マイルス・デイビスの「セブン・ステップス・トゥ・ヘブン」

このアルバムは、マイルス・デイビスが1963年に吹き込んだものです。

1963年は、マイルスにとって大きな変革の年でした。

この年は、55年からバンドに在籍してきたベースのポール・チェンバースが脱退するなど、一緒に活動をしてきた仲間達が彼のバンドから去りました。

そのため、バンドのメンバーがすべて入れ替わり、同時に音楽性がとても変化したのです。

このアルバムでは、その変革ぶりが示されており、新鮮な息吹がサウンドに満ちています。

1960~62年のマイルスは、巨匠としての安定感のある演奏を見せていましたが、
新鮮さに欠ける部分がありました。
常に挑戦を続ける彼としては、珍しい状態だったと言えます。

55年に本格的な自分のバンドを持って以来、革新的な名盤ばかりを出してきたのですから、少し休憩を入れる時期だったのかもしれません。

『セブン・ステップス・トゥ・ヘブン』は、数年ぶりにマイルスが本気を出したアルバム、と考えていいでしょう。

ビッグバンドものを除くと、『カインド・オブ・ブルー』以来の気迫みなぎる作品です。

この作品は、過渡期の録音のため、収録曲の半分は参加しているメンバーが(ピアノとドラムが)異なります。

上記の通り、一緒に活動してきた仲間全員がバンドから抜けたため、マイルスは新しいメンバーを探さなくてはなりませんでした。

そうして、良さそうなメンバーを集めて、オーディションの意味も含めて録音したのが、本作品なのです。

このアルバムは、内容は素晴らしいのに評価がいまいちなのですが、これが理由だと思います。

アルバムを通してのメンバーが同一ではないし、新加入のメンバーばかりのため、
1曲目から全曲を聴いていくと、どことなくチグハグな感じがするのです。

しかし、個々の曲のクオリティはとても高く、マイルスのプレイは美しくて、高貴さすら漂っています。

共演者たちも、マイルスに認められたいと必死だったからでしょうが、充実したプレイを繰り広げています。

この作品に参加した、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスの3人は、無事に正式のメンバーに採用されます。

そうして、ウェイン・ショーターが加入すると、マイルス・バンドは「黄金のクインテット」と呼ばれる充実期に入ります。

彼らは「フリー・ブローイング」とか「新主流派」と評されるスタイルを確立していき、
フリー・ジャズの影響を大きく受けた、モードを主体とするスタイルを創造します。

だが、率直に述べますが、私はこの「新主流派」というスタイルが好きではありません。

美しいメロディが無いし、リズムまで消滅する場面があるので、美を感じないのです。

私は、ウェインが加入した後のアルバムである『フォア・アンド・モア』と『マイファニー・バレンタイン』は、ジャズ史上の名盤とされているので、ジャズを聴き始めた初期にCDを購入しました。

ところが聴いてみると、「どれも同じような曲調で、リズムも平板だし10分聴くと飽きてしまう」と思いました。

トニーのドラムは凄いのですが、リズムにゆとりが無いし、どの曲も似た展開なのでつまらない。

この経験があったので、『セブン・ステップス・トゥ・ヘブン』を買って初めて聴く際は、「ハービーらが参加している時期だから、あまり期待できないな」と思いつつプレイボタンを押したのです。

ところが、びっくり! 曲にはコード進行があり(モードの曲はない)、リズムもフリーにならず一定し柔らかく躍動しています。

セブン・ステップス・トゥ・ヘブンは、過渡期の作品のために、それまでのマイルスが築いてきた『コード進行を使って美しいメロディを描くスタイル』が、まだ残されています。

今までやってきた熟成されたスタイルと、ハービーやトニーの新しい感覚・センスが、いい感じにブレンドされています。

結果として、名盤として語り継がれる価値のある作品に仕上がりました。
(現在は名盤とはされていないが、私はジャズ史上の名盤だと思う)

私は、このアルバムで展開されるハービー、ロン、トニーの演奏が大好きで、「彼らのベスト・プレイの1つだ」と思っています。

秩序を保つ中で個性を発揮するので、すっごくお洒落です!!

トニー・ウィリアムスは、誰もが認める天才ドラマーで、とにかくすんごいセンスをしているのですが、目立ちすぎる(叩き過ぎている)事が多い。

このアルバムでは、憧れてきたマイルスとの初めての共演だったからでしょうけど、良い意味で遠慮や慎重さがある。

トニーが叩きすぎないので、マイルスは伸び伸びとプレイしているし、ソロイスト達はメロディに注意を払う余裕がある。

バンド全体のサウンドが、非常にバランスが取れていると思う。

私は、トニーやハービーが参加したマイルスのアルバムでは、「セブン・ステップス・トゥ・ヘブン」が一番好きです。

この作品のもう1つのお奨めポイントは、『もう1人のピアニストであるビクター・フェルドマンのプレイが、最高にかっこ良いこと』です。

フェルドマンは、あまり録音をしていない人で、私はこの作品で初めて耳にしました。

最初は「地味だなあ」と感じましたが、3回目くらいから「とても美しいバッキングをしている。コードの流れがスムーズだし、どのコードもマイルスのフレーズとぴったりマッチしている。」と感心するようになりました。

彼は、ビル・エバンスに似た繊細で透明感のある音を出しますが、ビルよりも滑らかで動きのあるバッキングが出来ます。

ソロを取った際も、フレーズの1つ1つが美しい。

コードの全てが知的で、ぴったりとその瞬間にはまっている事から見て、高い音楽知識があるのは間違いないです。

マイルスの自伝では、「フェルドマンのプレイは気に入ったが、彼はハリウッドでスタジオ・ミュージシャンをして大金を稼いでいたので、バンドに誘ったが断られた」とあります。

もし彼が加入していたら、ハービーが参加した場合よりも繊細かつ秩序のあるサウンドを、マイルスは創ったと思う。

フェルドマン自身もジャズ史に大きな足跡を残せたと思う。

さて。
ここからは、アルバムの中で私が特に気に入っている4曲について、詳しく書きます。

前述したように、この作品では収録曲の半分では参加メンバーが異なります。

「参加メンバーA」と「参加メンバーB」と分けると判り易いので、ここからはそれで説明しましょう。

アルバム全6曲のうち、3曲はA、3曲はB、で演奏されています。

「メンバーA」

マイルス・デイビス(tp) ジョージ・コールマン(ts) ハービー・ハンコック(p)

ロン・カーター(b) トニー・ウィリアムス(ds)

「メンバーB」

マイルス・デイビス(tp) ジョージ・コールマン(ts) ビクター・フェルドマン(p)

ロン・カーター(b) フランク・バトラー(ds)

Bの演奏では、コールマンはほとんどソロを取りません。
実質的には、テナーサックス抜きのカルテット演奏となっています。

まず、2曲目の「Seven Steps To Heaven」から書きます。

これは「メンバーA」で録音されていますが、めちゃくちゃかっこ良いです。

このアルバムのハイライトといえる位の、圧倒的な内容です。

ベースのリフでイントロが始まるのですが、そこから最後まで全てが決まっています。

トニーがテーマ・メロディで入れるフレーズも、ばっちり計算された完璧なもので、
無駄のないお洒落な出来です。

テーマ・メロディは、リズムが凝っていて、コード進行も美しい。

作曲者はフェルドマンですが、彼には作曲の才能もたっぷりありますね。

この曲は、元々はフェルドマンを入れた「メンバーB」で録音されました。
だが、その出来に納得しなかったマイルスは、「メンバーA」で再録したのです。

この演奏は、マイルスとハービーの力強いソロが、印象的です。

マイルスの音は、気品に満ち、瑞々しくて澄んだ響きがある。
大好きですね、この音色。

フレーズは大胆で激しいものだけど、常に美しい響きを失わないのでうるさくならない。

ハービーのソロは、コード進行にばっちりはめつつメロディは大胆に展開し、海のうねりの様な流れを作っている。
そのパワーには何度聴いても痺れてしまう。

私は、これ以上の感動を与えるハービーのソロを知らない。
このソロを聴くと、葛飾北斎の荒れ狂う海の波(浮世絵)が思い浮かびます。

トニーのドラミングは、最初から最後までセンスの良さが際立っている。

この曲を聴くと、「俺が聴きたいトニーは、これなんだよ!」と思う。

ガチャガチャやりすぎない、タメを活かした(間を活かした)プレイをすると、
トニーは最高です。

私は、トニーのプレイはデビューしたてのこの時期が、一番好きです。

瑞々しい響きがあるし、音に色気がある。

彼は後にはロックンロールのリズムに挑戦したりするが、ちっとも良いと思わないです。

トニーのドラミングは、とにかく個性的ですが、『バスドラの連打』も特徴の1つです。

彼以前のジャズ・ドラムでは、バスドラムを連発する事はほとんどありませんでした。

その常識をトニーは崩し、「ドドッ」とか「ドドッ、ドドッ」と頻繁に入れ始めたのです。

バスドラの連打を、この曲では凄くかっこ良く使っています。
細かい話になりますが、ぜひそこに注目してみて下さい。

ここでの彼のアクセントの付け方は、完璧です。

全てのドラム・フレーズが、完璧にソロイストにマッチしている。
何度聴いても、心底から痺れてしまいますねー。

ロン・カーターのプレイも、(このアルバムでは全曲でそうなのですが)クールさを醸しつつも情熱的で素晴らしい。

ロンは、基本的に音の雰囲気が冷たくて、私はあまり好きになれないのですが、ここでのロンは熱さがある。そこが良い。

テーマ・メロディが終わってマイルスのソロに入る瞬間、ピアノとドラムが休んでベースが「ドゥ~ン」と1音を伸ばします。

ここで、いつも感動する。
ソロの開始を告げる演出として、最高のアレンジだと思う。

ロンの特徴の1つとしては、音程の良さが挙げられます。

彼は複雑なフレーズ(フィンガリング)をしても音程がずれないし、音を曲げても(指をスライドさせても)全くぶれが無い。
当たり前に行っているのでなかなか印象に残らないが、もの凄いテクニシャンです。

ハービー、ロン、トニーは、マイルスのバンドに参加して有名になり、やがて巨匠となっていきますが、このアルバムでのプレイが一番輝いていてかっこ良いと思う。

ミュージシャンの中には、デビューしたての時期が一番良いと感じる人も居る。
私にとっては、特にハービーとトニーはそういう存在です。

次は、4曲目の「So Near, So Far」です。

この曲も「メンバーA」で演奏され、リズムを強調した躍動感のある内容です。

ラテンタッチのリズム(3連符で細分化されたノリ)が採用されていて、爽やかな響きに仕上がっています。

テーマ・メロディには音の跳躍があり、トランペットとテナーサックスの絡みが美しい。

この曲も、すごく練り上げられた作りになってます。

この時期までのマイルスの音は、緊迫感がありながら優しさもある。

この後になると、音が冷たい感じ(クールすぎる感じ)になるので、私はあまり好きではないです。

テナーのジョージ・コールマンは、他のメンバーの存在感が濃すぎる位に濃いので、基本的に目立っていないのですが、ここでのソロは良いですね。

このアルバムで最良のプレイをしていると思います。

ピアノのソロは、静けさを基調にしながらも、リズミックで生命感のあるものになってます。

次は、5曲目の「Baby Won't You Please Come Home」です。

これは、「メンバーB」で演奏されています。

「メンバーB」の3曲は、全てがスローテンポのバラードで、マイルスのリリカルな側面を強調する内容になってます。

この曲は、マイルスのトランペットの上手さが遺憾なく発揮されており、強弱の付け方が筆舌に尽くしがたい素晴らしさです。

こういうプレイを聴くと、「マイルスってほんとに弱音の使い方が達者だなあ。表現力が抜群だなあ。」と感心する。

ピアノのフェルドマンのバッキングも絶妙で、トランペットの展開を把握し、邪魔をしないようにしつつ要所で美しいフレーズも入れてくる。

バラードでのバッキングは、ハービーの3倍くらい上手いのではないか。

(私は、ハービーはあまりバラードのバッキングが上手くないと思う。
 単調に感じるし、ソロイストの想定するコードと違うコードを出して浮いてしまう
 事が多いからです。)

フェルドマンはバランス感覚に長けている。ソロを取っている人を活かす配慮を怠らない。
だからこそ、スタジオ・ミュージシャンで成功したのでしょう。

ドラムのフランク・バトラーも、地味ですが味のあるバッキングをしていますね。

私は、バトラーをエルモ・ホープのアルバムで初めて聴きましたが、彼は細い音(細いスティックを使った繊細な音)が特徴で、リズムにしなやかさがある。

良いドラマーだと思うし、西海岸で屈指の上手さを持つプレイヤーだったと思いますが、
麻薬に溺れて長い間刑務所に入ったりし、その才能を燃焼しきれなかった。

あと、トニーの天才的なプレイと比べると、やはり見劣りしてしまう。

私のお気に入りのドラマーの1人なので、マイルスとの録音を残してくれた事は嬉しいです。
バラード曲なので、大した活躍はしていませんが。

最後に、6曲目の「Joshua」です。

この曲は、再び「メンバーA」で演奏されています。

この曲もベースのリフでイントロがスタートしますが、ロンのクールな音色がメロディと合っており、イントロから惹きこまれます。

テーマ・メロディもかっこ良くて、サビでリズムが変わる所も決まっているし、名曲ですね。

この曲もフェルドマンの作曲ですが、様々なリズムを組み合わせてあり、コード進行も変わっているのに自然な流れで、よく出来た曲ですよ。

もしマイルスの誘いに応えてバンドに加入していたら、フェルドマンはジャズ界を代表するピアニストになっていたかもしれません。
そう思わせるほどの、センスの良さがあります。

硬質なテーマ・メロディなので、各人のアドリブもやや非人間的な冷めた響きがあります。

だが、トニーが要所で盛り上げるフレーズを入れるので、演奏が冷たくならない。

このアルバムでのトニーは、音色が温かくて、人間味に溢れていますね。
彼としては、珍しい音色です。
この後になると、もっと冷たい響きが基調になります。

このアルバムが素晴らしい内容になったのは、『マイルスの好調さ』が大きかったです。

この曲もそうですが、実に軽やかに伸びやかに吹いている。

よく歌っているし、音色にはツヤがあり、フレーズはよどみが無くて頭に残るものばかり。

そして、ちゃんとコード進行に則ってアドリブをしてくれるので、安心して聴いていられる。

64年以降のマイルスは、フリー・ジャズに近づきすぎて、私はあまり楽しめません。

私はエレクトリック化された後のマイルスもあまり好きではないので、このアルバムが愛聴する最後期の作品です。

64年以降のマイルスのトランペットは、どんなに熱いリズムがバックで展開されていても、サウンドが冷たく感じられて、短時間しか聴いていられない。

最晩年(亡くなる前)になると、再び音は温かくなってくるが、音に迫力が無いのでこれまた聴きづらい。

いつか変わるかもしれませんが、今のところ愛聴しているマイルスの作品は、1963年までとなっています。

私のウェブサイトで紹介するのは、おそらく63年までの作品に限られるでしょう。

まとめに入りますが、この作品は1960年代の新しいジャズ・スタイルを取り入れつつも、オーソドックスで聴き易いです。

この位のバランスで、フリー・ジャズの要素を取り入れれば、多くの人が楽しめる。

1960年代のジャズに幻滅した人も、このアルバムならば楽しめるはずです。
美しいメロディが沢山でてきますから。

(2015年9月29日に作成)


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