エルモ・ホープの「HIGH HOPE!」

エルモ・ホープ。

彼は、ジャズ史上でも屈指のピアニストです。

そして、私が大好きなピアニストです。

彼の素晴らしさについては、『クリフォード・ブラウンのメモリアル・アルバム①』でも言及しました。

私は、同アルバムとルー・ドナルドソンの『クァルテット/クインテット/セクステット』でエルモ・ホープを知り、彼の素晴らしいピアノ演奏と作曲にしびれました。

それ以来、エルモのリーダー作品をいくつも買って聴いてきました。

エルモの作品をたくさん聴いてみて、その中で最良の演奏をしていると思うのが、ここで紹介する『HIGH HOPE!』です。

彼は、調子の波がかなり激しい人で、作品によって出来にばらつきがあります。

ピンキリの作品群の中で、ダントツに出来がいいのが、『HIGH HOPE!』なのです。

私は、「この作品は、数多いジャズ・ピアノ・トリオのアルバムでも、屈指の内容だ」と思っています。

しかし、知名度はほぼ皆無であり、おそらく熱心なジャズ・ファンでも知っている人は少ないでしょう。

無名のまま放置されているのは、「BEACON」という超マイナー・レーベルから出た作品だからでしょう。

市場に出回る数自体が少ないし、CDでは国内盤がでていないと思います。

私はこのアルバムを、2005年くらいに中古レコード盤で入手し、そのあまりの素晴らしさに愕然としました。

以来、愛聴盤の1つにしています。

ちなみに、このアルバムのジャケット・デザインは白黒のシンプルなものですが、ジャッジーな雰囲気で私は気に入っています。

素晴らしい内容なので、CDでも入手しようとしましたが、日本盤はなく、新宿ディスク・ユニオンで中古の輸入盤を1枚見つけただけでした。

そして輸入盤の値段が高いため購入を見送り、「なんで日本盤を出さないんだよ!」と怒りつつ帰宅しました。

日本はジャズ・ファンの多い国で、かなりマイナーな作品でもCDの国内盤が出ています。

そうした国でも無視されているのだから、本当に「幻の名盤」なんでしょう。

しばらく前にネットで調べたところ、2006年に再発された輸入盤CDが安く出回っているのを知り、購入しました。

『ELMO HOPE TRIO PLAYS HIS OWN COMPOSITIONS』というタイトルのCDです。

このCDは、もう1つ別のアルバムとのカップリングCDで、日本で今CDで入手するならこれが手に入りやすいと思います。

音質はいまいちですが(レコード盤の20%くらいの感動しか味わえない)、興味のある人は購入してみて下さい。

ちなみにカップリングされているアルバムは、『HERE’S HOPE!』という、『HIGH HOPE!』の姉妹作品です。

こちらもなかなかのクオリティで、かなりお奨めです。

さて、いよいよ作品の内容について書いていきましょう。

最初に、参加メンバーを書いておきます。

エルモ・ホープ(p)   ポール・チェンバース(b) 

フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)   1961年の録音

このアルバムの魅力は、『とにかくエルモの調子が良く、いつもよりダントツに滑らかにスウィングし、美しいフレーズがばんばん出てくること』です。

もう1つの魅力は、『ドラムのフィリー・ジョーが、最高のサポートを披露していること』です。

この2つの要素により、何度聴いても感動する、深い深い作品に仕上がっています。

ちなみに、このアルバムは、後半部分ではベースとドラムが別の人に変わります。

その演奏は、エルモは良いのですが、ドラムのグランビリー・ホーガンの単調で落ち着きのないプレイにより、聴き応えのないものになっています。

私は、後半部分(レコードだとB面)は2回ほど聴いてからは、無視し続けています。

今回の記事でも、いっさい触れません。ご了承下さい。

B面(後半の3曲)はスルーするので、聴くのはA面(前半の3曲)だけです。

そうして、このアルバムの曲はどれも、1曲が5分弱です。

つまり、『聴けるエリアは15分にも満たない』のが実状です。

そこも、このアルバムの知名度が低い(評価する人がいない)原因でしょう。

だが、しかし!!

15分にも満たないとはいえ、前半の3曲は「天上のサウンド」との言えるほどのクオリティです。

ジャズを、音楽を、愛する者ならば、これを聴かない手はありません。

私は約束しますが、ここでのエルモ・ホープは神です。

神々しいほどの圧倒的な演奏に、きっとまいってしまうでしょう。

ここからは、私が愛聴している前半の3曲を、詳しく解説します。

まず、1曲目の「Chips」です。

イントロはエルモのソロで始まるのですが、もうそこから最高です。

この曲に限らず、ここで紹介する3曲では、どの曲でもエルモのイントロはすんごいです。

こんなに美しいイントロを決められる人は、なかなか居ないですよ。

テーマに入ると、フィリー・ジョーとのかっこいい絡みが、さっそくスタートします。

このアルバムではずっとそうなのですが、エルモとフィリー・ジョーの対話ぶりが本当に素晴らしいのです。

お互いを感じ合い、補い合い、刺激し合う、究極とも言える絡みっぷりです。

ここでの圧倒的な2人の対話に痺れない人は、ジャズに向かないと思います。
そう言えるくらいに、ジャズの精髄を見せてくれています。

エルモは、ソロに入ってからも好調を持続して、一分のスキもない完璧ともいえるソロを展開します。

こんなに美しいメロディを次々と奏でる姿は、他のアルバムでは見られません。
「エルモの最高の録音」といっていいでしょう。

エルモは、優しく繊細なタッチと音色、女性的な感じのする高音部を多用するフレーズが特徴ですが、この日はそれが特に際立っていて、芸術的な格調高い音に結実しています。

「癒しのサウンド」ですよ。

このアルバムは、録音技師が良くなかったのか、音質が乾いていて、ピアノがややキンキンしています。
潤いのあるピアノ・トーンになっていません。

そういうハンデがありながらも、ここまでの癒しを与えてくれるのですから、本当に凄いです。

エルモのソロの後には、ベースのチェンバースのソロが始まります。

ところが、ぜんぜんベースが目立ちません。

というのも、ベース・ソロのバックで行われる、ピアノとドラムの遊びがめちゃくちゃカッコイイのです。

チェンバースは、ベースの名手中の名手であり、このアルバムでも素敵なプレイをしています。

それなのに、全編をとおして完全に脇役となっていて、ほぼ存在が消えています。

それくらいに、エルモとフィリー・ジョーがとてつもなく目立っています。

エルモとフィリー・ジョーは、1947年にR&Bのバンドで一緒に演奏していたそうで、古くからの演奏仲間なのです。

この録音は1961年ですが、それまでにも何度も一緒に録音をしています。

2人は気心が知れている間柄であり、お互いの特徴を把握しきっています。

私が思うに、エルモはかなり共演者を選ぶタイプで、自分がリーダーになる場合には共演者がエルモの繊細かつ自由なスタイルを完全に理解していないと、どこかチグハグになります。

それが、彼の作品には波がある理由の1つだと思います。

エルモにとっては、最良のドラマー(パートナー)はフィリー・ジョーだったと思います。

セロニアス・モンクにとってのアート・ブレイキー、バド・パウエルにとってのマックス・ローチみたいに、理想的なパートナーでした。

ベース・ソロの後には、ドラムのソロになります。

ここも、聴き所の1つです。
フィリー・ジョーは、いつもにも増して自由で伸びやかなソロをとります。

思うにこのアルバムは、フィリー・ジョーにとっても最高の出来を示したものの1つであり、代表作に入れていいでしょう。

ここまで読んでもらうと分かると思いますが、この曲は最初から最後までずっと聴き所だらけです。

そうして、残りの2曲も同様のクオリティなのです。

どうです、凄いでしょう?(^-^)

次は、2曲目の「Happy Hour」です。

私は、この演奏が、このアルバムの中でいちばん好きです。

エルモは、作曲家としても超一流で、すばらしい曲をたくさん書いていますが、
私のいちばん好きな曲の1つが、これです。

テーマ・メロディは、流れるような滑らかな展開の中に、適度の哀感があります。

美しく華麗なメロディになっていて、基本的には楽しい雰囲気なのですが、それだけでは終わらずに、もっと様々な想いが込められています。

そこが、何度聴いてもグッと来るポイントです。

エルモの曲は、「とてもスウィングするメロディ&リズム」、「強烈にスウィングするのにどこか地味」、「やや哀感を持っている」、これが特色です。

ジャズは「元気の良さ」や「ブルース・フィーリング」が特徴ですが、
エルモの曲は元気がいい感じではない(どこか大人しい印象を与える)し、あまり粘っこくない(ブルース色は薄い)です。

そして、長調の曲でも、常に哀感がただよっています。

これは、ジャズ作曲家として見ると、かなり異色な部類に入ると思います。

一般的にはあまり評価されていないのですが、私は心から愛しているし尊敬しています。

「本当に素晴らしい作曲家だ」と感心しまくっているし、「なぜ評価されない?」と
不思議で仕方ないです。

彼は、本当にすごい作曲家だったのに(セロニアス・モンクと同じくらいに凄かったと、
私は考えています)、どうも評価されていません。

モンクの曲は色んな人が取り上げるのに、エルモの曲は無視され続けています。

いつか、評価される時が来るでしょう。
時を越えて訴えかける力を持っていますからね。

この演奏は、「幸福な時間」とのタイトルが付いているように、彼の演奏の中でも最も幸福感に溢れた、温かい演奏です。

そこが、私が惹かれるところです。

聴き終わった時には、必ず幸福な気持ちになれます。

すごい癒しのパワーを持った演奏ですよー(^-^)

この日のエルモは、心理状態がとても落ち着いていたのでしょう。

いつもの様な「あせり感」(これがエルモの特徴の1つ)が無いです。

じっくりと弾いているし、それが演奏に深みをもたらして、いつもよりもポジティブな世界になっています。

ちなみに「Happy Hour」には、「酒が安いサービスタイム」という意味もあるそうですね。

私は酒を飲まないので、特に幸せな時間にはならないですけど。

この曲では、エルモのアドリブ・ソロは完璧な出来で、1音たりとも無駄な音や調和していない音がありません。

彼のアドリブの中でも、最高なものの1つでしょう。

聴く度に、「いやー、凄い。私もこんなソロを1度でも取りたかったなあ。」と羨ましくなります。

パーカーやマイルスらは、あまりに非凡なソロを取るので最初から雲の上の存在ですが、
エルモはよくミストーンを出すしカリスマ性が薄いので、身近に感じて羨望を抱けるんですよ。

この曲でも、ピアノとドラムのソロ交換があります。

そこが、この曲のハイライトの1つです。

ぜひ大音量で(生ライブと同じくらいの音量で)、どっかーんと聴いて下さい。

そうすれば、2人が表現する『ジャズの持つ即興的な創造性』『相手の言葉(音)を聴いて、それに言葉を返すジャズの醍醐味』を、余すところなく堪能できます。

フィリー・ジョーのドラム・ソロは、本当に凄いですねー。

彼は、伝説的なソロをたくさん残している、真に偉大なドラマーです。

彼のソロの素晴らしさって、練り上げられた(練習しまくったフレーズを披露する)凄さではなく、その場で瞬間的に閃いたアイディアをバババーッと出していく凄さなんですよ。

そういう意味では、最もジャズドラマーらしいドラマーと言えます。

閃いたアイディアを見事に出し切っても、リズムがずれたり音色が乱れたりしないのだから、技術レベルはとんでもなく高いです。

99%のドラマーは、こういう自由で即興的なプレイをすると、リズムがずれたり汚いサウンドになったりします。

テーマに戻ってからも、フィリー・ジョーのアイディアは尽きる事がありません。

エルモが弾くテーマ・メロディのバックで、斬新かつおしゃれな事をひっきりなしにしています。

私はこの曲を100回は聴いたと思いますが、何度聴いてもここでのフィリー・ジョーの上手さ・センスの良さには感心しますね。

人類史上で見ても、こんなにも粋にドラムを叩けたのは彼だけだったと思います。

最後に、3曲目の「Moe's Bluff」です。

この曲も、イントロから最高です。
この日のエルモの音には芸術の響きがあり、何を弾いても美しいんですよねー。

ピアノがイントロを始めると、すぐにドラムも入って来るのですが、ドラムのサポートぶりが絶妙です。

あまりの絶妙さに、思わず顔がほころぶほどです。本当に凄いよ、フィリー・ジョー。

テーマに入ると、数小節でフィリー・ジョーは叩いているシンバルを変えて、音色を激しいものに切り替えます。

「チン、チン」という細い音から、「シャン、シャン」という太い音に変えるのです。

おそらく、テーマが始まってみると大人しい雰囲気になったので、太い音にしてサポートした方がいいと判断したのでしょう。

この判断は適切なもので、結果的には演奏に勢いが出ました。

このシンバル音を切り替えるところが、ジャズの香りを感じさせてくれて、大好きなのです。

普通だと、曲の節目でない所では、シンバルの音色は変えてはいけません。

それが、ドラミングのセオリー中のセオリーなのです。

そういった常識(ルール)に縛られることなく、自由に演奏していくのが、フィリー・ジョーの真骨頂です。

もっとも彼はセオリー通りにプレーする事もできるし、実際に型通りにやった録音もたくさんあります。

単にめちゃくちゃにやるフリー・ジャズ系のドラマーとは、根本的に異なります。

彼は、気心の知れているミュージシャンや、リズム隊が自由にやっても演奏が崩れない実力のあるソロイストと共演する時にだけ、本気を出します。

そういう時の彼は、最高におしゃれで自由な、ジャズ・フィーリングに溢れたプレイをするのです。

エルモのアドリブ・ソロに入ってからも、フィリー・ジョーのサポートぶりは完璧です。

スネアを要所で入れていくのですが、そのタイミングやフレーズが見事です。

フィリー・ジョーは、「ソロイストの気持ちを読み取る能力」がはんぱじゃないです。

将棋のように、先の先を読んでプレイしているかのようです。

マイルス・デイビスは、フィリー・ジョーのプレイを愛し、自分のバンドに数年間雇いましたが、自伝でこう語っています。

「奴は、俺のプレイを完璧に理解していた。俺のやりたい事をすべて感じ取って、それに対応していた」

フィリー・ジョーは、顔だけを見ると田舎の農夫みたいだし、とぼけたのんびりした雰囲気を醸しているが、内実はすんごく感受性が豊かで繊細な人だったのだと思います。

エルモのソロの後は、ベースのポール・チェンバースのソロに入ります。

ここでも、1曲目と同じで、ベースよりもピアノとドラムの方が目立っています。

特にフィリー・ジョーは、常に面白いフレーズを繰り出して、共演者を刺激しつつ演奏全体を華やかなものにしようとしています。

エルモもフィリー・ジョーも、それほど音量を出しているわけではないのですが、あまりにかっこいいフレーズを連発しているので、前に出まくっているように感じられます。

かっこいいフレーズだらけなのですが、特にしびれるのは、フィリー・ジョーがハイハットで「ンツンツンツ、ンツンツンツ」と6連符を出す所です。

フィリー・ジョーの3連符(6連符)は、独特の跳ねる感じがあって、最高に粋なのです。

私は、彼のリズム感覚が大好きです。 私にとっては、理想のドラマーですねー。

ポールは、良いソロを弾いているのですが、あくまで脇役になっています。

こうした状況は、ベーシストによっては「自分がソロをとっていて主役なんだから、もう少し大人しくしろよ」と、苦情を言うでしょうね。

そういう心の狭い人は、フィリー・ジョーのような偉大なアーティストとは共演できないし、共演しても素晴らしさに気付かずに終わるわけです。

最後になりますが、この日のエルモとフィリー・ジョーは、キャリアでもベストな出来の1つでした。

特別な調子だったのだから、もっと沢山の曲を録音して欲しかったです。

未発表曲や新発見の曲がいくつも発掘されている今日ですから、この日に録音された未発表曲や別テイクがどこかで見つかるかもしれません。

とりあえず、このアルバムの認知度をもっと上げて、音質の良い国内盤を出すのが先決ですね。

(2014年5月1~7日に作成)


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