今回の衆院選は日本共産党に投票する
彼らに言いたいこと
(2017.10.17~18.)

今週末にある衆院選挙の投票日。

私は、小選挙区と比例の両方で日本共産党に投票する事にします。

この事については、衆院が解散された時点から決めていたんですよ。

その理由は、国会中継を見ていると、一貫して平和主義や公平な社会や弱者目線の政策を訴えている唯一といっていい党だからです。

この党には、ブレがない。
それとは対照的に、民進党はブレまくる。

社民党にもブレはないが、党首の吉田さんにどうも可能性や力を感じない。

あと、護憲や脱原発や新安保法制反対のイベントに参加する中で、日本共産党の地方議員を目にしたが、皆が良心的で庶民的な人だった。

そして、赤旗日曜版をとっている関係でたまに党員の人に会うが(集金にきたり、時には採れた野菜を持ってきてくれたりする)、非常に良い人達である。

私は日本共産党の地方組織で働く人々に接し、『国政政党の中で最も良い人々を多く抱えている組織なのではないか』と思うようになってきた。

日本では、未だに「日本共産党=危険団体」との感覚が根強い。

これは隣国の中国で、共産党が武力を後ろ盾にした一党独裁を敷いているのが大きい。

中国共産党は、武装して戦い、武力革命した歴史がある。

だから今でも軍が(人民解放軍が)特別扱いされていて、聖域になっている。

中国が軍事拡張を続けるのは、習近平が覇権主義的なのもあるが、軍隊が英雄視されて優遇されてきた経緯が無視できない。

日本共産党も、かつては一部の人は武力革命を目指していた。

だが、武力革命を目指す人達は離脱し、1950年代に武力を放棄した。

私は日本共産党の議員や党員から、いざとなったら武力を用いる危険な雰囲気を感じたことは一度もない。
むしろ彼らは、普通の人々よりも大人しいくらいだ。

私の感覚では、自民党や維新の会のほうが、野蛮で危険なエネルギーを持っている。
いつもはスーツを着ているが、いざとなったら暴力や卑怯な手を使うという、ヤクザ的な雰囲気を感じるのです。

日本共産党については、「掲げている政策は素晴らしいのだが…」と、政策を評価しつつも腰の引けた態度を見せる国民が多い。

この手の人達は、「彼らの本音は別のところにあるのではないか」と疑っている。

前回の日記で述べたが、本音を語らず嘘を国民の前で語るのは、むしろ自民党や公明党である。

自公は、「景気回復を最優先にする」とか選挙中は言うが、実際の国政では別のことをする。

今回の衆院選では、彼らは「教育の無償化をする」と語っているが、当然ながら実行しないでしょう。
彼らには、『国民を裏切り続けてきた実績』がある。私は彼らの唱える公約を信じないし、そもそも耳を傾ける気すら失せてしまった。

そもそも教育の無償化といった国民みんなに良質の同じサービスを提供するのは、社会主義や共産主義のお家芸である。

それを自公が語るというのは、『自公の政策がずっと間違っていて、国力低下や行政サービスの低下をまねき国民からの支持を失った』証左である。

自公や維新の会が見抜いたように、国民は教育の無償化を求めている。

多くの日本国民の愚かさは、教育無償化にずっと熱心でノウハウも積み上げている共産党や社民党ではなく、ずっと教育無償化に反対してきた自民党にその実行を期待してしまう事だ。

こういう浅はかな選択をしてきたから、今まで政治が低位で滞留し、貧富の差が広がってきたのです。

「日本共産党=危険」というイメージは、アメリカおよびそれに付き従ってきた自民党や大手メディアが作り上げたものです。

日本共産党が政権をとったら一党独裁を目指すと語る人もいるが、普通に一政党として活動し、選挙で敗北したら野党に戻ると思ってます。

そもそも一党独裁体制を築くには武力が背景になければならないのだが、日本共産党には武装組織がない。
政権をとってから自衛隊を自分たちの軍隊にするのは、法律的にも国民感情的にも日本共産党の人材からいっても無理です。

「日本共産党が権力を握ったら、危険な暴走をする」という考えは、妄想であり杞憂だと思ってます。

私は彼らの持つ弱者救済の政策を評価しているし、「日本はアメリカの新自由主義に流されすぎた結果、貧富の差が開きすぎてしまった」と認識しているので、「日本共産党が力を持ち国政を担うようになれば、それを是正して富のバランスがとれる」と期待している。

こういう背景があって、最近の選挙では日本共産党に投票してきました。

私は党員ではないし、日本共産党よりも良い政治をする組織ができたらその日のうちにそっちを支持しますが、いまは共産党に票を入れている。

今回の衆院選では、立憲民主党にもかなり期待しています。

この党は、民進党の中で民主的・平和的・庶民目線の人が集まった新党で、民進党のふらついた態度に失望していた人達は「余計な人達が抜けて純度が上がり支持しやすくなった」と感じているようだ。

ここに集まった人達は共産党や社民党と連携するのを厭わないので、これからはしっかりと結びついて勢力を拡大していけるだろう。

以前の私だったらもっと立憲民主党に期待し、こっちに票を入れようとしたかもしれない。

だが私には、2012年の衆院選で出来たばかりの未来の党に票を投じ、選挙直後に未来の党が分裂・崩壊したという、苦い苦い思い出がある。

あの体験があるので、出来たてほやほやの党に貴重な1票を投じることに躊躇いがある。

小池新党に対しては、最初から「インチキ臭い」とそのいかがわしさを十分に感じていたが、立憲民主党には真面目で誠実なものを感じる。

もしかすると共産党よりも共感できる党に成長するかもしれない。
もうしばらく様子を見て、1年くらいかけて判断しようと思います。

とはいえ、最近の政界のぐちゃぐちゃぶりを見ると、1年後に立憲民主党が無くなっている可能性もありますねえ。

さて。

ここからは、タイトルにある「彼らに言いたいこと」を書いていきます。

「彼ら」とは日本共産党の事で、彼らの政治姿勢を高く評価しているし、もっと議席を増やしてほしいので、友情としていくつかの提案をします。

私は以前から、「日本共産党は国民の求める政策を打ち出していて、日々の行いも自民党のように腐敗せず良いのに、なぜ党勢を拡大できないのか」と不思議でした。

首をひねりながら考え続けてきたが、私が友人などと政治談議をした印象では、前述したように「どことなく不気味なものがあり、信用しづらい」という理性とは別のところでの判断のようです。

この根の部分まで掘ると実体のない、「なんとなく好きになれない」というレベルを出ない軽薄な理由は、政治における判断としてはお粗末すぎる。

そうは思うが、実際問題、私が「それは偏見だ」と説得しても、日本共産党嫌いの人はなかなか態度を変えようとしない。

で、さらに色々と考えてみたが、最近ふと気づいた事がある。

それは、「志位和夫は、ずっと委員長を(党のトップを)やってないか?」という事である。

調べてみたところ、志位は2000年から委員長をしている。

すなわち、『17年も同じ人物が、党首に居続けている』のだ。

これはいけない。こんな事は今時、駄目な企業くらいでしか行われていない。

まともな組織は、2年~5年くらいでトップが替わる。

同じ人物がトップに居続けると、どんな組織も硬直化し、活力が失われてしまう。

志位は、けっして悪い政治家ではない。現在の国会議員の中で良質な部類に入る。それは認めよう。

だが、17年も党首に居てはいけない。

こんな状態では、世間一般から「駄目っぽい」「信用できない」と思われても仕方ない。

さらに調べたところ、この党では党首を選ぶ際に、全党員の参加する選挙が行われていない。

これも、世間から不信をもたれるのに十分である。

私は、日本共産党の人々に、次の提案をする。

党首(委員長)の任期は最長で2期6年とし、3年に一度は必ず複数の人が立候補する党首選をし、全党員が投票して新たなリーダーを決めよう。

これを実行したら、国民からの目線がかなり変わるはずです。

分かり易く言うと、自民党のやっている事を真似しよう(盗もう)ということ。
党首の選び方については、自民党のほうが優れているから、そこから学ぶといいです。

でも最近の自民党は、無投票で安倍が再選したり、安倍の3選が認められるなど、だいぶ劣化してきてますね。

あと気付いたのは、『日本共産党は女性議員の比率が高いのに、国政では幹部に(次の委員長候補に)女性がいないこと』ですね。

女性をもっと登用・抜擢しないといけない。

そもそも共産主義は、女性の機会や待遇を男性と同じにするのがウリである。
それをきちんと実践しないといけない。

私の見るところ、残念ながら今の国政の幹部たちには、委員長になれる器の人物がいない。

だから、もし今度の衆院選で議席を減らしたら、志位を含めて幹部クラスが総退陣し、若手にポストを譲ろう。

前述したように、日本共産党の強みは、地方で地道に活動している人達に実力があることである。
それを私は肌で感じている。

その人達を党中央が吸い上げ、重要ポストを任せていけば、新鮮さが出てきて国民ももっと期待するようになる。

日本共産党よ、日本を改革する前に、党の改革をせよ。


日記 2017年10~12月 目次に戻る