「条件」という幻想を、幻想と見抜いて活用する

 神

条件という幻想は、「自分も愛も、無条件で存在すること」を経験するのに、活用できる。

あなた方(の魂)は不死であり、無条件に存在するが、「無条件ではない」という状態がなければ、それを経験できない。

あなた方は、純粋にただ存在するだけでは、満足できなかった。
だから、条件という幻想を創り出した。

この幻想は、「自分は、何かの存在に依存する」という考え方だ。

条件の幻想から、『相対性』が創り出された。

例えば、暑さと寒さは、本当は対立するのではなく、同じものの「別の状態」だ。

本当に存在するのは、『一つのエネルギー』だけだ。
そのエネルギーを、あなた方は生命・神と呼ぶ。

この唯一のエネルギーの「個別の具体的な振動」を、あなたがたは「条件」と言う。

生命・神は、変化する。

神はプロセスである。神は『なりゆくもの』である。

『なりゆくもの(神)』には、特別の条件は存在しない。
ただ、なるようになる(変化していく)。

だがあなた方は、変化を定義して、変化を測定しコントロールしようとする。
つまり、ある条件を望む。

条件の幻想が存在するのは、「無条件を経験するためだ」と分かれば、あなたは全ての条件を祝福するだろう。

何かの条件があるから、あなたはその条件を克服して、「自分はどの条件よりも大きいのだ」という究極の真実を体験できる。

だが実は、克服したのではない。
元々あなたは、その条件には居なかった。

克服したのではなく、「その条件は自分ではない」と見抜いたのだ。

 「この条件は、私ではない(この条件は幻想である)」と宣言する人は、比類ない経験を生み出す。

他の人なら嘆くような人生の条件を、祝福する人がいる。
彼らは、そういう条件を贈り物として受け入れ、偉大な自分を再創造するための機会にする。

あらゆる条件を判断するのは、常に自分自身だ。

他人が貧困と感じるものを、あなたは豊かだと感じるかもしれない。

他人が敗北と感じるものを、あなたは勝利だと感じるかもしれない。

これが分かれば、あなたは「すべての条件の創造者」になる。

これが分かれば、意識的に自分で、すべての条件を判断(創造)する道を選ぶようになる。

その時にあなたは、自分の人生の経験を何かのせい(誰かのせい)にするのを、やめるだろう。

そうなれば、経験のすべてが変化する。
あなたは「自分は犠牲者ではなかった」と知り、やがて「犠牲者は誰もいない」ことに気付く。

この事を覚えておきなさい。

『犠牲者は誰もいない』

(『神とひとつになること』から)


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