(『惑星地質学』東京大学出版会から抜粋)
火星探査では、地表が高解像度で撮影され、探査車が地表を走り回るようになっている。
これにより、火星の情報は爆発的な勢いで増大している。
火星は、半径が地球の半分ほどで、表面積は地球の28%しかない。
ところが、地球よりもはるかに大規模な火山や谷がある。
最大の火山であるオリンポス山は、高さは26km、幅は600kmにも及ぶ。
最大の谷であるバレス・マリネリスは、東西4000km、深さ5~10kmという、太陽系で最大最深の峡谷である。
火星は大雑把に分けると、北半球は「低地」、南半球は「高地」となる。
そして北の低地はクレーターが少ない(すなわち若い地表)のに対し、南の高地はクレーターが多い(年代が古い)。
地殻の厚さは5~100kmと推定されているが、南半球が厚くて北半球が薄いため、火星の重心は3kmほど南側にずれている。
火星にも地球のように帯状の磁気異常の見つかった場所があり、プレートテクトニクスがかつて存在したと考える者もいる。
地形で重要なのは、いくつかの地形が緯度に応じて存在する点である。
高緯度にいくほど、地表の風化が激しい。
また、地表の多くは細かい微粒子に覆われているが、低緯度帯には岩石が露出している場所もある。
こうした緯度に依存した地形がある理由は、海がないため気温の均質化や堆積物の集約がないからと考えられている。
火星でも中心核があると思われ、核は1300~1500kmの大きさと考えられている。
火星には磁場がないため、核は固体であると考えられる。
火星では、水の流れで形成された地形が数多く見つかっている。
しかし平均気温は低く、大気中の水量(水蒸気)はとても少ないため、かつては「水以外の要因で形成された地形だ」と考える学者が多かった。
例えば、二酸化炭素や溶岩流である。
近年になって豊富な水の氷が見つかり、蒸発石の存在も確かめられたことで、「浸食の主因は液体の水である」と信じられるようになった。
火星は、かつては地球のように豊富な水が存在したのである。
大量の水があれば、当然ながら低地や窪地に水は溜まったと考えられる。
実際にクレーターなどの窪地では、堆積物で平らに埋められた地形が数多く存在する。
海岸線のような地形も見つかっている。
北部の平原に広大な海があったという説も出ている。
探査車は、メリディアニ平原で非常に細かい層状構造をもつ蒸発石を見つけ、赤鉄鉱(ヘマタイト)も見つけている。
現在では、「大量の水は宇宙空間に逃げたのではなく、地下に氷として蓄えられている」との見方が優勢だ。
ガンマ線スペクトロメーターによる地下の水素原子の存在度からも、確からしい。
火星の気温は低いため、水はかなりの深さまで凍結する。
研究によれば、地下の数km~数十kmまで完全に凍りついても不思議ではないとされる。
火星の重力は地球の3分の1ほどで、大気の95%は二酸化炭素である。
大気圧は地球の100分の1以下で、強い風が吹いている。
地表の平均気温はー53℃で、極域の夜はー128℃になり、赤道の夏は27℃まで上がる。
火星には、水と二酸化炭素の氷から成る「極冠」がある。
夏期には(気温の上昇で)北極の二酸化炭素は完全に蒸発して、水の氷の極冠となる。
二酸化炭素の氷は短い時間スケールで昇華と固化をくり返すので、極冠の大きさは変化するし、特徴的な地形が作られる。
南極は二酸化炭素の氷で覆われているが、その下には水の氷があるらしい。
極域には3kmに達する細かい層状の堆積物があり、その堆積物の表面(最上部)の年代は、火星全土で最も若いものの1つである。
これは近年の気候変動を示唆している。
火星は地球よりも太陽から遠く、サイズも小さいため、比較的早期に完全に冷えきったと考えられてきた。
しかし近年の高解像度の画像により、新しい溶岩流などが見つかって、「いくつかの火山は今でも活動している」との説が有力になってきた。
多くの火山は、おそらく流動性の高い玄武岩質の溶岩流でつくられている。
地球の盾状火山と形状は似ているが、規模が大きい。
地下のマグマ溜まりの大きさは、地球の火山の数百倍と推定される。
赤道付近にある巨大な渓谷群のバレス・マリネリスは、東西4000kmにも達しているが、断層運動が主因と考えられる。
なぜこの場所にだけ断層が集中したかは分かっていない。
火星では、風が強い。
全球的なダストストームは有名である。
風で作られた地形(砂丘など)は、たくさん見つかっている。
地球と違い、火星には石英の砂の元になるカコウ岩が非常に少ない。
すると砂の供給源は堆積物であろうと考えられるが、現在の火星には水で運ばれた土砂がたまるプロセスはない。
となると、火星のダスト(細かい砂)は古い年代の岩石のかけらなのかもしれない。
○ 火星探査の歴史
1960年代から火星探査を米ソは始めたが、最初は失敗続きだった。
ソ連が5機、アメリカが1機の探査機で失敗した後に、アメリカのマリナー4号がフライバイして20枚あまりの画像を送信してきた。
1971年5月に打ち上げられたマリナー9号は、1年近くかけて7000枚以上の地表の画像を取得し、大きな火山や大洪水の跡とみられる地形が明らかになった。
71年のソ連のマルス3号は、火星への着陸を行ったが、着陸20秒後に交信が途絶えてしまった。
アメリカのバイキング1号と2号は、76年に火星に到着し、地表の画像を送ってきた。
バイキングの主目的は生命探査で、バクテリアの活性を調べる実験をしたが、よい成果は上がらなかった。
しかし、着陸に選ばれた地点は溶岩が主成分の台地で、水や生命の痕跡が発見される可能性は低い場所だった。
その後は、火星探査は米ソともに失敗続きだった。
久しぶりに成功したのが、1999年に着陸に成功したマーズ・パスファインダーである。
アレス谷に着陸して、小さなローバー(小型探査車)を使って周囲の岩石や土壌を調べた。
同じ時期に投入されたマーズ・グローバルサーベイヤーは、リモートセンシング衛星で、レーザー高度計や高分解能カメラや赤外線で調査を行った。
特にカメラは最高2mを切る解像度で、新たな地形を次々と見つけた。
2006年まで観測を続けて、データの入手に大きく貢献した。
日本も火星の大気を調べる目的で、「のぞみ」という探査機を打ち上げた。
ところが上手くいかず、電気系統のトラブルで火星周回の軌道に入れなかった。
2001年に打ち上げられたマーズ・オデッセイは、火星に氷が存在することを見つけた。
中性子分光計を使って、地中に氷があると分かった。
2003年には、マーズ・エキスプレス、スピリット、オポチュニティの3機が打ち上げられた。
マーズ・エキスプレスは、地表を高分解能でステレオ撮影した。
さらに大気中にメタンが存在することを確認した。
スピリットとオポチュニティは、2004年1月にグーセフ・クレーターとメリディアニ平原にそれぞれ着陸した。
オポチュニティは、岩石を調べてジャロサイトという水を含む硫酸塩鉱物を見つけた。
これは、地球では湖が干上がった証拠である蒸発石に含まれる。
さらに、岩石表面には堆積岩であることを示す、波状の構造も見つかった。
この調査により、過去の火星に水が存在したことが証明された。
一方スピリットは、グーセフ・クレーターで火山活動の跡を確認している。
2006年に火星の周回軌道に入ったマーズ・リコネサンスオービターは、30cmの高分解の画像を撮っている。
○ 火星の隕石
火星から地球に来た隕石は、かつては3つのグループ(シャーゴッタイト、ナクライト、シャシナイト)の頭文字を取って。「SNC隕石」と呼ばれていた。
SNC隕石は多くの共通点を持ち、同じ星から来たと考えられていた。
そして火星探査が進む中で、「火星から来た」と分かった。
これまで見つかっている火星隕石は、1つを除いて13~1.8億年前にできた火成岩である。
ほとんどはマグマが冷えてできたものだ。
ただ1つだけ、もっと古い隕石がある。
南極で見つかったALH84001という45億年前の石だ。
この隕石が有名になったのは、「生命の痕跡がある」と1996年に発表されたからだ。
顕微鏡で観察したところ、走磁性バクテリアが作り出すのと似た形の磁鉄鉱があり、バクテリアらしき物体もいた。
この発表に対しては、今も論争が続いている。
○ 火星の衛星(フォボスとダイモス)
火星には、フォボスとダイモスという2つの衛星がある。
2つ共に小さく、形状や反射スペクトルから「小惑星が火星の重力圏に捕らえられた」と考えられている。
フォボスの軌道は非常に火星に近くて、火星からの潮汐力で100年に1.8mずつ火星に近づいている。
このままだと30~80万年の間に、火星に衝突するか潮汐力で粉々に砕かれてしまう。
フォボスの地形で目立つのは、大小のクレーターと、細く長くのびる多数の溝である。
最大のクレーターは直径9.6kmのスティックニーで、フォボスの平均半径の9割にも及ぶ大きさだ。
溝も大規模なものは、長さ15km、幅1km、深さ100mに達する。
地表はレゴリス(細かい砂)で覆われており、その厚さは100m以上と推定されている。
ダイモスは、3軸径は15×12×10.4km。
フォボスに比べると表面は起伏に乏しく、クレーターの形状も崩れている。
多くのクレーターがレゴリスに埋もれている。
(2016年10月24日に作成)