神を愛すること⑦
相手に制約を課すのではなく、自分に制約を課しなさい

ニール  もし私が第三者で、他の二人が愛だと決めても、「それは愛じゃない」と考えたら、
     どうなりますか?

 神   その時は、あなたの真実を言わなければいけない。

     そして相手の対応によって、相手との関係を決めればいい。

ニール  私がその二人を愛していて、必要としていたら?

 神   必要としなければしないほど、その人たちを愛せるよ。

ニール  「愛する者の何も必要としない」なんて事が、できますか?

 神   相手が与えてくれるものではなく、相手そのものを愛すればいい。

ニール  そんな事をしたら、踏みつけにされます!

     相手に何の制約も課さないで、踏みつけにされずにすみますか?

 神   相手に全面的な自由を認める事は、自分を牢獄に閉じ込める事ではない。

     相手に制約を課すのではなく、「自分自身に」制約を課しなさい。

     その制約は自発的なもので、『自分とは何者であるか』を宣言することだ。
     これは、自己の創造だ。

     あなたは、現在のすべての瞬間に、自由に自分を宣言できる。

     実際にそうしているのに、気づいていないだけだ。

     だが、他者が何者であるかを宣言する自由は、あなたには無い。

     愛も神も、そんな事はしない。

     嫉妬する自分を宣言するなら、その嫉妬はあなたの愛を終わらせるだろう。

     あなたは常に、すべての人と関係を持っている。

     問題は、「関係を持つか」ではなく、「どんな関係にするか」だ。

     この問いへの答えは、あなたの人生にも、世界にも影響を及ぼす。

(『神との友情・上巻』から抜粋)


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