先日に、選挙権をこれまでの20歳以上から、18歳以上に変更する法案が可決されました。
国民の過半数が求めている状態だったし、私も良い決定だと思います。
18歳というと、高校3年生か大学1年生ですが、十分に政治に判断を下せる年齢だと思います。
自分の18歳当時を振り返ると、まだまだ未熟でしたが、今とあまり変わらない価値観や感受性は備えていました。
経験が浅いので判断力では物足りない状態でしたが、きちんと投票できるレベルにはあったと思います。
私が思うに、政治にある程度の関心がある人ならば、15歳くらいになれば選挙で投票するだけの力は備えていると思います。
逆に言うと、政治に関心を示さない人は、いくつになってもきちんと投票先を選ぶ力を持てないし、そもそも投票に行きません。
年齢じゃないですよ、政治に対する見識は。
今回の決定は英断だったと思いますが、ひどく気になる事があります。
それは『自民党が(日本政府が)、高校など学校全般において、現在の政治をテーマにして話し合う(学問する)のを制限しようとしている事』です。
驚く事に、政治について自分の意見を述べる先生に対して、罰則を設けようとまでしています。
政府の高官(権力者たち)にしてみると、自由な議論が学校で行われると、自分たちが批判の対象となるので警戒しているのでしょう。
彼らはこの行動を、「教育は中立性に配慮しなければならない」と言って正当化しています。
安倍晋三さんらは、自分たちが良いと思う教科書を学校で採用させようとしてきました。
はっきりと言いますが、彼らは中立性への配慮など一切してきませんでしたよ。
彼らが中立性を語るなんて、笑止千万です。
私は思うのですが、学校では議論のテーマを制限したりせずに、どんどん先生や学生は政治についても持論を述べて語り合うべきです。
私が学生時代に一番つまらない授業だと感じたのは、先生が自らの考えをぜんぜん言わない時でした。
そういう態度の先生は、「給料のためだけに働いている、やる気のない奴」「根性なし」「つまらない教師」と生徒から軽蔑されていましたよ。
教育について制限や統制としようと考えるタイプの人は、子供たち(学生たち)の力を過小評価しています。
私が学生だった時、私や周りの生徒たちは、先生の発言や考え方を鵜呑みになんてせず、「あの教師は良い事を言う」、 「あいつの考えはおかしい」、 「まあまあ説得力がある」、「口だけで実行してないじゃん」と、きちんと1つ1つ判断していました。
基本的に、中学に入る位の年齢になれば、多様な意見の中から共感できるものを選択できます。
そして、現在の日本ではあらゆる所に情報が溢れています。
だから、先生が意見を述べたところで、生徒全員がそれに染まるなんて無いです。
先生が自説を述べたら中立性が担保できないなんて事は、あり得ないですよ。
教育現場を活力のあるものにするには、先生や生徒が個性を表現する事が重要です。
周りの様子を見て空気を読むなんて、学問の場では最低の行動です。
今回の選挙年齢の引き下げをきっかけに、もっと学校で政治について自由闊達な議論をしましょう。
それが、有能な有権者を育てる土台にもなります。
ここからは、話のテーマを変えます。
このところ、安倍内閣の提出した安保法案について「違憲だ」「戦争につながる」との意見が沸騰し、国民のデモ活動がさかんになっています。
実に様々な団体が運動を展開しているのですが、中でもシールズという大学生の団体が注目をあびています。
それは、これまで政治に沈黙状態だった学生たちが、ついに立ち上がったからです。
先日には、高校生が主催したデモも行われて、一段と活動が低年齢層に拡がりを見せています。
(そういえば、子供たちの将来ために、ママの会も立ち上がりましたね)
私はこの現象について、『自然な流れであり、健全な現象である』と感じています。
もともと、大きく国を変えるような法律は、若者への影響が(将来世代への影響が)一番大きいのです。
ですから、当事者たちが深い関心を持つのは当然だし、今まで表立った発言をしてこなかった方が不自然でした。
学生は時間と体力があるし、本来ならば民衆活動の中心に居続ける存在ですよ。
継続的に、様々なテーマで、政治運動をしていってほしいです。
これを機会に、学生デモを日本に定着させましよう。
私は2013年12月の日記で、 「デモをもっと参加しやすいものに変えよう、リズム等をもっと現代的にすると良い」と書きました。
シールズの活動を見ると、この提言が採用された形式をしており、現代的にアレンジされたデモになっています。
私はシールズを初めて見た時、大変に嬉しかったです。
今回の学生デモでは、「過激な行動や主張に走らない」のも特徴です。
香港の学生デモやかつての日本の学生闘争では、過激なグループが出てきて暴れてしまい、大衆からの支持を失う原因になりました。
シールズ等の組織は、過激化しないように引き締めていくのが、長く継続する運動にするために重要です。
つい先日に、自民党議員の武藤貴也さんは、シールズのデモについて「戦争に行きたくないと主張するなんて、彼らは利己的だ」と発言しました。
「戦争に行きたくない」という感覚を、利己的と考えるなんて、相当に危険な思想の持ち主ですね。
戦争に行きたくないのは、普通の事ですよ。ごくごく自然な感情です。
武藤さんは、戦争に行きたいと思うのが自然で、戦争に行くのが利他的だと考えているのでしょうか。
おそらく彼は、政治に若者が口を出し、自分たち(自民党)の政策に声高に反対するのが不愉快なのでしょう。
「お前らは黙って俺達の言う事をきけ」、これが自民党タカ派の本音ですよ。
彼は2012年には、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という一番重要かつ基本的な考え方を、否定する内容のブログを書いています。
「法的な安定性など、どうでもいい」と放言した礒崎陽輔・自民党議員ともども、議員辞職をしてもらいたい。
礒崎さんは、いま大問題になっている安保法案の国会提出では、作業を主導した人物の一人です。
(彼は安全保障問題を担当する首相補佐官です)
私は見ていて、「この程度の人物に、安保法制などの重要な事を任せるなんて、危険すぎる。 何という無謀な事を安倍政権はしているのだ。」と、改めて安倍晋三さんの愚かさにびっくりしました。
礒崎さんを補佐官にするなんて、安倍さんは本当に人を見る目が無いです。
安倍さんは極めて能力の低い人だと思いますが、良い人間を見抜く力が特に欠如しています。
第一次内閣の時も、閣僚の不祥事が相次いでいました。
親友の百田尚樹さんといい、周りにろくな人物がいません。
首相を務める器じゃないんですよ。辞めれば本人も楽になるのに。