二つ目の神の姿勢 全面的な愛①
全面的な愛とは、全力で人生のすべてを愛する事だ

ニール  一つ一つの生涯は、短くはかないです。

     それなのに、どうして充分に誰かを愛せますか。

 神   愛の経験は一時的だが、愛そのものは永遠だ。

     あなたの今のパートナーであるナンシーとのセックスは、恒常的で終わりの無いものかな?

ニール  いいえ。 断続的で、一時的です。

 神   だからと言って、意味がなくなるのかな?

ニール  いいえ。

 神   すると、ナンシーへの愛は永遠だが、愛の表現の一つは、一時的で短いのだね。

ニール  なるほど。どこへ向かっているかが、読めてきましたよ。

 神   愛の経験・表現は一時的だと知りながら、愛する時には「全力を挙げて」愛するのが、
     マスターだ。

     全力を挙げて人生を愛すること。 すべての瞬間に人生が差し出すものを愛すること。

     これが、神の第二の姿勢、『全面的な愛』だ。

ニール  この姿勢は、よく知っています。

     「すべての人を、無条件に限りなく愛すること」です。

     でも、無条件に限りなく愛するなんて、人間に出来ますか?

 神   マスターは、実行している。

ニール  私は、マスターではないです。

 神   あなたはマスターだよ! 誰もがマスターなのだ!

     ただ、それを経験していないだけだ。

     全面的な愛は、まったく自然な事だ。愛は自然なんだよ。

     通常ではないが、自然なものだ。

     すべての人を、すべてのものを愛する事は、あなた方の基本的な性質だ。

(『神との友情 下巻』から)


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