アート・テイタムの「アート・テイタム~ベン・ウェブスター」

このアルバムは、ジャズの巨人であるアート・テイタムとベン・ウェブスターが共演し、
素晴らしい成果を挙げた、ジャズ史上の傑作です。

非常に分かり易い形で、ジャズの持つ独特のメロディの歌わせ方と、創造的な即興性を表現しています。

おそらくこの作品は、ジャズ・ファンなら誰もが好きになるし、ジャズを聴かない人々でも聴けば気に入ると思う。

『敷居の低さ』と『高い芸術性』が同居する、稀有な凄みがある。

楽器編成は、テナーサックス+ピアノ・トリオ(ピアノ、ベース、ドラム)なのですが、
テナーとピアノがソロを分け合っています。

つまり、テイタムとウェブスターは対等な立場で共演している。

ジャズのワン・ホーンのアルバムでは、サックスとピアノが対等になる事は少ないんですよ。
ほとんどはサックスを主役に設定します。

ここまで両者が対等に表現し、お互いに持ち味を発揮するのは、ありそうで無い。

そういう意味では、奇跡的なアルバムだと思います。

アート・テイタムは、もの凄いピアニストですが、ピアノ・トリオやソロ・ピアノで演奏している作品群は敷居が高いです。

スタンダード曲ばかり演奏していますが、元々のメロディやコード進行を崩す傾向が強く、「何をしたいのか分からん」と思う事も多い。

たまに当たりのアルバムもあるのですが、それでも愛聴盤にはなっていません。

彼は弾きすぎる傾向があり、私のようなジャズを聴き込んでいる者でも、情報過多に感じて混乱しがちです。

『アート・テイタム~ベン・ウェブスター』のような聴きやすく分かり易い演奏は、本当に貴重です。

「チャーリー・パーカーは若い頃、テイタムの演奏に惚れ込んで、テイタムが出演しているバーで皿洗いのバイトをし、毎日聴いて代理コードの使い方を学んだ」とのエピソードがある。

それほどにテイタムのコード・ワークは、時代の先端をいくものでした。

パーカーを深く愛する私は、このエピソードを知ると、「パーカーの師匠はテイタムだ」と認識した。

で、さっそくテイタムのアルバムを数枚聴いたのですが、「いまいち分からん…。パーカーのコード進行とアドリブは理解できるが、これは理解できないな…。」と困ってしまった。

「もっとコードの知識を得て、耳を鍛えていけば、理解できるのかもしれない」と思ったが、いつまでも同じ状態が続いた。

やがて私は、「テイタムのコードを洗練させて理解し易くしたのが、パーカーだ」と考えるようになります。

そのうちに、テイタムを偉大な存在として認めつつも、遠くの人と感じるようになった。
全くアルバムを聴かなくなった。

ところが、このアルバムに出会い、認識は一気に変わりました。

この作品は、ウェブスターが参加して、彼が音数を少なくしたリラックスした演奏を見せているため、『テイタム特有の情報過多(聴きづらさ)が緩和されて』います。

テイタムはいつも通りにバリバリに弾きまくるが、相棒のウェブスターはそれに全く流される事なく、悠々と淡々とシンプルなフレーズを歌い上げていく。

ピアノの生み出す情報の渦に飲み込まれず、落ち着いた演奏を続けていく。
決して焦らず浮つかない。

最初に聴いた時、「ここまでマイペースにプレイ出来るなんて。それも巨匠テイタムを前にして。凄い根性をしているな、ウェブスターは!」と心底から感心しました。

ウェブスターが「シンプルにやろうよ」とのメッセージを常に発信していて、
それにテイタムが敬意を示す結果、テイタムのプレイには普段の小難しさがない。

変な代理コードを用いず、原曲の持つ美しいコード進行をそのまま使っている。

これが大きい!

初めてこのアルバムを聴いた時、「すっげえ分かり易いなあ、テイタムは別人みたいだ」とびっくりしましたよ。

そして、「彼のテクニックが最高の形で表現されている。これは名盤だ。」と思った。

ある意味では、テイタムのいう最高の素材を、ウェブスターが共演する事でプロデュースしたとも言えます。

いつものテイタムとは違うし、大衆的で友好的な姿がここにはある。

孤高の近寄りがたいピアニストが、ここでは笑顔で握手を求めてくる。

人によっては、「これはテイタムではない」と言うかもしれません。

普段のテイタムって、大勢の知っているスタンダード曲をスウィングした踊れるリズムで演奏しているのに、近寄りがたい雰囲気がある。

彼は、そのまま演奏すれば良いものになる素晴らしいメロディを持ったスタンダード曲たちを、あえて自分流に解釈する。
自分の色を、思いっきり付け加えてくる。

当時のお客たちは、酒場で演奏する彼に対して、1曲を終えるごとに「ヒュー、ヒュー」とか囃していたのかもしれない。
だが私は、もの凄いストイックな姿勢を貫く彼に、畏れすら感じる。

耳を鍛えてきた私ですら理解しづらいものを、大量に(それも独奏というストイックな形が多い)で世に出せるなんて、とてつもない事ですよ。

彼の作品は、世に媚びる要素を影ほども見せない。

そんな大胆不敵なことを実行できる男に、囃したてるなんて到底できない。
演奏を聴きに行ったら、びびって拍手すら出来ないかもしれない。

実際に、彼の演奏を聴きに来るのはジャズ・ミュージシャンが(同業者が)多く、
ピアニストは指の動きが見える場所に座って食い入るように見て学んでいたといいます。

クラシック界の巨匠ピアニストたちも、演奏を聴きにきていたという。

こういう人物だと知っていたからこそ、その男と平然と淡々と共演できるウェブスターには脱帽した。

伝説的なピアニストで、めったにホーン奏者と共演しない人なのに、自分と共演してくれた。
普通ならガチガチになるでしょ。

ウェブスターは、凄い心臓をしているよ。
演奏も素晴らしい出来なのですが、その態度のでかさにまず感心しました。

ここからは、テナー・サックス奏者のベン・ウェブスターに話を移します。

ウェブスターは、顔は田舎の農夫みたいな感じで、どこか垢抜けない。

ただし、頑固で腕っ節も強そうな、迫力のある面構えをしている。

そんな人物だが、音を出すととてもセクシーなんですよ。

彼の音色は、太くて渋みがあり、男性的です。

ロリンズやコルトレーンら、ビバップ以降のテナー・サックス奏者には、少しキンキンした神経質な所があるけど、ウェブスターなどスウィング時代の奏者は違いますね。

常に余裕をもたせていて、フレージングで無理をしません。

スウィング時代に登場したサックス奏者は、音の曲げ方が上手いのも特徴です。

ウェブスター、ジョニー・ホッジス、レスターヤングなど、一流の人は皆が、
音の曲げて味わいを出すのが上手い。

このアルバムでは、音を曲げてお洒落なニュアンスを出す演奏技法の、最高の成果を聴けます。
ウェブスターの情感豊かな演奏には、何度聴いても痺れてしまう。

チャーリー・パーカーらビバップの奏者たちは、音の曲げで色を付けることをしなかった。

それよりも、音数を増やし、多彩なメロディを創造することを重視しました。

どちらが上とかではなく、好みとか目指す方向の問題なのですが、
パーカー以降にはそれまでは重要なサックスの表現だった『音の曲げ』が、ジャズからほとんど消えてしまった。

ジャズが衰退した理由の1つは、これだと思っています。
音から人間臭さが減っていき、よそよそしくなってしまった。

パーカーには、もの凄いテクニックと表現力があったから、それまでの演奏法を捨てても素晴らしく人間的な音楽を創れた。

でも彼を真似した人々は、そういう境地に到達できず、ジャズはどんどん無機質で味気のない、血の通わない音楽になってしまったのです。

結局のところ、ウェブスターやホッジス以降に、彼らほどに人間の声のような自然で滑らかな音を出せるジャズ・サックス奏者は、1人も出ていません。

そういう意味では、彼らはもの凄いテクニシャンでしたね。
誰も真似できないのですから。

このアルバムは、とにかくテイタムとウェブスターの存在感が圧倒的ですが、
ベースのレッド・カレンダーとドラムスのビル・ダグラスも良いです。

2人ともあまり知名度は高くないですが、レッドはチャールズ・ミンガスの師匠として知られています。

ミンガスはとっても変わり者で自己主張も強いので、「その師匠はどんな人なのだろう?」と思っていた。

やや肩透かしを食らったのですが、レッドのプレイはすごく真面目な感じで、遊びは一切入れていないですね。
これほど真面目さが伝わってくるジャズ・ベースは珍しく、ジョージ・デュヴィヴィエと並んでトップクラスだと思う。

地味な脇役に徹しており、全く目立つ時がない。
でもリズムは正確かつ重厚で、実力があるのはよく分かる。

さて。

そろそろ各曲の解説に入ろうと思います。

まず参加メンバーと録音日をきちんと書きましょう。

アート・テイタム(p)  ベン・ウェブスター(ts)  レッド・カレンダー(b)

ビル・ダグラス(ds)

1956年9月11日に録音

ちなみに、この録音から2ヵ月後に、テイタムは死去しています。

だから最晩年の録音なのですが、以前よりも音に優しさや柔らかさが出ており、どこか達観した枯れた雰囲気もある。

私は、ここでのテイタムの音色や雰囲気が、大好きなのです。

本当に美しい、最高の音だと思います。

では、まず1曲目の「Gone With The Wind」から。

最初からピアノは、全開モードでガンガン弾きます。

テイタムという人は、「最初は抑えて徐々に盛り上げる」というような計算をしません。
この点は、弟子のチャーリー・パーカーとそっくりです。

とにかく弾きまくるので、初めてテイタムを聴く人は、「なんでそんなに弾くの! 意味なくない?」と思うでしょう。

ええ、意味はないです。でも弾いちゃうんです、この人は。

こんなに音を出す必要は全くないのですが、そういう人だと理解してあげて下さい。
お願いします。

このアルバムのテイタムは、とにかく格好良いです。

だから、違和感を持っても我慢して聴いて下さい。
そのうちに慣れてきて、気持ちよくなってきます。

テイタムの音数の多さに慣れれば、抜群のリズム感を持っていて、ウルトラ・スウィングしている事に気付くでしょう。

とにかく音を詰め込むので、時には字余りみたいになる。
最後の音が小節を越えて、次の小節に入ってしまったりする。

それなのに、スウィング感が止まらない。聴いていて気持ち悪くならない。

演奏者だと分かると思いますが、フレーズが字余りになると、すっごい気持ち悪くなるものなのです。

なぜテイタムだと、そうならないのか。

それは、『テイタムだから』です。

要するに、彼は天才なんですよ。

彼の音には、常に強烈なリズムのうねりがある。

だから1つ1つのフレーズに乱れがあっても、スウィングしてしまう。

この特質に関しては、ジャズ史上でも別格ですね。
誰にも真似できない、途方も無いリズム感覚を持っていました。

テイタムの後には、ウェブスターのソロが入ります。

この日の彼は、どのフレーズも輝いていて、とにかく素晴らしい。

だが、ウェブスターが美しく充実したソロを取っている間も、テイタムは大人しくしていない。

誰もが聴き惚れてしまうようなソロなのに、テイタムは配慮を見せないのです。
他の曲でもそうなのですが、時には長ったらしいフレーズをバックで弾いて、邪魔をしてくる。

「空気を読まない奴」の究極の形です。

テイタムに悪意はないのだが、絶対に吹きづらいと思う。
はっきり言って、こんな事を普通のジャズ・ピアニストがしたら、「帰れ!」と怒鳴られるでしょう。

気にせずに朗々と吹き続けるウェブスターには、感動すら覚えますね。

なんなんだろうな、ウェブスターのこの無神経ぶり(泰然さ)は。

「もっと静かにしろ」と思わない姿は(思ったら音に出て聴き分けられます)、悟りの境地に近いものを感じます。

ちなみに、「Gone With The Wind」という曲は、コード進行が難しくてやっかいな曲です。

原メロディを少し崩すだけのウェブスターは滑らかに演奏できて当然ですが、
弾きまくるテイタムに迷いや躊躇いがないのは、凄いの一言。

指が自然に動いている感じすらあり、難しい曲だと全く思わせない。
さすがですね。

次は、4曲目の「My One And Only Love」です。

この曲は沢山の方が演奏していますが、これが最も出来の良いヴァージョンだと思っています。

正直なところ、このヴァージョンと比べると、他のどれもが陳腐に見える。

とにかくウェブスターの表現が素晴らしいです。

メロディの歌わせ方や、緩急の付け方が、完璧と言えるほどに決まっています。

音色も最高で、数あるウェブスターの演奏の中でも屈指の輝きを放つ名演です。

テナー・サックスを吹く人には、これを理想の演奏と考える方もいると思う。

それ位に、完成度が高くて華のあるプレイをしています。

「溢れんばかりの余裕」があるんですよ。これが真似できないところ。

普通のミュージシャンだと、余裕感を出すとだらけてしまう。
貧弱な感じになってしまう。

ウェブスターは、余裕しゃくしゃくなのに、緊迫感もあるのです。

超一流の芸術家は、相反する要素を同時に表現できる。だから深みのある世界になる。

どうしたら、そんな感動的な表現できるようになるか?

これは努力では(理屈では)習得できません。人間力です。

自分を素直に偽らずに吐き出した時、そこに沢山の想いが込められて、深みのある芸術表現(生き様の表現)になる。

この真理を、最近になり体得できてきました。

超一流の人って、ジャンルを問わず正直に生きてますよね。

欲が深くなって色々と計算高くなると(正直でなくなると)、名声は得られても、良い仕事はしなくなる。
そういう人を、たくさん見てきました。

話を演奏に戻しますが、テイタムも素晴らしいです。

イントロの時点から、お洒落で知的な空気を、見事に作りだしていますよね。

メロディにコードを付ける「ハーモナイズ」のセンスの良さが、この曲では際立っていると思う。

ソロに入ってからも、躍動感のあるスケールの大きなプレイをしています。

彼の音は、どんな時も雄大さがあり、リスクを恐れて小さくまとめる事がない。
その志の高さは、とても尊敬しています。

最後は、6曲目の「My ideal 」です。

この曲が、一番好きなんですよ。

テイタムの出すフレーズの美しさに、どれだけ聴いても新鮮な感動を覚えます。

この曲のメロディは、切ない雰囲気があるのですけど、それが最晩年を迎えたテイタムにぴったりの様で、演奏にすっごく味わいがあるのです。

「死期がせまって人生を振り返った時に、体験の全てに深い満足と感謝をしつつ、
 若干の切なさ(後悔)もある」、そんな音世界です。

凄いですよね、演奏から人生の総括みたいなものまで感じられるなんて。

「どこまで表現しちゃうんだよ、テイタムさん」と羨ましくなり、尊敬心で一杯になる。

とても優しいタッチで弾いていますね。

聴いていて、人生や音楽への愛を感じる。

ウェブスターも好演しているのですが、聴き終わるとテイタムの印象しかありません。

ウェブスターが吹いている間も、テイタムはお構いなしに弾きまくる。
だけどなぜかうるさくならず、テナー・サックスを包み込んでいる感すらあるのです。

説明できない不思議な一体感が、テナー・サックスとピアノにある。

まだ聴いた事のない人は、ぜひチェックして下さい。
特に年齢を重ねた人だと、グッと来ると思います。

神聖なエネルギーを放つ、特別な演奏です。

テイタムのソロを細かく聴いていくと、色々なテクニックやフレーズを使っています。
でもそんな事は気にせず、この世界にどっぷりと浸ってほしい。

目を閉じて、その瞬間には他の全てを忘れて、音だけに集中してみて下さい。

身を任せると、深い癒しを得られます。

終わりになりますが、ここで紹介・解説しなかった4曲も名演となっており、
全7曲どれもが美しい出来です。

これほど重量感のあるジャズ・アルバムは、なかなか無い。

年齢を重ねた人にしか出せない、円熟した大人の音楽です。

そういうものを求める人には、最高の作品だと思います。

(2016年6月10日に作成)


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