マイルス・デイビスの「マイルストーンズ」②

『マイルストーンズ』の紹介記事、後半です。

ここからは、LP盤だとB面に収録されている、4~6曲目を取り上げます。

私はこのアルバムは大抵はLP盤で聴くのですが、9割方はB面だけを聴きます。

つまり、これから紹介する3曲のほうが、「マイルストーンズ」①で取り上げた3曲よりも好きです。

では、まず4曲目の「Milestones」から。

アルバムのタイトルにもなっているし、今作で最も意欲的な曲です。

マイルスはこの時期から、「モード手法」(特定の音階を使って作曲とアドリブをする手法)に取り組みました。

この新手法は1960年代にジャズ界で大流行するのですが、その先駆け(お披露目)となったのがこの曲です。

それまで圧倒的な主流だったコード進行に基づいた演奏ではなく、1つの音階に頼った演奏になっています。

ジャズの解説書だと、「モードの曲は、決められた音階で演奏する。その音階の音を使ってアドリブせよ」と書かれています。

で、私もそういうものかと思って演奏していたのですが、この曲のアドリブをコピーしたところ、実際には音階外の音もかなり出てくると分かりました。

演奏すると明らかなのですが、音階の音だけだとジャッジーになりません。
半音で下降させるとか、ブルーススケールを入れるとか、工夫しないと良いアドリブにならないのです。

何が言いたいかというと、解説書だと「Milestonesはモード手法を取り入れた画期的な曲である」と力説されているけど、それは一面にすぎないという事。

この曲は数あるモード曲の中でも傑出しているのですが、それは素晴らしくスウィングしていて、ジャズのフィーリングに溢れているからです。

結局のところ、『スウィングしているかどうか』が一番重要なんですよね。

モード曲は、使う音階にもよるのですが、スウィングしづらい(盛り上げづらい)です。

私が聴いたり演奏した中では、この結論です。

演奏した経験からいうと、アドリブが単調で淡泊になりがちなんですよね。
ストーリーを築きづらい。

Milestonesは、モード曲のパイオニアであり、最も成功した例といっていいと思います。

モード手法を生み出したマイルス自身も、この後にこれ以上の作品は生み出せていません。
(同等レベルの曲は、カインド・オブ・ブルーで達成しています)

ここからは細かく解説していきますが、繰り返しになるけど、最大の魅力は『素晴らしくスウィングしていること』です。

このアルバムの他の曲と比べると、コード進行が無いぶん、より直線的な無駄のない引き締まったスウィング感をしている。

ぶっちゃけた話、この気持ちいいリズムは、他では味わえません。
マイルスの他のモード曲にも、ここまでの気持ち良さはない。

ぜひ、この極上のリズムに身を委ねてみて下さい。

4ビートのジャズでは、リズムの完成度で頂点にある演奏です。

そもそも、テーマ・メロディのリズムがすっごいお洒落なんですよねー。

「パッンンン、パッンンン、パッンンパッ」という、シンプル極まりないメロディを音を短く切って出す、斬新なテーマです。

マイルスは、作曲においてリズムのセンスが傑出している。

この曲も、パッと聴くと単純な曲に思えるけど、すごく練り上げられている。
作れそうで作れない曲だと思う。

チャーリー・パーカーは、自作曲の構想をバド・パウエルに口ずさんで伝える際、メロディは入れずリズムだけを口ずさんだとのエピソードがある。

ジャズの名曲は、どれもリズムに凝っています。

Milestonesのテーマは、メロディだけでなく、ドラムとピアノが入れる合いの手も恰好良い。

特にドラムのフィリー・ジョーが入れるフレーズには、しびれてしまう。

サビ(Bメロ)の所で「ンドドン」とのバスドラム・フレーズを連発するのは、何度聴いてもうっとりしてしまう。
音色も軽やかなタッチも最高ですね。

さらに言えば、トランペットを引き立てるためにバックでハモっているサックス2管も、とても美しい。
3管で生み出されるハーモニーは、芸術の響きがあり柔らかで知的です。

アダレイ→マイルス→コルトレーンと続くアドリブ・ソロは、何も言うことはないですね。

正に完璧で、それぞれの個性が表現されているし、ぴったりとリズムにはまっている。

この曲を初めて聴いた時、不思議に思ったのは、マイルスのソロがえらく音数が少ない事でした。

アダレイとコルトレーンがとにかく吹きまくっているので、間に挟まれたマイルスの音の少なさがよけいに目立つ。

「もう少し吹いた方が、曲全体の流れが良くなるんじゃないか」と思った。

マイルスのソロだけがゆったりしていて、そこだけが異質な感じがしたのです。

「テーマもサックス2人のソロも元気一杯なのに、肝心のマイルスのソロがしょぼいじゃん。何をやってんだよ。」と思った

だが、何度も聴いているうちに、徐々にマイルスのソロに魅かれるようになった。

吹きまくる2人よりも、厳選した音しか出さないマイルスの方が大人で知的に見えてきた。

そうして最後には、「2人とは異なるコンセプトで吹き、個性を際立たせる意図だったのか。やっぱりマイルスは凄い。」と感心しました。

普通だと、管楽器がソロを取った後はピアノのソロになるけど、ここでは無い。

このアルバムは、全体的にピアノの存在感が薄いです。
1~4曲目では、ソロを取っていません。

何となく、その理由は分かる気がする。
もしピアノのソロが入ったら、この硬派な雰囲気がなくなり、もっと女性的な(中性的な)サウンドになる。

マイルスはこの作品では、管楽器を重視して、硬質な男っぽい世界を作りたかったのだと思う。

このアルバムがカインド・オブ・ブルーよりも世評が低いのは、男臭く筋肉質でスポーティな特徴を敬遠する人が一定数いるからでしょう。

ピアノがずっと脇役だからこそ、次の5曲目にピアノ・トリオの演奏を持ってきたのかもしれません。

さて、その5曲目の「Billy Boy」です。

この曲は、管楽器は入らずに、ピアノ+ベース+ドラムの3人で演奏しています。

そうして、3人に長いソロを取らせて、十分に表現させている。

マイルスのアルバムで、彼のトランペットが入らない曲はほとんどありません。
かなり珍しいです。

私は最初に聴いた時、「えっ! 嘘でしょ! マイルスのアルバムなのに…」とがっかりしましたよ。

ところがこれ、ジャズ史に残るほどの快演です。

これほどかっこ良いピアノ・トリオの演奏は、めったにありません。

録音の技術史的な見地からいうと、この頃からピアノ・トリオを各楽器をしっかりと分離させて、バランス良く録れるようになりました

ベースの音がくっきり聴こえるし、ドラムも色んな音がちゃんと聴こえる。

大手会社のコロンビアだから、機材も良かったのでしょう。

録音技師の頑張りもあったと思うのですが、バランスの良い音になっているし、かなり力感もあって、大音量で聴くとジャズクラブで聴いている感覚になれます。

録音の質が良いので、3人のプレイが細部まで聴けるのですが、『神技の連続』です。

正直、凄すぎて怖くなる位。

最初のうちは軽い気持ちで楽しんでいたのですが、我が家のオーディオ装置がグレードアップしていくにつれて、凄みがビシバシと再生されるようになり、重い存在になってきた。

今では、信仰の対象みたいになってます。

ジャズ演奏の頂点の1つだと思う。
これほど軽やかに華麗にスウィングするピアノ・トリオの演奏は、類を見ない。

「人間はここまで到達できるのか!」と感嘆するほど。

3人共に最高なんですけど、特に心惹かれるのがフィリー・ジョーのプレイです。

ここでのドラム演奏は、ジャズ・ドラムの教科書(最高の手本)といっていいでしょう。

「これ以上はない」と思うほどに、完成度の高い充実した内容です。

私は少しだけドラムを叩いた事があるのですが、その時に手本にした演奏の1つです。

『サキソフォン・コロッサス』のマックス・ローチと、このアルバムのフィリー・ジョーが、私が最も憧れたドラミングですね。

とにかく粋です。

ピアノとソロ交換する所が一番好きで、フレーズの多彩さ、抜群のバネ、切れ味の良さなど、心底からしびれました。

もしこのドラミングが生で聴けるなら、5万円払ってでも行きたい。
共演者がマイルスとかだったら、10万円でも行くな。

このニュアンスを出せるドラマーが今地球上にいるなら、世界一のジャズ・ドラマーとして私は認定しますよ。

レッド・ガーランドのピアノも、滑らかだし、優しいし、清らかだし、お洒落だしで、文句のつけようのない出来です。

音色とタッチが、聴き惚れるほどの美しさ。

聴きこんでいく中で気になったのは、ソロ中での左手のバッキングでした。

「ンチャンン」と裏拍に入れる事が多いのですが、譜面に表せない微妙なタイミングで入れるんですよ。

1つ1つを聴くとリズムから外れている様なのに、それが繋がるとなぜかとってもスウィングしている。
魔法です。

ポール・チェンバースのウッドベースは、いつも通りに安定感抜群で、芸術の響きです。

彼もソロを取り、弓弾きで行うのですが、メロディアスで大好きなソロですね。

ベースは音が低くて聴き取りづらいし、メロディアスなソロが少ないので、聴いているうちに自然に覚えてしまうソロになかなか出会えません。

でもこれは、いつの間にか覚えてしまって、一緒に歌えます。

本当に最高のベーシストだった。
麻薬と酒におぼれて早死にしなければ、ジャンルを超えて「史上最高のベーシスト」と呼ばれる存在になったと思う。

最後に、6曲目の「Straight, No Chaser」です。

セロニアス・モンクの作曲ですが、完全にマイルス流にアレンジしています。

モンクの持つダークさと粘っこさは除かれており、『マイルストーンズ』の特徴である「軽快さ」が発揮されている。

モンクはこの解釈を聴いて「好きではない」と言ったそうですが、分かる気がする。
彼の特質が消されているからです。

マイルスは、アレンジの達人でもありますね。
自分流に解釈するセンスと、それを現実の音にできるだけの知識を持っていた。

元々がシンプルなブルース曲なので、各人のソロはリラックスしているし、自由自在なものになっている。

そんな中で目立つのは、4曲目と同じくマイルスのソロの音数の少なさ。

ここでもやはり、意図的に音数を少なくして、サックス陣との対比を狙ったのだと思う。

私はこのマイルスのソロが、大好きなんですよ。

というのも、音色がいつも以上に美しいからです。

CDだと表現されないのですが、LP盤で聴くと温かくてまろやかな、周りを包み込むような慈愛に満ちた音なのです。
何度聴いても「すばらしい音色だ」と感動します。

フレージングも伸びやかで無理が全くなく、聴いているうちに自然に覚えてしまう心地よさがある。

アルバム全体を通して、マイルスは非常にリラックスしていますよ。
気難しい彼にしては、珍しい状態です。

最高のメンバーが在籍していて、深く信頼しているからこそだと思う。

こんなに伸び伸びプレイするマイルスは、他には無いかもしれない。

この演奏で面白いのは、レッドのソロです。

彼は最初のうちは普通にアドリブしているが、最後にコードだけで弾く。
そしてその部分のメロディは、マイルスが1945年にパーカー・バンドの一員として録音したソロの完全コピーなのです。

誰かのソロの一部を拝借するのはよくありますが、全体を完コピするのは反則だし、他に聴いたことがない。

解説書には「レッドはリーダーのマイルスにおべっかを使った」と書かれていたけど、正規の録音時にそんな事をしてマイルスが喜ぶとは到底思えない。

実はその反対じゃないかと推察しています。

既述したように、2曲目ではレッドは機嫌を損ねてスタジオを飛び出してしまい、録音に参加していません。

この事実から導き出せるのは、この時期になるとマイルスとレッドの仲が悪くなっていたという事。
実際に、直後にバンドから脱退しており、後任にビル・エバンスが加入しています。

おそらくレッドは、マイルスのソロ(それもデビューしたての未熟なソロ)をそのまま弾くことで、反抗心を表現したのだと思う。

普通のリーダーならば、「おいっ、変なことをするな。まともなプレイをしろ」と注意する場面でしょう。

ところがさすがにジャズの帝王マイルス。
気にしないでOKを出し、そのまま発売してしまった。

これが真相なのではないか。

このアルバムは、最高のメンバーが集まり超絶的な演奏を見せた、マイルス・バンドが最も輝いていた時期の貴重な記録です。

レッドとフィリー・ジョーは麻薬に溺れてめちゃくちゃな状態になっていたために、この録音の後にバンドから去りました。

つまり、この偉大なバンドの最後の作品です。

このメンバーで、あと2~3枚はアルバムを作ってほしかったなあ。

音質がいまいちのライブ盤でもいいので、発掘してほしいです。
ピアノがビル・エバンス、ドラムがジミー・コブのライブ盤はあるけど、華やかさとか色気の点で少し物足りないんだよねー。

(2016年10月19~20日に作成)


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