神と友情を結ぶチャンスは誰にでもある
優劣をつけるのはやめなさい

 神   多くの人は、祈りを行って私に話しかけるが、私と話しはしない。

     多くの人は「神よ、印をお与え下さい」と言うが、私が話しかけると、私を否定する。

     言っておくが、私はあなた方に話しかけるのを、決してやめない。
     対話に心を開いている限り、神と友情を結ぶチャンスはある。

     そのチャンスを神に与える限り、あなたは必ず力を与えられるし、心の中に我が家を見い出せる。
     これが、『神と友情を結ぶ』という事だ。

ニール  その友情は、誰にでも開かれているのですか?

 神   そうだ。 無信仰の者にでも、開かれている。

ニール  では、神への「正しい道」は、無いのですね?

 神   まさしく、その通り。

     神への道は何千とあり、すべてが神に通じている。

ニール  それでは、「こっちの神のほうが優れている」という議論は必要ないのですね。

 神   そうだ。

     だが、言わなくなるのかな? それが問題だ。

     「自分の方が優れている」という考え方に、多くの者が魅せられている。
     その考えのおかげで、人間を皆殺しにする事も、動物を虐殺する事も、正当化できるのだから。

     「自分の方が優れている」という考え方が、あらゆる非人道的な行為の原因になってきた。

     もう、「どっちが優れている」などと言うのはやめなさい。 これが、新しい福音だ。

     選民はいない。
     真の宗教も、天国への唯一の道も無い。

     優越感は、分割と分断の考え方であり、そのためにあなた方は殺し合ってきた。
     もう追放して、文化から消してしまいなさい。

     『私たちは、すべて一体だ』というメッセージを、世界の隅々にまで広めなさい。

(『神との友情 下巻』から)


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