山本太郎さんが天皇に園遊会で手紙を渡した件について
何も問題は無いと思う(2013.11.8.)

つい先日に、国会議員の山本太郎さんが、園遊会にて明仁さん(平成天皇)に手紙を手渡して、それが国会で問題視されています。

私は、この件については、『何の問題もない。なぜ問題視されるのか、さっぱり分からない』と感じています。

多くの方には、私の意見はすぐには理解しづらいと思うので、詳しく説明いたします。

まず思うのは、『園遊会』というものは、「友好をはかる場だ」という事です。

「ある場所で集まって、談笑したり飲食したりする」のが、園遊会というものです。

この園遊会は、明仁さんの主催です。

ですから、園遊会で明仁さんが会う人々は、人選に明仁さんの気持ちがどう反映されているのか知りませんが、名目上は『明仁さんが会いたかった人』なわけです。

『自分が会いたい人、もしくは会うのを許可した人』とならば、その人と仲良くするのは自然だし、手紙を受け取る事だって自然です。

考えてみて下さい。

自分が会食を主催して、そこに来てくれた人から手紙をもらったら、嬉しいものではありませんか。

親睦をはかるために明仁さんが呼んだのに、「今日は、お元気ですか」だけ終わったら、そっちの方がおかしいですよ。

私は、今までのあまりに形式的な園遊会にこそ、問題があったと思います。

手紙を渡した前例が無かったために、国会議員たちも対応に困っているようですが、「これからは、手紙は全面的にOK」にすればいいです。

私が思うに、明仁さんだって、色んな人から手紙をもらったら嬉しいと思いますよ。
同じ人間なんですから。

手紙だけではなく、メールアドレスの交換だって、2人が合意すればぜんぜんOKです。

それが、現代の自然な人間関係ですよ。

考えてみると、明仁さんは携帯電話やスマートフォンを持っているのですかね?

持っていなかったら、逆に問題であり、差別なのではないですか。

重要なのは、『手紙を受け取る自由も、受け取った手紙を読むか読まないかを選択する自由も、本人にある』という事です。

それを他人があれこれ言うこと自体が、変だと思います。

私は、受け取った手紙を明仁さんが自分で考えた上で読まないのも、OKだと思いますよ。

私だって、そうする時はあります。
まあ、興味の無いダイレクトメールの話ですが。

手紙を読まない自由も、人間にはあります。

実は、今回の山本さんのミスは、ぜんぜん別の所にあると思います。

それは、『脱原発を進める活動の一環として、天皇にアクセスしたこと』です。

『そんな事をしても日本には影響はない。
それよりも、一般の人々にもっとアクセスしなさい。
なぜそんな事も分からないのか。』
と、私は強く感じました。

率直に言って、今の日本は民主主義が機能しているし、大衆にアクセスして人々の意識や価値観を変えられれば、すべてを変えられます。

山本さんのやろうとした事は、あまりに古すぎですよ。
戦前の思考です。

私も脱原発派だし、日本全国には脱原発派がたくさん居ます。

そういう人と、山本さんは連携していけばいいんですよ。

最近は、小泉元首相も、脱原発派として行動していますね。

実際に、そういう人がたくさん居るから、今も原発がすべて停止しているのです。

「天皇の権威を使おうとした」と、山本さんは非難されていますが、それは自民党や政府もしょっちゅう行っていると思います。

政府主催の行事に天皇が出るのは、権威を利用していると見る事もできます。

私は、手紙を渡す事が、ただちに天皇の権威を利用する事にはならないと思います。

1通の手紙をもらったからと言って、明仁さんがいきなり「脱原発を100%支持します」とは、ならないでしょう。

人間は、様々な情報を総合的に考えていき、少しづつ変化していくものです。

明仁さんや、妻の美智子さんらは、被災地にも行っているし、福島原発についてもかなり知っているのではないでしょうか。

めちゃくちゃ報道されてきていますしね。

色々と思っている事はあっても、発言すれば政治的な行為になるので、控えているのでしょう。
とても大人な、理性的な行動だと思います。


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