミ箱に投げ捨ててもらいたい。

     だが、反対の立場を正当化しようとすると、それを引き寄せることになる。

     もし他人の言葉を煩わしく感じるなら、その言葉にあなたは縛られている。

     言い換えれば、自分の経験よりも他人の言葉に影響される部分が大きいのだ。

     あなたは絶対的な選択の自由を持っている。

     何を聞き、何を話し、何を考え、何に注意を向けるかの、選択の自由を行使してもらいたい。

質問者  私はオートバイに頻繁に乗るのですが、頭にヘルメットを被らなくてはなりません。

     ヘルメットが嫌いなんですが、被らなければ交通違反の切符をもらいます。

 エイ  あなたの思い込みが、交通違反切符をもらう事を確実にしているんだ。

     自分自身を自由だと認める事が出来れば、制限速度を超えて走ることだって出来る。

     知っての通り、警察官はあらゆる場所に居られるほど沢山はいない。

     実際のところ、警官が関心があるのは、自分の存在理由を正当化する事であって、
     法律を強要する事ではない。

     つまり、彼らは仕事だからやっているに過ぎない。

     もちろん口先では、交通事故の予防や人々の安全確保を訴える。
     だが本心では、自己保身で仕事に居座り続けたいだけなんだ。

     私たちが言いたいのは、あなたが自分は自由だと認めれば、適当な時にヘルメットを被り、
     適当な時にヘルメットを脱ぐだろうということだ。

質問者  10代の子供を持った親たちは、わいせつな音楽などから子供が影響を受けないか
     心配しています。

     どう対処したらいいんでしょうか。

 エイ  親が子供を手放すのは簡単ではない。

     親たちは、「自分たちは自由に選択するが、お前たち子供はそうではない。まだ幼すぎて
     善悪の判断が出来ないからだ」と言う。

     だが万人が創造者であり、自ら決断をするために生まれてきた。

     だから十分な自由が与えられていないと子供が思えば、親を恨みに思い、親に反抗するように
     なる。

     実は、それが卑猥な音楽(表現)が登場した理由なのだ。

     子供たちはこう主張したいのだ。
     「私たちは望むものになれるし、自分がしたい事をできる。その気になれば、いやらしくも
      なれるんだ。」

     成りたいものに成るのを、誰も止めることは出来ない。

     なぜお互いをコントロールし合うのを止めて、自分に正直になり、調和を図ろうとしないのか。

     子供に対し「見るべきでないものや、するべきでない事がある」と言うだけで、
     子供たちはそれを見たり、したりする方法を見つける。

     なぜなら、子供たちは何も見逃したくないからだ。

     彼らの心は成長を追い求めている。

     というわけで、大人が卑猥な音楽に反対すればするほど、ネガティブな注意を向けるほど、
     そうした類の音楽は有名になっていく。

(『引き寄せの法則の本質』から抜粋)


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