多国籍企業の脱税の手口
移転価格操作②

(タックスヘイブンの闇から抜粋)

多国籍企業は、さまざまな国に子会社を置いて活動しており、「利益のどの部分に、どの国が課税するか」がとても複雑である。

20世紀に入って多国籍企業が増えてくると、この問題が論じらした。

イギリスは、「その企業の最も重要な決定が成される国で、課税されるべきだ」と主張した。

なぜなら、多くの企業が取締役会をロンドンに置いていたからである。

ドイツは、「経営の所在地を重視すべきだ」と主張し、採用した。

アメリカは、「市民権の有無を基準にすべきだ」と主張し、採用した。

各国は、違うルールを採ったのだ。

企業の子会社がある国は、「子会社の利益に課税したい」と思う。

しかし本社のある国では、「子会社の利益もこっちで課税したい」と思う。

この『二重課税の問題』は、当初は大した問題ではなかった。

法人税をとる国は少数だったし、税率も低かったからである。

だが第一次大戦が始まると、戦費をまかなうために税率が上がり始めた。

二重課税は大問題となり、1920年に『国際商業会議所』が設立され、この問題が中心的な議題となった。

第二次大戦後は、本社のある国(先進国)に多くの課税権を与える「OECDモデル」が優勢となった。

多国籍企業は税金をなるべく払わないように、移転価格操作の方法を使って、利益は低税率の国に集め、コストは高税率の国に集めるようになった。

多国籍企業は、二重課税を避けることから、脱税システムを作り上げたのだ。

こうして資本をたっぷり蓄積できるようになり、速いペースで拡大するようになった。

国連は1980年に、租税条約の草案を作成して、子会社のある国(途上国)に有利な方向にバランスを戻そうとした。

だが、OECDが介入してそれを潰した。

今日では、OECDモデルが支配的で、途上国に支払われるはずの税金が、先進国で支払われている。

(2014.3.10.)


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