脱原発のエネルギーを結集しよう
(2013.1.8.)

昨年12月の衆院選では、脱原発を望む国民がほとんどなのにも関わらず、残念ながら脱原発に積極的ではない自民党が勝ちました。

脱原発は、私が現在、最も重視している事の一つです。
だから、衆院選の結果は大変に悔しかったです。

衆院選の後に、自民党の議員が「脱原発を掲げた政党が負けたのだから、国民は脱原発をあまり望んでいない。再稼動してもいいはずだ」と発言しました。

一理があるだけに、私は大変に悔しかったです。

私は、「なぜ脱原発の勢力が票を取れなかったのか」を考えた結果、『脱原発のエネルギーを結集できなかったからだ』と気付きました。

そこで今回は、『脱原発のエネルギーを結集する』ための提案を行います。

まず、「私がなぜ、国政において脱原発を最も重視するか」を説明します。

そうすれば、原発を無くすことがどれほど大切な事かを、説明できるからです。

福島での原発事故後に、私は原発や放射能について勉強をしました。
多くの人が、同じ事をされていると思います。

勉強すればするほど、原発は現在の人間には制御不能で、リスクがあると言うよりも自殺行為に等しいと、分かるようになりました。

あまり話題になっていませんが、小規模の事故はしょっちゅう起こっているし、東日本大震災の時には、福島以外の原発でも危機的な状況になっていたのです。

私が思うに、日本のような地震大国で原発を推進するのは、ロシアンルーレットをし続けるようなものです。
いつ日本が全滅してもおかしくなく、命を賭けて電気を得る道をあえて選ぶ、「ギャンブラー」の生き方をするようなものです。

堅実で穏やかな人生を求める日本人には、原発は最初から合わないものなんですよ。

(原発は本質的に考えれば、日本人だけではなく、地球そのものに合わない技術だと思います)

放射能の被害で恐ろしいところは、「何万年にも渡って生命に悪影響を与え続けること」が、まず挙げられます。

福島の原発事故では、事故後に大量の(何京ベクレルもの)放射能が放出されました。
この中には、超長期に渡って放射能を出し続ける「プルトニウム」なども混ざっています。

実際に、福島の海洋生物からは高濃度の放射能物質が検出され続けていますし、
福島県内では、複数の箇所でプルトニウムが検出されています。

これらの高濃度の放射能物質による被害は、最低でも数百年は続くでしょう。
仮に数値が下がったとしても、それは汚染物質が拡散したからであり、プルトニウムなどが無くなったからではありません。

次に挙げられる放射能の恐ろしさは、「次世代を担う子供たちに、深刻な健康被害を与えること」があります。

チェルノブイリ事故後に、ウクライナやべラルーシの子供たちの健康被害が増えて、それは今でも続いています。

大人達の都合で、何の責任もない子供達が苦しみ、さらにはこれから生まれてくる子供達にも深刻な影響が出るなんて、とんでもない事です。

上記した点を考えただけでも、『脱原発をする事が、日本人の幸福にとって極めて大きい』と理解できます。

他にも、「原発は総合的に見ると、安上がりではない」とか「放射性廃棄物の処理場が決まっていない」とかの問題もあります。

これらの事を考えると、『原発を無くす事が、日本人の平和・幸福にとって最重要である。逆に言うと原発がある限り、日本に真の平和・幸福は訪れない』という結論に辿り着きます。

実際に、原発に肯定的な自民党でさえ、原発が不幸を招いている事は認めており、「原発は無くした方がいいが、今は無理(のような気がする)」という立場です。

安倍首相は、「国民の平和と安全を守ることが政府の役目だ。だから軍事力の強化を行う」と言っています。

前首相の野田さんは、「将来世代のポケットに手をつっこんで、未来の人に負担を強いてはいけない」と言って、消費増税を実行しようとしました。

「国民の平和と安全を守ることが政府の役目だ」という考えも、「将来世代のポケットに手をつっこんで、未来の人に負担を強いてはいけない」という考えも、どちらも真っ当なものです。

私は、かれらの政策(軍事力の強化や消費増税)に賛成できません。
でも、彼らの理念(上記の考え)が間違っているとは思えないのです。

私は、彼らが国民に支持されない政策をしてしまうのは、『理念を実行する方法論(理念を実現させるために、具体的に政治が何をするかの選択)』が、間違っているからだと思います。

私からすると、「何でその選択をするかなー」です。
風邪を引いているのに、激しい運動をしたり雨の中に飛び出す人を、見るような感覚です。

現在の日本で最も国民の生活を脅かしているのは、原発と放射能だと思います。

国民の平和と生活を守ろうとするならば、向き合う相手は原発でしょう。

最近、日本は近隣諸国と揉めています。

でも、揉めている中国や韓国は話し合える相手であり、北朝鮮でさえ何とか話し合える余地があります。
同じ人間なのだし、きちんと関係を構築すれば、充分に仲間になれる存在です。

それと異なり、放射能は話し合える存在ではなく、何十年〜何万年も被害が出てしまいます。

どちらが本質的に危険かは、考えればすぐに分かるでしょう?

さらに言えば、未来の人に一番の負担を強いているのは、原発じゃありませんか?

放射能による長期的な健康被害、決定していない放射性廃棄物の処理問題、これは将来世代にツケを回す事そのものではありませんか。

こうやってじっくりと考えてみれば、『脱原発は、国民にとって最重要事項であり、国民が一致団結して取り組むべき事柄』だと理解できます。

さあここからは、具体的にどうすればいいかを考えていきます。

まず私が言いたいのは、「放射能による被害は、超長期に渡るし、県境も国境もないのだから、住む地域や国を超えて協力し合っていこう」という事です。

現在は、各地の脱原発の動きが盛り上がっていても、それぞれが強く結びついていません。

その結びつきの弱さが、先の衆院選での自民党の大勝(脱原発陣営の敗北)に繋がってしまったと思うのです。

私は、もっと各団体や個人が結びつきを強めれば、相乗効果が働き、力がはるかに強まるのではないかと考えます。
その手段には、やはりインターネットが有効だと思います。

私が原発事故から今までを見ていて感じるのは、「日本は民主主義が充分に機能しており、国民がはっきりと意志表示をすれば、それが政治に反映される」という事です。

ですから、脱原発のエネルギーを結集すれば、必ず日本は変わります。

こういう日本の有様を、「悪しきポピュリズムだ」などど批判する人が若干いるのですが、私はすばらしい状態だと思っています。

世界には、国民の意志が反映されない国もたくさんあるし、それと比較すれば「日本における、国民の声に政治がすぐに反応する現状は、すばらしい事なのだ」と分かります。

次に言いたいのは、「脱原発などの重要なテーマを、日常のタブーにしない事」です。

私は以前に、きくちゆみさんと広瀬隆さんの原発事故についての講演を聴きに行きました。

その時に、福島から参加された若い女性が、
「私の周りでは、放射能について話すのがタブーになっている。皆が話したがらない」
 と言っていたのが、大きな印象として残っています。

このような、「重要な問題については、話題にする事を避けて通る」という『日本人の事なかれ主義的な態度』は、もう卒業する時期だと思います。

あらゆる場所で、ガンガンと原発やクリーンエネルギーについての情報交換をしていくと、日本は素早く変わると思います。

極端な話、朝の挨拶で「今日はいい天気だね」と言う代わりに、「今日はいい天気だから、太陽光発電が上手くいくね」と挨拶するレベルを、目指しましょう!

私は、スポーツ選手などがタトゥーをするのは好きではないのですが、「脱原発」とか
「再生可能エネルギー命」などと彫りこんだら、拍手しますよ。

「脱原発をしたいけど、えらい人達が無理だと言っているから、無理っぽい」みたいな、何の役にも立たない信念を捨てて、ポジティブに新しい世界を目指しましょうよ!

はっきりと言いますが、勤勉な日本人が本気を出したら、脱原発の実現など簡単にできると思います。
『新時代エネルギー』のページにまとめていますが、すでに実現するための技術は、たくさん用意されています。

実は、「豊富なメニューの中から、どの技術を採用して脱原発を実現するか」という段階なんですよ。


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