イスラム教の皆さん、聖戦と女性差別の教義は捨てましょう
(2013.1.26.)

このところ、中東の現状について勉強を続けているのですが、つくづく感じるのは
『イスラム教の聖戦と女性差別の教義が、中東の紛争の根本原因になっている』という事です。

でも、中東に住んでいる方々は、その事実に気付いていないようです。

私は日本という離れた場所にいるため、冷静に状況を見つめる事ができているという自信があります。
残念な事ですが、今のイスラム教は信者を幸福にせず、むしろ不幸にしています。

イスラム教が、だめな教えだと言うのではありません。
イスラム教には、コミュニティを大事にする、すばらしい力があります。

ただし、もう今の時代には受け入れる事の出来ない部分が、出てきているのです。

私はつい先ほど、「シリアの内戦についてのドキュメンタリー番組」を見ました。

これは、反政府側から報道した番組でしたが、私は「反政府側がすべて正しい」などという単純な感想は持ちませんでした。

私が感じたのは、「政府側にしろ反政府側にしろ、武力で解決しようとしている所が問題だし、何よりも『これは神が求める聖戦だ』と考えているのが危険だ」という事です。

残念なことに、武力闘争に勝つことが、「自由と平和と得るための手段」ではなく、
「正義」になってしまっています。

これでは、どちらが勝つにせよ、負けた側を見下して弾圧する事になってしまいます。

本当にシリア国民が行うべきことは、全国民の団結なのです。

それを目指さない限り、いつまで経っても国内の争いは終わりません。

今シリアにいる人々は、自分の仲間が殺されると「おお、神様」と言い、相手側の人を殺す際にも「おお、神様」と言います。

あなた方は「神は自分と共にあり、相手側は神の敵である」と思っているのでしょうが、
100%間違いなく相手側も行動をするたびに「おお、神様」と言っているのです。

つまり、『お互いに、神の名の下に殺している』のです。

これは一体どういう事なのでしょうか。

あなた方は、同じ神を信仰している者同士で(兄弟同士で)、殺し合っているのです。

このような訳の分からない状況に陥っているのは、『聖戦』という「戦争を肯定・賛美し、相手を殺すことを褒め称える教義」があるからです。

この状況を冷静に見れば、イスラム教の教えの一部が、イスラム教徒に力を与えているのではなく、力を奪っていると分かります。

あなた方は、「アラーの教えは絶対だ。間違いはない。」と言うのかもしれません。
しかし、最高で唯一の神が、自分の信者に殺し合うことをさせるのでしょうか?

元々イスラム教は(あらゆる偉大な教えが皆そうですが)、人々が平和に幸福に暮らせるためにあるものです。

この原点をよく考えれば、「聖戦」という人を殺す事をおおっぴらに認める教義は、
捨てた方がいいのだと理解できます。

「聖戦」という名の殺人行為を捨てることこそ、真のイスラム世界の革命です。
この革命を起こせば、真の平和が訪れます。

決して、イスラムの古くからある教えを変えずに守っていく事が、イスラム革命なのではありません。
それは、単なる停滞・抑圧です。

私が思うに、イスラム教の方々は、真の民主主義がまだ分かっていません。
だから、独裁政権を倒してもなかなか民主的な政権を創れないのです。

真の民主主義とは、「自分が望む理想世界を創るもの」ではなく、「異なる価値観や信仰を持った人達を受け入れて、共生していくもの」です。

これが理解できれば、「どの勢力が正しい」とか「どの教義が正しい」とかいうレベルで
揉める事はなくなります。

この民主主義の核心が分かれば、女性への差別の撤廃はごく自然に行われるでしょう。

一部の王族が権力を握るのも、ごく自然に解消されるでしょう。

今のイスラム世界に求められている革命は、表向きは「民主化」ですが、実際は『イスラム教の教義の修正』です。

なぜなら、「聖戦」と「女性差別」の教義がある限り、民主化は骨抜きにされるからです。

おそらく心ある人は、この事実に気付いているでしょう。
後はこの事実を認めて、教義の修正に向けて活動を開始していって下さい。

とりあえず半信半疑でも、この提案を試してみて下さい。
そうすれば、世の中が平和になっていくのを実感できますよ。


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