リー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」

このアルバムは、ジャズ史上の名盤とされていますが、評価が分かれている作品でもあると思います。

友人のジャズ・ミュージシャンやジャズ・ファンには、この作品を「コマーシャルな作品だから、評価しない」と云う方が何人もいました。

私は愛聴しており、「素晴らしい内容の芸術作品」と考えていたので、強い違和感を持ちました。

私は口論を好まない人間なので、相手と議論は全くしませんでしたが、「いつか、ザ・サイドワインダーの良さを伝える(偏見を打破する)行為をしなければ」と思ったものです。

そこで今回は、『ザ・サイドワインダー』を取り上げて、素晴らしさを記し、評価を覆す一翼を担おうと思います。

このアルバムは、1963年12月の録音で、「いち早くロックのリズムを取り入れ、それに成功したジャズ作品」とされています。

でも聴いてみると、それほどロックのリズムの印象は強くないです。

詳しくは後述しますが、4ビートの曲もあるし、6拍子の曲もあるし、「様々なリズム・アプローチを試みたハードバップ」とすら言えると思う。

このアルバムは、「ブルーノート・レーベルで初めて大ヒットを記録した作品」とも言われていて、財政難にあった同レーベルはこれを発売したところ危機を乗り切れたという。

この逸話から、「コマーシャルな作品」とか「売り上げを重視した、カネに魂を売った作品」とか「芸術性の低い作品」と考える人がいるのでしょう。

だが、リー・モーガンも、ブルーノート・レーベルの社長であるアルフレッド・ライオンも、カネの為に活動する人物ではないです。

新しい感覚を取り入れた芸術作品を出したところ、びっくりする位のヒットを飛ばしてしまった、というのが真相ですよ。

演奏内容は硬派そのものだし、大衆に媚びる軽薄なリズムやメロディはむしろ排除されています。

参加したミュージシャン達を見ても、コマーシャルな路線の面子ではありません。

ピアノのバリー・ハリスなんて、時流に乗らず硬派なビバップ・スタイルをずっと貫いたので有名な、こだわる頑固な男です。

アメリカでは、この作品を低く見る風潮はないみたいです。

おそらく、日本のジャズ評論家の誰かが「これはコマーシャルなもので、芸術性が低い」と評し、それが日本ではある程度定着してしまったのだと思います。

私が接したザ・サイドワインダーを低く評する人々は、きちんと聴いた形跡がありませんでした。
イメージや他人の評価に縛られている可能性が高いです。

ぜひ1度、最初から最後まで真剣に聴いてほしい。

そうすれば、クオリティの高い演奏をしていると気付くはずです。

ここからは、収録曲を個別に解説していきます。

最初に、参加メンバーを書きましょう。

録音日は1963年12月21日。

リー・モーガン(tp) ジョー・ヘンダーソン(ts)

バリー・ハリス(p)

ボブ・クランショウ(b) ビリー・ヒギンズ(ds)

顔ぶれを見るとややチグハグな感じがするのですが、凄い一体感を生み出しており、10年くらい一緒に活動してきたみたいな熟成されたグルーヴ感を出しています。

とにかく、全曲を通してスウィング感が素晴らしくて、身体が熱くなる。
理屈抜きにかっこ良いです。

では、まず1曲目の「The Sidewinder」です

この曲が、「ロックンロールを大胆に取り入れたもの」とされています。

だが、聴くと分かるのですが、実はそれほどロック色は強くありません。

ここで展開されているリズムは、ロックンロールというよりも、ラテン・リズムやファンクの要素が濃いと思います。

私は様々なジャンルの音楽を聴くし、ロックも大好きなので分かるのですが、このリズムはロックのリズムじゃないです。

ドラムとベースが出しているリズムは、ロックの8ビートとは言えないと思う。

唯一ロックっぽいのは、ピアノのリズムとコード。
バリー・ハリスは、ソロでもロックのテイストを出している。

ロックの初期は、ブルース、カントリー、ジャズ等のごった煮で、ここで展開される様な曲もあったかもしれません。

でも、この曲の基調はロックじゃないよー。
ジャズ+ファンク+ラテン+ロック、こんな所だと思います。

私が接したジャズ・ミュージシャンやジャズ・ファンは、なぜかロックを見下している人が多かったです。

「うるさいし芸術性がない。音楽を勉強していない人達がしている音楽だ」と、彼らは言ってました。

私はロックも愛聴している人間なので、全く賛同できなかった。

レッド・ツェッペリンのアルバムなんて、そこいらのジャズ・アルバムの5倍は音楽知識を必要とする、とても高度な作品だと思う。

おそらく、上記の人達は、ロックの事をほとんど知らないのではないだろうか。

そして、こうした人々が「ザ・サイドワインダーはロックを大胆に取り入れている」と吹聴し、それがジャズ界の定説になってしまったのです。

私は、この1曲目が、このアルバムの代表曲だとは思いません。

発売当時にどの様な評価をされたのか知りませんが、他の曲の方が格好良いと思います。

家でこのアルバムをかける時は、ほとんどはB面(3~5曲目)を聴いています。

この曲も格好良いのですが、どことなくやっつけ仕事な感じがあり、飽きてしまいました。

このアルバムは様々なリズムが採用されており、とてもカラフルな作品です。
1曲目だけでアルバム全体を評価するのは、もったいないので止めて下さい。

次に、2曲目の「Totem Pole」です。

この曲は、AABA形式なのですが、AとBの景色が大きく異なり、景色が変わっていくのがステキです。

Aの部分はラテン・リズムが使われていて、短調となっています。

それに対してBでは、ジャズの4ビートが使われ、長調となります。

Aでは暗い感じの緊迫したムードですが、Bになると一気に開放的な世界になります。

私は、Bに入った時の開放感が好きで、そこに来る度に嬉しくなります。

Aを短調、Bを長調にするのは、よくある作曲技法です。
リズムも変えて、特にBを4ビートにして爽やかにしたのが、ここまでかっこ良くなった理由でしょう。

モーガンとヘンダーソンのアドリブ・ソロは素晴らしくて、美しいメロディが連発する気迫のこもった快演ですね。

この録音では、ヘンダーソンの調子が良くて、音色は美しいし、フレーズは力強いしで、最高です。

ビリー・ヒギンズのドラムも、シンバルで「チンチチ、チンチン」と叩くのを始め、良い音色とリズムを出しています。

次は、3曲目の「Gary's Notebook」です。

ここでは6拍子が採用されていて、とても激しいタッチに仕上がっています。

私にとっては、1曲目よりもこの曲の方が、ロックのテイストを感じますね。

6拍子と、ロックであまり用いないリズムが使われていますが、アクセントの付け方やタメの入れ方がロック的です。

全体の荒々しさ、ドラムが入れてくる合いの手のフレーズ、ぐちゃぐちゃしたリズム、煽りたてる騒々しさと、ロックっぽい雰囲気が醸されています。

ここでは、ヒギンズの熱いドラミングを、いつも集中的に聴いています。

「ウェ」とか「ウッァ」と声を出しながら、叩きつけるようなタッチでシンバルやスネアを鳴らしていくヒギンズは、本当に最高です。

きれいな音を出そうとしていない所が、素晴らしい。
小細工をせずにガンガン叩くので、聴き手は自然にのめり込んでしまう。

アドリブ・ソロでは、リー・モーガンのが一番好きです。

出だしから、「テケッ、トパピッ」と挑発的なフレーズを入れてきて、聴き手を煽ってくれます。

モーガンは、チンピラ風の下世話で攻撃的なフレーズを吹かせたら、ナンバー1です。

彼の凄い所は、ヤンキーっぽいのに、洗練されたテクニックを持ち、しっかりと音楽理論を習得している事です。

なかなかに複雑な人物だと思いますねー。

次は、4曲目の「Boy, What A Night」です。

前曲と同じく3拍子を基本にしていますが、12拍子にして軽快さや爽やかさを出しています。

3曲目は3拍子を強調し力強く上下するリズムでしたが、ここでは拍の強弱をほとんど付けず、自然に流れるようなスムーズなリズムにしています。

コード進行もシンプルで、分かり易く聴きやすい曲ですね。

聴き易いぶん、どこか物足りなさもある。

アドリブでは、ハリスのピアノがスウィングしていて気持ちいいです。

最後の5曲目、「Hocus-Pocus」です。

私は、この曲が大好きなのです!

このアルバムを聴く場合、LPレコードで聴くのを基本にしているのですが、大抵はこの曲だけをかけて、それも2回連続でかけてます。

1回聴くと心がウキウキしてしまい、もう1度かけたくなってしまう。

この曲は4ビートのジャズらしい作品ですが、すんごくスウィングしていて、各人のソロも素晴らしい出来で、聴いていると自然に身体を揺らしてしまう。

ジャズ史上でも特筆できるほどの快演なので、聴いた事のない人はぜひ聴いてほしいです。

なお、この曲は他の収録曲に比べて音が小さいです。
だから私はB面を通して聴く場合、この曲に差しかかると席を立ち、ヴォリュームを1メモリ上げる事にしてます。

イントロ無しでテーマが始まりますが、テーマからすでに皆がエンジン全開で、トランペットとサックスのユニゾンがとても気持ちいい。

サビのリズミックなフレーズも、お洒落で最高です。

テーマだけでも十分に気持ち良いが、ソロに入るとさらに躍動感は増し、凄い事になります。

ジョー・ヘンダーソンがソロの一番手なのですが、とんでもなく輝く、スペシャルなソロを吹きやがります。

私は、ヘンダーソンのソロは、これが一番好きです。

生命感に満ちた、美しく深みのある音色。
ぐいぐいとリズム隊を引っ張る、うねりのあるメロディアスなフレーズ。

彼は太い音でぶりぶりと吹いてくれるので、でかいヴォリュームでかけると、その音圧だけでも感動できます。

最初から最後まで完璧なソロなのですが、特に好きなのは2コーラス目の9~10小節です。

ここで彼は、やや長めの高音を「パー」「プー」と2発かますのですが、それが可愛らしい音で、何度聴いても痺れる。

で、その次はモーガンがソロを取ります。

こいつがまた、えらくかっこ良い。
ナイフみたいなとんがった音で、縦横無尽に吹いてくれます。

モーガンは、ワルっぽい生意気な態度で、ザクザクと切り込むようなフレーズを、次々と連発します。

特に「パラララ、ララララ」と同じ音程で素早く連続で吹く所は、彼だけにしか出せない危なさがあり、聴き手を煽ってきて最高です。

前述したように、私はこのアルバムをLPで聴いてます。
そうして、そのLPはオリジナル盤だからか、すごく生々しい音がします。

モーガンのとんがりぶり(天才ぶり)が、細かい部分まできちんと収録されており、しっかりと聴き取れます。

(※オリジナル盤とは、その作品が発表された当時に売られた
 (カッティングされた)レコード盤の事で、再発盤でない
 ものを指します。

 ミュージシャンやプロデューサーがマスタリングにきちんと
 関わっているし、録音したテープ(マスターテープ)が新鮮な
 状態のため、音が良いとされている。)

ちなみに、オリジナル盤は大抵は高額なのですが、このアルバムは数が出たからか、中古ショップで1500円位で買えました。
今振り返ると、すごく良い買い物をしたと思います。

ところがです。

私は『ザ・サイドワインダー』を、SHM-CDでも購入したのですが、とても残念な事に、モーガンのワルぶり(とんがっている攻撃的で煽りまくるフレージング)が、あまり聴き取れない(再現されない)のです。

SHM-CDは、それまでのCDよりも音が良い「改良版」なのですが、LPのオリジナル盤と比べると表現の深さに雲泥の差がある。

私は同CDでこの曲を聴くたびに、「もっとモーガンの音はガツーンと心に響くのだが…」と首をかしげてしまうのです。

話を戻しますが、モーガンがソロを終えると、今度は「バリー・ハリスのソロ」となります。

これがまたまた、スウィングしまくる名演です。

とにかく歌心が素晴らしくて、全ての音が躍動している。
私は聴いていると、超一流のダンサーの踊りが頭に浮かんできます。

決して滑らかなフレージングではないのですが、それがかえってダイナミックさを生み、ジャズの香りを放っている。

すっごいスウィングしているので、大好きなソロなのですが、これまたCDだと再現がいまいちなのです。

音色はきれいなのだが、聴いていてワクワクしない。
「なぜなんだよ! バカやろう! ハリスに謝れ。」と思ってしまう。

この後は、ドラムのソロになります。
そうして、ここもかっこ良い。

目の覚めるようなフレーズは出てこないが、情熱的でパワフルで1音1音に重みがある。

不器用な叩き方なのですが、それがかえって愛おしい。

私はこのアルバムを聴くまで、ビリー・ヒギンズというドラマーは全然評価していませんでした。

オーネット・コールマンと共演してフリー・ジャズをしている作品が、初めて彼に出会った作品だったため、「フリー・ジャズのドラマー」だと思ってたし、「きちんとリズムを刻めない、駄目なドラマーだ」と思っていました。

それが、ここでのプレイを聴いて、「きちんと叩けるじゃないか」と驚きました。

彼は粘っこいリズムを出せるし、タイム・キープを意外なくらい冷静にしてくれるしで、良いドラマーですね。

3曲目の解説でも言及しましたが、ヒギンズは音色を犠牲にしてでも、熱く激しく叩きます。

シンバルの音なんて、しょっちゅう割れていて、綺麗な音色を重視する人だったら眉をしかめてしまうと思う。

でも、その乱れる音色が、ジャッジーでかっこ良い!

ところが、これまたCDだと再現されてません。

乱れまくるシンバルやスネアの音色が、なぜか整った(ある枠内に収まった)お坊ちゃんの音になっているのです。

「バカ!! 一番おいしい部分なんだから、そこを重視してリマスタリングしろよ! ヒギンズに謝れ。」と思ってしまう。

最後に、余談になりますが、「レコードのオリジナル盤」について少し書きます。

オリジナル盤については、「別格の音がする」という伝説が、オーディオ界にはあります。

私はこの真相を突きとめるため、オリジナル盤を何枚か入手してみました。(高額なので、数枚しか持ってません)

聴いてみての感想は、「この伝説は本当である」です。

私の持つ盤は、安く手に入れたバーゲンもので盤質は良くないのですが、それでも音に込められた気迫(エネルギー)の違いは感じ取れます。

ブルーノート・レーベルの「RVG刻印入り」以外でも、オリジナル盤は総じて深みのある気持ちの入った音を出しますね。

音が肉厚だったり、しなやかだったりする。

ぶっちゃけ、1枚で4000円とかするので、基本的に私には買えません。

「1000円のを4枚買うほうが楽しめるな」とか、「500円以下のセール品なら沢山買えるぞ」とか考えてしまう。

私にはあまり縁のない存在ですが、他では味わえない音が出るのは間違いないです。

家に聴かないレコード盤がある場合、捨てようと考えた時は「貴重なオリジナル盤がないかどうか」だけは調べてほしい。

私の祖父の遺品にはレコードが数十枚もあり、当然のごとく私が受け継いだのですが、1枚だけジャズのオリジナル盤があり、聴いたら凄く鮮度の高い良い音でした。

だぶん祖父は、それがオリジナル盤だと気付いていなかったと思います。

こうした事は、どこの家でもあり得ると思うのです。

(2015年10月7日に作成)


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