小田原市で発覚した保護なめんなジャンパーについて 
(2017.2.14.)

先日に、小田原市役所の生活保護を担当する職員たちが、「保護なめんな」とプリントされたジャンパーを着用して仕事をしていた事が明らかになりました。

担当職員たちはこのジャンパーを購入し、揃いで着用して、受給者宅への訪問時にも使用していた。

私は小田原市に住んでいるので、このニュースがよけいに気になりました。

今日はこれをテーマにします。

まず、職員が着ていたジャンパーの背中に書かれていた文章を見ましょう。

原文は英語ですが、こんな内容です。

私たちは「正義」であり、正義でなければならない。
そのように私たちは小田原のために働かなければならない。

彼らの不正を見つけ出し、私たちは彼らを追いかけ、不正を罰して正しい刑を成し遂げる。

もし彼らが不当な利益を得るために私たちを騙そうとするならば、『私たちは思い切って言う、彼らはクズです!』

かなり過激な内容ですね。

独善的な態度や、自分が法の番人だと錯覚したかのような響きがあります。

どう見ても、生活保護を必要とする弱者たちに寄り添う情感はない。

これ以外にも、胸のエンブレムには「HOGO NAMENNA」「SHAT 悪」とあります。

このジャンパーが出来た理由として、生活保護を打ち切られた人物がカッターナイフで職員を切りつけた事件があったとのことです。

その職員には同情しますが、だからといってそれ以外の受給者たちに向かって「保護なめんな」と圧力をかけるのは筋違いです。

この小田原市で起きた事件は、根っこには生活保護を受けている人々への蔑視や敵意があると思うのです。

不正受給者は全体の0.5%といわれていて、99.5%の人は正当な受給者です。
それなのに、どの人と接する時もジャンパーを着ていたのだから。

この事件では、「不正受給を許さないという考えは正しいのだから、まったく問題はない」と言う人がいます。

しかしこの考えは、実地でジャンパーを着た職員に会う人々の感覚を読めていないと思います。

例えば、スマートフォンで料金を延滞する人々がいるからと、NTTドコモなどのお店で受付が「延滞ゆるさない」「SHAT 悪」とのエンブレムや文字の入ったジャンパーをお揃いで着ていたと考えてみてほしい。

「あなたは対象者ではない」と言われても、圧力をかけられた感じがしたり、嫌な気分になるのではないでしょうか。

救急車については、深刻な病状ではないのに呼び、病院へのタクシー替わりに使う人がいると聞いてます。

これに対し、救急隊員の服に「救急なめるな」とか「不正な呼び出し許さない」と書いたら、多くの人は救急車を呼びづらくなるのではないか?

不正をする人は存在しますが、それへの対処は別の形で行うべきです。

私がとても納得したのは、「職員が訪問する際にそのジャンパーを着用していると、その家が生活保護を受けていると分かってしまう。保護を受けているのを隠しておきたい家庭も多い」との現場の意見でした。

「なるほど」と思った。

「あのジャンパーの着用は問題なし」とする人々は、こうした機微を理解できてない気がします。

私が小学生の時、我が家は両親が離婚して母子家庭となり、生活がとても苦しかったのです。

母は両親の反対を押し切って結婚したので、離婚後も実家と疎遠で援助してもらえなかった。
父は売れてないミュージシャンで、別れた子供の養育費を出す余裕は無かった。

私は大人になってから、「数年間、生活保護を受けていた」と母から聞きました。

その事実を聞いた時、「生活保護を受けていてあの経済状況なら、受けていなければやばかったな」と思いました。
最悪の場合、死んでいたかもしれません。

自らの体験があるので、生活保護の必要性はよく分かります。

生活保護については、「きちんと働かないからだ」と批判する人がいますが、子供や老人や病人といった働けない人も対象者になっている事を忘れてはいけません。

もし自分が小学生の時に、生活保護担当の職員があのジャンパーで家に来て、「君の家は不正受給してないだろうね?」なんて生活状況を訊いてきたら、もの凄いショックを受けると思います。

生活保護を受けていると知り、自分の家が疑われて監視されていると感じて、ダブルパンチだったでしょう。

私には、「生活保護を受けているのを隠したい」と思う心理がよく分かります。

世間体だけではありません。
自分の子供に後ろめたさを持たずに伸び伸びと育ってほしいと思うのが、親心だからです。

生活保護を担当するならば、こうした事まで把握してほしい。

この記事を書くにあたって、少しネット・サーフィンをして情報を収集しました。

そうしたところ、『小田原市は、福祉政策が脆弱だ』と指摘する文章を見つけました。

読んでみると、どうやら事実のようです。

小田原市は、財政がそれほど逼迫していません。

もっと財政が苦しい自治体は、全国にはいくらもあると思います。

だから、予算を確保できないのではなく、福祉に力を入れていないのです。

市政の現状を述べると、加藤憲一・市長が3期目に入ってますが、市民の要望と乖離した政治を行い、暴走ぎみです。

加藤は、最初は市民運動から出てきた人で、私は彼が初めて市長になった選挙では一票を投じました。

だが実績を残せず、公約を実行しないので、再選を図った選挙では対立候補に票を投じました。
だが加藤が再選してしまった。

で、昨年にまた市長選があり、私の知り合いの多くも加藤市政に批判的だったのですが、なんと他に候補者が現れずに、無投票で続投が決まってしまいました。

無投票で再選した影響もあると思うのですが、加藤は3期目に入り、さらに自分のやりたいようにする傲慢さが強まっています。

誰かが市長選に出て、加藤と対決しなければならなかった。

「出る予定の人がいる」と聞いていたのですが。
勝てないと思い、尻込みし逃げてしまったのか。

加藤憲一については、1つエピソードがあります。

私がよく行っていた中古レコード屋のスターダストで、店主から「加藤は信用できない男だ」と聞かされたのです。

当時は、加藤はまだ市長になっておらず、市長選で勝つために活動している状態でした。

店主と雑談していたら、市政の話になり、もうすぐある市長選が話題となりました。

で、私が「加藤に票を入れようと思っている」と話すと、「あいつは信用できない」と店主が語りだしたのです。

スターダストの入っているオービックビルは所有権で揉めており、店主らは加藤と喧嘩しているという。

その談判の中で、加藤に心底から腹が立ったという。

店主はこう言いました。

「あいつは冷酷な男だ。
このビルに入っている店たちを代表して私が交渉しているが、どうなるか分からない。

君が票を入れるかは自由だけど、この事は伝えておく。」

いま振り返ると、店主は正しかったと思います。

加藤には、人々のために尽くすという誠の気持ちが無い。
そして冷たい雰囲気があります。
(私は小田原の様々なイベントを通して、加藤市長を何度も見ています)

ただし、加藤が初めて当選した時は、それまでの市長が何期も務めていて深い停滞感がありました。
だから加藤に変える意味はあったと思います。

ちなみにスターダストは、その後も営業を続けています。
店主は加藤に勝ったのだろうか。

あの店主は、地味な様相の頑固じじいですが、アウトサイダーの闘士の雰囲気がどことなくあり、一度牙をむいたら強そうな男ではあります。

最近は、あまり顔を出してないなー。
レコードは、愛聴盤と買いためたやつを聴くので一杯一杯です。

さて。

話を生活保護に戻しますが、自治体によってはできるだけ受給者を減らそうとし、困窮者が窓口に来ても色々と説得して追い返したりしています。

社会問題として報じられたので、知っている方もいると思います。

こうした行為がまかり通るのは、国が福祉予算を縮小しようとしているのが背景にあります。

いまの安倍政権や、かつての小泉政権は、福祉予算を削る政策を打ち出しました。

小泉政権は軍事費や建設費も削って、政府の借金を減らすようにしたから、まだ多少は認められます。

だが安倍政権は、政府予算を過去最大規模にし、軍事費などを膨らませているのに、福祉予算は削っています。
これは弱者いじめと言われても仕方ない。

国がこんななので、補助金をもらうために中央政府の政策に追随する傾向の強い地方自治体たちも、弱者切り捨てに走りがちです。

常々思うのですが、地方自治体は国に追従する必要は無いです。
あれは無策無能の現れだと思う。

小池・東京都知事や翁長・沖縄県知事は、日本政府の言いなりになっていません。
私はこの事を高く評価していますよ。

「保護なめんなジャンパー事件」を見て、『小田原市政は改革が必要である』と理解できました。

市役所にいった時、職員はあまりやる気はないですが、きちんと対応してくれます。

だからそれなりに評価していたのですが、「見えていない部分は腐っている」と知る事ができました。

とりあえず、加藤市長を次は落選させ、市議も大幅に入れ替えたいと考えています。

いま小田原市は、南足柄市との合併話がもちあがっています。

これについては、私は2ヵ月前に知りました。

小田原市民の中には、まだ全く知らない方もいると思います。

加藤市長が主導して進めているのですが、市民にはほとんど知らされず、どのような形になるのかも示されていません。

この政策は、加藤の驕りが現れたものと言っていいでしょう。

私は、『時代の流れは組織の分割・細分化で、小さい人数・組織のほうが機能する』と考えています。

この考えの詳細は、昨年10月の日記で発表したので、興味のある方は読んでみて下さい。

加藤市長は「南足柄市との合併で効率化が実現でき、良い行政になる」と説いてますが、私は「小田原市は大きすぎる。それが原因で行政は細かい所まで目が届いていない」と、全く逆の認識をしています。

大きさだけで行政サービスが変わるとは思わないけど、どっちに向かうかなら「小さいサイズ」に向かうべきだと思っています。

この合併の真の理由は、『人口が20万人以上だと補助金額など国からの扱いが違ってくるが、小田原市は19.8万人なのであと少し足りない。南足柄市(人口4万強)と合併すれば届く』という事らしいです。

せこい数字計算だよ。
そして住民の思いは全然入っていない。

きちんと説明責任を果たせ、加藤憲一よ。

納得できる説明がなければ、私は反対に回る!


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