ポール・チェンバースの「ウィムス・オブ・チェンバース」

ポール・チェンバースについては、『私の愛するジャズアルバム』のページで、何度も触れています。
ここの記事を読まれている方には、おなじみの名前でしょう。

(私の愛聴するアルバムは、スウィングしているのが大前提なので、強いスウィング感のある彼が参加しているアルバムは、必然的に数多く取り上げられています)

彼は素晴らしいウッド・ベース奏者で、ジャズ・ベースの最高峰の1人です。

そして、私が大好きなベーシストです。

私にとっては、彼は『3大ベーシスト』の1人です。

私が「こいつが一番すんごいジャズ・ベーシストだ」と思っているのは、
ポール・チェンバース、チャールズ・ミンガス、スコット・ラファロの3人です。

存在感の濃さ、ベースラインの美しさ、音色の良さ、滑らかなフィンガリング、
正確なタイム感覚、華麗なソロ、音から醸される気品。

3人にはすべてが備わっています。

ジャズにおいては、ベースは完全な脇役であり、ほとんど目立たない存在です。

だから、大抵のベース奏者は「リーダー作品」を残していません。

残していても1枚か2枚なのですが、チェンバースは圧倒的な評価を得ていたので、
ブルーノートという音楽レーベルからだけでも3枚も出しています。

別格の扱いを受けていたわけです。

そして、これから紹介する『ウィムス・オブ・チェンバース』は、ブルーノート・レーベルで作られた1枚です。

『ウィムス・オブ・チェンバース』は、チェンバースがリーダーになっていますが、
内容的には「普通のハードバップ」になっています。

そうして、数あるハードバップ作品の中でも、屈指の出来です。

ベーシストのリーダー作品って、本質的に脇役であるベースを目立たせるために変わった
アレンジとなって、ほとんどがマニアックな内容で聴きづらいです。

チェンバースの代表作とされる『ベース・オン・トップ』も、そうした作品の1つで、
演奏のクオリティが高いのは承知していますが、私はあまり聴きません。

『ウィムス・オブ・チェンバース』を私が好きなのは、チェンバースのソロを入れつつも、各楽器をバランス良く取り上げているからです。

ベース以外の楽器にも多くのソロ・スペースを与えているし、高音から低音までバランスよく使われています。

ベースだけを目立たせている作品は、音が低音に寄りすぎてて、私は聴きづらいですね。

もう1つの長所は、参加メンバーがいいし、全員が素晴らしいプレイをしている事です。

良好な雰囲気で録音が進んだのが、聴いていると伝わってきます。

全体を通して音に元気の良さがあり、演奏者が集中力を持って取り組んでいるのが感じ取れます。

さらに、熱気のある快演ぞろいなのが、暑苦しさがなくて爽やかなんですよねー。

そこが、チェンバースとドラムで参加しているフィリー・ジョーの特徴です。

アート・ブレイキーなんかだと、激しい演奏だと暑苦しさがあるので、私はやや敬遠してしまうんですよ。
あれが好きな人も当然いるのでしょうけど。

チェンバースは、20歳の時にマイルス・デイビスのバンドに大抜擢されて、すぐにスターになります。

このアルバムを作った時、彼はまだ21歳でした。

まだ大卒にも満たない年齢でしたが、そのプレイは完全に完成されており、当時としては革新的なほどにメロディアスなものでした。

マイルスは、「あいつはまだひよっこの年齢なのに、ベテランのような音を出した」と、
驚きを感じた事を回想しています。

彼がベースを弾き始めたのは14歳の時だったそうなので、わずか6年の間に、
ジャズ界のトップに躍り出るような圧倒的なベース・スタイルを身に付けたのです。

まさしく「天才」です。

チェンバースは、演奏時の姿勢がとても良いし、運指もきれいです。

彼のライブ映像はいくつか遺されており、それを見ると分かります。

彼の音色が美しいのと、音が常に安定しているのは、これのおかげだと思います。

黒人のジャズ・ベーシストは、ほとんどがかなり変わった弾き方をします。
(変な姿勢で弾いたり、無理な角度で弦を押さえたりする)

だから、チェンバースの美しいたたずまいを映像で見た時は、かなり印象的でしたね。

彼は、地元デトロイトでの修行時代に、デトロイト交響楽団のベース奏者(コントラバス奏者)からレッスンを受けていたそうです。

基礎がすごく出来ているのは、クラシックの奏者から学んだからだと思います。

チェンバースが少年だった時代(1950年代の前半)は、まだ黒人は非常に差別されており、デトロイト交響楽団のメンバーからレッスンを受けるなんて普通では考えられません。

よほど才能を認められたか、強烈なコネがあったかの、どちらかでしょう。

ここからは、アルバムの詳しい内容に入っていきます。

まず、参加メンバーを書きましょう。

ポール・チェンバース(b) ドナルド・バード(tp)  ジョン・コルトレーン(ts)

ケニー・バレル(g) ホレス・シルバー(p) フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)

1956年9月の録音

参加メンバーは、当時マイルスのバンドで一緒だった人と、同じデトロイト出身の人が中心です。

チェンバースは、マイルスのバンドでやっている時は、マイルスの威圧感によってやや固い表情の音を出しています。

でも、このリーダー作品では、とてもリラックスしていますねー。

全体的に、和気あいあいとした演奏になっており、シンプルにハードバップの演奏をしている親しみやすい作品です。

そして、各曲がステキなメロディとコード進行を持っており、単調に作りになってません。

そのため、親しみやすいのですが、飽きのこないものに仕上がってます。

ここからは、アルバムの中でも好きな曲を、個別に解説していきます。

まず、1曲目の「Omicron」です。

イントロは、アフリカ的なリズムとメロディが使われます。

これが斬新で、かなり好きです。

そしてテーマ・メロディに入ると、一転して4ビートになります。

アフリカ・リズム→4ビートという流れが、かっこいいんですよ。
いかしたアレンジですねー。

この曲は、とっても熱い、過激とも思えるほどのテンションで進んでいきます。

これがいいんですよ! ジャズの1つの醍醐味ですね。

もし生演奏でこれを聴いたら、体温が2度くらい上昇し、心臓の鼓動も危険なレベルまで早まるでしょう。

聴き手が平常心ではいられなくなる、ハードバップの代表みたいな演奏ですね。

テンションの高さを生み出しキープし続けているのは、ドラムのフィリー・ジョーの貢献が大です。

彼のドラムは、あまりにうるさく大きい音なので、出演するのを拒否するクラブもあったそうです。
ここでの爆発的な演奏を聴くと、納得です。

ちなみにレッド・ツェッペリンのドラム奏者だったジョン・ボーナムも、音がでかすぎるという理由で出演を拒否するクラブがあったそうです。

色々なスタイルのドラマーがいますが、私はややうるさい位の方が好きですね。

音色重視で静かに叩く人もいますが、MJQのような特殊なジャズでない限り、
物足りないしジャズらしいサウンドにならないです。

このアルバムでは、ドナルド・バード、コルトレーン、ケニー・バレル、皆が調子が良いんですよね。

誰もがだれる事なく、ソロを取っていきます。

だから演奏のテンションが落ちることなく進み、聴いていて気持ちいいんです。

特にドナルド・バードのぎらついた音は、ジャズらしさを感じて◎です。

最初から最後までソロイストを鼓舞し続けるフィリー・ジョーのバッキングは、名人芸そのものです。
いろんなフレーズを駆使して、臨機応変にセンスのあるサポートをしています。

ほんとサポートが上手いですね、この人は。

次は、3曲目の「Nita」です。

この曲も、演奏の熱さがはんぱじゃないです。

特にフィリー・ジョーのバッキングとコルトレーンのソロは、「そこまでやるか!」というレベルです。

ここでのケニー・バレルのソロは、このアルバムの中で一番好きです。

この日の彼は、いつもよりも緊張度が高く余裕のないプレイなのですが、それが良いのです!

熱気みなぎるリズム隊と速いテンポに煽られて汗をかきながら、一生懸命にコード進行に対応していく真摯で律儀な姿は、非常に好感がもてます。

バレルの普段のプレイをやや物足りなく感じる私は、「いつもこうやればいいのに」と思いますねー。

バレルはアルバムを通して好調を維持しており、このアルバムは彼が最も良い演奏をしているものの1つだと思います。

コルトレーンのソロも、このアルバムの中では最も熱いものです。

この頃のコルトレーンの音色は、ギラギラ・ザラザラしているのですが、それがかっこ良いです。

嫌いな人もいるみたいですが、私は好きですね、このサウンド。

生命感にあふれる強靭なサウンドは、とにかく圧巻です。 無条件に心が動かされます。

共演者も感動したようで、コルトレーンがソロの途中ですこし休むと、
「イエイッ!(いいぞ! もっと行け)」と掛け声が入ります。

こういう思わず出る掛け声に、ジャッジーなものを感じます。

次に、4曲目の「We Six」です。

この曲も、熱いですよー。

ここまで熱い曲が連続していますが(ここでは取り上げていない2曲目は割と静かです)、演奏のクオリティが高いし、リズムが正確なので、疲労や飽きを感じません。

リズムが正確でスウィングしていると、長時間聴いても疲れないんですよ。

ベース・ソロでは、弓弾きをしています。

かなり速いテンポなのに、複雑なフレーズを淀みなく正確な音程で、バリバリと弾いています。

チェンバースは、弓弾きでも素晴らしい名手で、他を寄せ付けないくらいの存在です。

このベース・ソロと、このあと書く6曲目のベース・ソロは、クラシック畑の人が聴いても、「凄いテクニックだ、人間かよ」と感じると思います。

ジャンルを超えて訴えかけられる、そういう稀有なプレイヤーですね。

ベース・ソロの時は、サポートしているドラムが行う「ンンカン、ンンカン」というウラ拍を細い音で刻むアイディアが、優しい心配りを感じさせて良いですね。

あれをしてもらうと、ソロイストはリズムを感じやすいです。

バレルのソロは、ここでもかっこ良いです。

フレーズに鋭さがあり、いつもの彼よりも格段にスリリングだしクールです。

こういう荒削りなジャズ・ギターが、私は好きです。
こんな演奏をいつもバレルがしてくれたら、大ファンになってしまうのですが。

次は、6曲目の「Tale Of The Fingers」です。

この曲を最初に聴いた時は、驚きましたよ。

曲の半分くらいを(前半部分を)チェンバースの弓弾きが占めているのですから。

そして、その弓弾きが信じられないくらいにモダンで美しいのです。

歌心がはんぱじゃなく、ベースじゃないみたいに(ヴァイオリンなどみたいに)軽快に弾かれていくのでした。

「世の中には、こんな演奏もあるのか!
 ウッド・ベースって、これほどにメロディアスにスウィングできる楽器だったのか!」
 と衝撃を受けましたねー。

チェンバースの弓弾きソロの後は、ホレス・シルバーのソロに入ります。

すると、チェンバースは弓を置いて、いつもの指弾きに変えます。

この時のチェンバースの4ビート・バッキングがまた凄いです!

「ここまでスウィングするか!」というほどの猛烈な疾走感で、ぐいぐいとリズムをリードしていきます。

音の弾けぶりが、尋常でないです。
最初に聴いた時、あまりにスウィングしているので、目が点になりました。現実と思えなかったのです。

もともと彼は、バネの効いた、歩くというよりも走る感じの軽快なビートが特徴ですが、
それがさらに強化されてます。

ブラシでサポートしているフィリー・ジョーは、あまりの迫力・エネルギーについていくのがやっとの状態です。

この曲は、チェンバースの最もスウィングした演奏が聴けるものの1つです。

とにかくベースが凄まじいので、他のプレイヤーはかすみがちですが、全員が良いプレイをしています。

特にフィリー・ジョーのブラシは、先走りがちなチェンバースを適度に抑えるように、
優しく配慮したプレイをしていますね。

フィリー・ジョーは、華麗なスティック・ワークが印象的な人ですが、ブラシでもおしゃれな味のあるプレイをします。

私は、彼のブラシ・プレイが大好きです。

最後の7曲目の「Just For The Love」です。

ここまでの曲に比べると、かなり地味な印象の曲ですが、テーマ・メロディのリズム・
アクセントやアドリブがすてきなので、私はよく聴いてます。

ブルースの形式をとっていますが、コード進行が変わっているのでアドリブが単調になりません。

他の曲には重量感がある(凄い演奏すぎてオーラを感じてしまう)ので、この曲を箸休めのような存在として聴いてます。

コルトレーンの作曲なので、彼が一番いきいきとアドリブをしています。

この時期(1950年代の後半)のコルトレーンは、退屈なアドリブ(やっつけ仕事的なだらしのないアドリブや、単なる音の羅列)がけっこう(特にリーダー作品に)あるのですが、この日の彼は全曲で高い集中力を発揮しています。

このアルバムが完成度の高いものになったのは、コルトレーンの出来が良かったのも大きいと思います。

(2014年6月27~28日に作成)


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