ケニー・バレルの「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」

ケニー・バレルは、ジャズ界では屈指のギタリストです。

ジャズ・ギターの巨匠の1人です。

私は、自分がジャズ・ギターをやっていた事もあり、ケニー・バレルの作品は10枚以上も聴きました。

代表作とされる「ミッドナイト・ブルー」を初めとして、有名な作品を中心に聴いていったのです。

ところが、1枚として愛聴盤には出会えませんでした。

バレルは、リズムが安定しないところがあり、先走ってしまう(どんどんテンポが速くなってしまう)欠点を持っています。

それに、アドリブ・フレーズがブルース・スケール中心で、メロディアスなフレーズが好きな私とは相性が悪いです。

(ブルース・スケールを多用すると、どんなコード進行の曲でもブルースになって
 しまいます)

私は徐々に、「バレルは素晴らしいギタリストだけど、俺とは合わんなあ」と思うようになっていきました。

(ここから、私と『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』の出会いのエピソードに
 入ります。
 かなり長いので、アルバムの内容しか興味のない方は30行ほど飛ばして下さい。)

バレルを知ってから10年近く経ち、バレルの作品を買う事もなくなっていたある日の事です。

私は知り合いの方から「家族の遺品にLPレコードがある。もし良ければ、欲しいLPをあげるよ。」との誘いを受けました。

CDよりも音質が良いLPを愛好している私は、「何て素晴らしい提案だ。この人は天使なんじゃないだろうか?」と思い、「分りました。行きます!」と返事をします。

そうして彼の家族の部屋に行き、LPのコレクションを物色して、100枚ほど貰ってきました。

その時に入手したのが、ここで紹介する『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』です。

私はこの時まで、この作品を全く知りませんでした。

得体の知れないものでしたが、とりあえずケニー・バレルの作品なので貰うことにしたのです。

この作品は、CTIというレーベルから出されたものです。

CTIは、ジャズに詳しい方だと分ると思いますが、1970年代に一世を風靡した
「フュージョン」を専門に出したレーベルです。

フュージョンというスタイルは、当時は最先端とされて、かっこいいジャズの代名詞でしたが、現在に聴くとほとんどの作品が聴くに耐えません。

創造力のあるアドリブはほとんどなく、だらだらと単調なコードで(フュージョンの曲は、たいていはコードが少ない。モードの曲が多い。)10分くらい演奏するなど、退屈なものが多いのです。

なので私は、CTIの作品であるというだけでかなり引いており、「まあ90%の確率で退屈な作品だろう」と思い、貰ってきてからも半年ほど『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』を放っておきました。

ちなみに、もしCDショップやLPショップでこのアルバムを見つけたとしたら、
100%無視していたと思います。

ただで貰えるシチュエーションだからこそ、出会えた作品です。

貰ってきたLPのうち3分の1くらいを聴き終えたある日に、「そろそろ聴くか」とLPの棚から『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』を取り出した。

レコードのジャケット・デザインを見ながら、「いかにもフュージョン的な、ムード重視の軟弱なジャケットだなあ。」と思いました。

薄口のムード・ミュージックの臭いが、プンプンと漂ってきます。

そしてレコード盤をジャケットから出すと、ピカピカで新品同然です。

「前の所有者は1~2度しか、かけていないな。ヘタをすると、1度も聴いていない
 可能性すらある」と、嫌な予感を覚えます。

レコードというものは、愛聴するほど、へたってくるし傷が増えてくるものなのです。

へたり具合で、所有者が愛聴したかとか、LP盤を大事に扱っていたかが判ります。

ピカピカの状態は、1度聴いて内容がいまいちなので放っておいた事を暗示していました。

「……期待できんな」と、私は感じた。

もっとも、貰ってきたLPはどれも状態が良く、所有していた方はきちんと管理・保存するタイプの人なのが明白でした。

なので、愛聴していても盤質が劣化していない可能性もあります。

話はそれますが、私はLPやCDなどのソフトをきちんと管理・保存している方を尊敬しています。

ケースにしまわずにソフトをそこらにむき出しで置いておく人や、汚れたままで放っておける人に出会うと、私は表面上はクールに装っていますが、

「最低な行為をしている。音質や画質を何だと心得ているんだ。

 こんな人が最新のテレビやオーディオなんかを熱く語り出したら、堪えられんなあ。」

 と苦々しく思っております。

そういう意味では、前の所有者の方を尊敬いたします。 合掌。

話を戻しましょう。

私は、かなり内容を危ぶみながら、レコード盤をターンテーブルに乗せます。

「いいか。良くなかったら、すぐに演奏を止めるからな。」と、前もって宣告するように
レコード盤を睨みつけながら、再生ボタンを押しました。

この時に、奇跡が起きた。

演奏がスタートして直後の、バレルのギターとストリングスが絡まる辺りには「やばそうだ…」と思ったのですが、実に快調なプレイをバレルがしていくのです。

幸いな事に、ストリングスは休む時間が長く、あまり目立っていません。

ジャズとストリングスの共演は、上手く行くと最高にかっこいいのですが、
ほとんどは内容のないイージー・リスニングになってしまいます。

だから「やばそうだ」と感じたわけですが、このアルバムはかなり希少な成功例なのです。

B面(4~5曲目)に入ると、バレルのギターはさらにかっこ良くなり、アルバムを聴き終えた時には「これはバレルの最高傑作ではないか」と感じていました。

で、愛聴盤になり何度も聴いていく事になったですが、まったく飽きがこないのです。

そのうち、「ジャズ・ギターの作品の中でも、最高の部類に入るぞ」とまで思うようになった。

私は、この作品以上にかっこ良いケニー・バレルを知りません。

ここでの彼は、メロディアスで、落ち着いていて、華やかで、最高におしゃれです。

CTIの作品のために、知名度が全くないのですが、バレルがベストのプレイをした中の1つですよ。

ジャズ・ギターのファンならば、絶対に買いです。

ちなみに、このアルバムは最近(2013年12月)にCDで再発されており、
私は購入しました。

「Ble-Spec CD」というブルーレイ・ディスクの技術が採用されたもので、
CDとしてはとても音がいいです。
もちろんLPにはかないませんが、雰囲気がきちんと表現されています。

何と952円の値段です。これは凄いよー。

この作品が素晴らしいものになったのは、アレンジの良さが大きいです。

ドン・セベスキーがアレンジを担当していますが、ジャズ・ギターの持つ繊細さを活かす静かな曲調にしつつ、要所では盛り上がるように作られています。

いい仕事をしていますよ。

アレンジが目立つようにするのではなく、主役のバレルが活きるように優しく配慮する、大人なアレンジです。

バレルのプレイも、いつもよりもメロディアスで、温かいタッチです。

彼とギターの両方のコンディションの良さを感じさせる、格調高い音色を聴かせてくれます。

全体を通してとても聴き易い作品なのですが、しっかりと芸術性もあり、飽きのこないものに仕上がってます。

音質がとても良いアルバムで、各楽器が美しい響きで録れているのも魅力ですね。

ここで、参加メンバーを書きましょう。

ケニー・バレル(g)  ヒュー・ローソン、リチャード・ワイアンズ(p)

ロン・カーター(b)  ビリー・コブハム(ds)  ドン・セベスキー(arr)

+ストリングス・セクション

1971年の録音

あと、おまけ的にフレディ・ハバードなんかも参加してます。

さて。 ここからは、各曲を解説していきます。

まず、1曲目の「Be Yourserf」です。

この曲は、テーマ・メロディがとにかくステキです。

まずバレルのギターがテーマ・メロディを弾き、そこにストリングスが絡んできて一緒に奏でるのですが、とっても美しいです。

やや物悲しいメロディを、いい感じにおしゃれに料理してます。

バレルのアドリブは、美しいフレーズの連続です。

こんなにも彼のアドリブがメロディアスなアルバムは、他には無いと思います。

盛り上げる場面にのみ入ってくるストリングスは、本当によいアシストをしています。

出しゃばりすぎないのがいいですねー。

次は、2曲目の「Love Is The Answer」です。

最初はすごく静かに始まりますが、徐々に激しい空気になり、途中から8ビート(ロック・ビート)になって、いわゆるフュージョンのサウンドになります。

このアルバムに入っている5曲のなかで、一番フュージョン的な曲です。

バレルは、8ビートに合わせて、軽快にアドリブをしていきます。

その姿は、ジョージ・ベンソンかグラント・グリーンのようです。

「へえっ! バレルってこんなにロック的な演奏も出来るんだ」と、やや驚きますね。

ドラムのビリー・コブハムは、ロック色の強い人なので、4ビートの曲よりもやり易そうに叩いてます。

このアルバムでは、コブハムのプレイが一貫してかっこ良いです。

音色がきれいなので、安心して聴いていられます。
8ビートだと、荒っぽく叩く人もいますからね。

次に、3曲目の「Do What You Gotta Do」です。

この曲は、バレルが得意にしているブルージーな演奏です。

テーマ・メロディは、いかにもバレルの作曲らしいし、さらには彼のブルージーな曲のなかでも出色の出来です。

聴いているだけで、ワクワクします。

私は、どうもブルースとはあまり相性が良くないらしく、ブルース色の強い曲だと同じようなアドリブ・フレーズの連発に食傷してしまいます。

ブルースは、定番的なフレーズがいくつもあり、それをかっこ良く決めるのが一流の条件です。

定番フレーズには美意識が込められていると思うし、歴史や情熱も感じるのですが、
そいつが何度も出てくると「さっきも聴いたよ…」とか「もういろんな所でさんざん聴いたよ…」と思ってしまう。

私は、やや変なフレーズでも、他にないフレーズにチャレンジするようなスタイルが好きなのです。

(でもフリージャズは駄目です。耳が腐りそうになります。)

そんな私なので、バレルがしょっちゅう弾くブルース曲についても、スウィングしているし定番フレーズを彼ならではのセンスでおしゃれに弾いているのですが、敬遠してきました。

ところが、です。

この曲でのバレルは、非常に珍しいことに、定番フレーズでお茶を濁すことはせずに、
使い古されていないアドリブ・フレーズを出してきます。

そして、それがステキなのです。

この理由として、凝ったコード進行になっているのが挙げられます。

「おおっ、こんなバレルも居たのか」と思いましたねー。

1つだけ残念なのは、バレルの欠点である『どんどんテンポ・アップしてしまう』のが、顕著に出ている事です。

最初はいい感じのテンポおよびニュアンスだったのに、徐々に落ち着きのない焦った演奏になっていきます。

テンポがきちんと保たれていれば、もっと良い演奏になったはずです。

次は、4曲目の「A Child Is Born」です。

私は、これがアルバムの中で一番好きな演奏です。

弦楽4重奏によるイントロからして、もう最高です。

素晴らしいアレンジだと思いますね。

テーマに入ってからは、バレルのテーマ・メロディの表現の仕方(使うコードや、絶妙な強弱の付け方)が圧倒的です。

こんなにオーラの出ているバレルは、類を見ないですよ。

無理をせずに、じっくりとテーマを弾いていく姿は、ベテランの味そのものですねー。

若手だと、ゆったりしたテンポだと我慢がきかずに、どうしても焦ってしまうんですよ。
頭では分かっていても、我慢できないのです。

アドリブに入ってからのバレルも、知的で滑らかで完成度の高いフレーズを、次々と披露します。

優しさや品格があるのが、魅かれる点です。
徐々に盛り上がっていく演出が、見事ですねー。

バレルのアドリブは、長いフレーズを無理に小節に収めようとして、拍子とずれる形で音がぐちゃぐちゃっと詰め込まれる時があります。

彼の特徴の1つなのですが、それがこの曲では頻繁に見られます。

普段はこれが出るとダサい演奏になってしまうですが、この曲ではカッコイイんですよー。
とてもメロディアスなフレーズばかりだからでしょう。

この演奏は、数あるジャズ・ギターの演奏の中でも、最上のものだと思います。

こんなに集中して聴けて、さらに安心して身を任せられる演奏は、めったにないです。

ワイアンズのピアノソロも、とても美しいです。

派手な事はしていませんが、いい味を出してますよ。

そうして、ロン・カーターのベース・ワークが、これまたいい感じなのです。

ロンのベースは、冷たい響きがするのと、リズムに活き活きしたものが無いので、
私はあまり好きではないです。

でも、ここでのロンは、温かみがあるしフレーズに活気があります。

この演奏は、満足感が高いので、ここで音楽タイムを終わりにしたくなる位です。

すごく美味しいものを食べると、それで食事を終了したくなるじゃないですか。

「他にはもういらない」という、あの感覚です。

聴き手に納得を与える力のある演奏ですね。

ストーリーのある演奏なので、聴き終えると一仕事を終えた感じになるのです。

でも、この次の曲もかなりのクオリティです。

最後に、5曲目の「God Bless The Child」です。

4曲目と似た雰囲気の、抑えた表現でじっくりと聴かせる演奏です。

なので、バレルのギターが持つ表情の多彩さを、じっくりと堪能できます。

テーマ・メロディをしっとりと弾いていくのですが、ここまでメロディを芸術的なものに昇華するのは凄いです。

1音1音をものすごく大切に弾かないと、この雰囲気は実現できません。

これもまた、4曲目と並ぶ名演です。

このアルバムのバレルの音色は、いつもよりもクオリティが高いと思います。

円やかで温かなのに、エレキギターらしい尖った野生的な響きもあります。

透明感がありつつも、きちんと芯のある音で、低音から高音までバランス良く出ています。

ジャズギター・サウンドの1つの見本でしょう。

私はジャズギターを弾いていたから分かるのですが、『透明感(清潔感)とにごり(エレキギター特有のノイジーな渋み)の両立』が、音色での1番の肝なんです。

この相反するものをいかに両立させるかが、ジャズ・ギタリストの悩みで、どう処理するか(ブレンドするか)で音色が決まります。

ここでのバレルの音は、模範解答の1つで、ブレンド具合がすばらしいです。
芸術的な音に仕上がっている。

このアルバムでのバレルのもう1つの特徴は、コードワーク(メロディのハーモナイズ)が
素晴らしい事です。

ギターで奏でる和声のすべてが、完璧と思えるくらいに決まってます。

押さえるのが難しいコードも入ってくるのですが、それを感じさせない自然な流れで弾きこなしてます。

全曲を通して、ケニー・バレルへの認識が変わるくらいに圧倒的な演奏なので、
ぜひ聴いてみて下さい(^-^)

(2014年6月23~24日に作成)


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