神を愛すること④
二つ目の愛の消火剤である、期待を退治する

 神   『期待』とは、相手に対して、あなたが「こうあるべきだ」と思う行動をすると、考える事だ。

     必要性と同じく、期待も致命的なもので、自由を損なう。

     『相手に完全な自由を認めること』、それこそが相手への最も偉大な贈り物である。

     私は、その贈り物をあなた方に与えているが、あなた方はそうは思っていない。

     あなた方は、「神は、神のやり方(ルール)に従う事を期待するはずだ」と考え、
     人間同士でも同じ期待をし(様々なルールを作り)、それを愛と呼ぶ。

     だが、愛は何も期待をしないし、自由は期待とは無縁なものだ。

     期待を捨てた時、あなたは「ありのままの相手」を愛する。

     だがそのためには、あなたはまず、「ありのままの自分」を愛さなければならない。

     さらにそのためには、「ありのままの神」を愛していなければならない。

     ありのままの神を愛するには、ありのままの神を知らなければならない。

     だから、『神との友情』の第一ステップは「神を知ること」で、第二ステップは「神を信じる
     こと」なのだ。

     神を愛するには、「知って信じること」が出来なければならないのだ。

     あなたは、無条件に神を愛せるだろうか? それが大きな問題だ。

     なぜなら、あなたは『自分の愛を神に与えるやり方でしか、神の愛を受け取れない』からだ。

ニール  途方もないお言葉ですね。

     人間同士の関係でも、そうなのですか?

 神   もちろんだ。

     あなたは、自分の愛を与えるやり方でしか、他人の愛を受け取れない。

     相手は好きな様にあなたを愛せるが、あなたは自分のやり方でしか、その愛を受け取れない。

     他者にさせてやらない体験を、自分がする事はできない。

(『神との友情・上巻』から抜粋)


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