アメリカにおけるプロパガンダの実例C
イラク戦争についてB

(すばらしきアメリカ帝国 から抜粋)

チョムスキー

    イラク戦争では、息子ブッシュ大統領は「これでテロは減少する」と主張しました。

    しかしその後に、国務省は「テロは減少していない」と報告しています。

    実際には、テロはイラク戦争後に増加しています。

    これは予見できた事で、多くの人が「イラクに侵略すれば、テロが増える」と予測していました。

    ブッシュ政権が目指したのは、テロを減らす事ではなく、産油国に軍事基地を持って石油を
    コントロールする事です。

    イラクに大量破壊兵器が無いこと、イラクが9.11事件と無関係なこと、が明白になると、
    ブッシュ政権は新しい思いつきが必要になりました。

    そこで彼らは、『中東へ民主主義をもたらす』とのヴィジョンをひねり出したのです。

    これを見て、ワシントン・ポストの主要コメンテーターであるデイヴィッド・イグナティウスは、
    すっかり畏敬の念に打たれてしまいました。

    彼はイラク戦争を、「現代における最も理想主義的な戦争であり、民主的な未来を創出する
    ために行われた」と評しました。

    こういう美化(行為を正当化するために装飾して語ること)は、どの戦争でも行われて
    きました。

質問者  イラク人捕虜への虐待が問題になっています。

チョムスキー

    どの征服事業でも、「無力な被害者に対して暴力が振るわれる」という普遍的な構図があります。

質問者  イラクのファルージャで病院を占拠したアメリカ兵も、問題になっています。

チョムスキー

    アメリカ軍のファルージャ制圧では、初期に一般病院を占拠しました。

    「誇張された市民の死傷者数を発表しており、プロパガンダの拠点になっている」という理由
    からです。

    患者たちはベッドから追い出されて、医者も患者も手錠をかけられて床に伏せるように
    強要されました。

    これは、重大なジュネーブ条約への違反です。

    アメリカの国内法(戦争犯罪法)でも、指導者が死刑に処される行為です。

    1999年にチェチェン共和国の町をロシア軍が襲撃した時は、アメリカのメディアは重大な
    戦争犯罪として扱いました。

    ところがアメリカがイラクの町を襲撃する場合は、解放とされるのです。

    ジャーナリストは、アメリカ海兵隊の苦難ばかりを報じています。

    イギリスのランセット誌は、「イラク戦争における民間人の死者は、10万人だろう」と
    推定しました。

    これは、死者の多いファルージャからはサンプルを取っていません。

    この報告書は、アメリカではほとんど無視されました。

質問者  ファルージャから逃げようとした市民や、医療物資を届けようとしたイラクの赤十字社は、
     アメリカ軍に阻止されました。

チョムスキー

    ファルージャから逃げ出せた中には、兵役適齢期の男性はいませんでした。

    彼らは追い返されました。

    これは、1995年にボスニアのスレブレニツァで起きた事と同じです。

    ファルージャからは、女性や子供が出ていくのは許されましたが、男性は止められました。

    彼らは死んでいく運命にあったのです。

    注目すべきことに、米メディアが取り上げている戦争犯罪は、戦闘中に自制心を失い負傷した
    イラク人を殺した海兵隊員のケースだけです。

(2014.7.9.)


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