全面的な喜び②
喜びと悲しみは、同じエネルギーの段階の違いだ

 神   自分の事をあまり深刻に考えずに、気楽にしなさい。

     人にもそうさせてやりなさい。

     喜びが、すべてに先立つ。 喜びが無ければ、何も実現しない。

     笑いは最高の薬だ。喜びは、魂に良い。

     魂は、純粋な喜び、限度も制限もない喜びだ。

     微笑みは魂への窓、笑いは魂への扉だ。

ニール  魂が喜びの存在なら、どうして人はあまり幸せに見えないのですか?

 神   すばらしい質問だ。

     答えは、あなた方の精神にある。

     喜びを解き放つには、『喜ぼうという精神』が必要なのだ。

     魂の喜びは、心を通って精神に入る。

     「魂の言葉」である感情は、精神を開いて表現しないと、心に滞留してしまう。

     だから、悲しくてたまらない時には「心が張り裂けそうだ」と言うし、幸せでたまらない時には
     「心が爆発しそうだ」と言う。

ニール  魂が喜びの存在なら、どうして人は悲しくなったりするのでしょう?

 神   魂は『生命・愛・自由』の存在だが、それが制約されると、魂は充分に表現されなくなる。

     「充分に表現されない喜び」、それが悲しみの感情だ。

ニール  混乱してきました。

     本質的には喜びである魂が、悲しいなんて事があり得ますか?

 神   あなたは宇宙の性質を誤解している。

     宇宙には、お互いにばらばらなものは何もない。

     悲しみと喜びは、同じものの「程度の違い」なのだ。

ニール  すごい洞察ですね。

     悲しみと喜びは、「同じエネルギーの、段階の違い」なのですね。

 神   そうだ。宇宙の力の、異なる表現なのだ。

     だから、この二つの感情を「同時に体験する」ことがあるのだ。

ニール  ええ! 同時に体験した事があります。

 神   どちらも『生命エネルギー』なのだよ。

     その流れを、あなた方は「悲しみ/喜び」と呼び分ける。

     生命エネルギーは、コントロールできる。

     だから、あなたは常に、悲しみを喜びへと「生命エネルギーの振動を速めて」変える事が
     できる。

(『神との友情 下巻』から)


神との友情 下巻の目次に戻る