イギリスMI5とオサマは、
共同でカダフィ大佐を暗殺しようとした

(『ぬりつぶされた真実』幻冬舎から抜粋)

リビアでは1969年9月1日に、民主主義を唱える若い将校グループが無血クーデターを起こし、イドリス・アッ・サヌーシー国王から権力を奪取した。

将校グループを率いていたのは、アンマル・アル・カダフィ大佐で、28歳だった。

このクーデターの時、国王はトルコの温泉場でくつろいでいたという。

この事態に、イギリス政府は激怒した。

イギリスはリビアに多大な利権を持っていて、サヌーシー国王を支援していたからである。

カダフィがリビアのトップになると、リビアは共和制に移行し、革命評議会の議長にカダフィは就任した。

カダフィは、富の再配分と、イタリア人の地主を追放して土地の解放をした。

そして、石油産業の国有化に踏み切った。

それまでリビアの油田のほとんどを所有していたのは、ブリティッシュ・ペトロリアム(イギリスの大手石油会社)であった。

イギリス財務省は対抗措置として、ロンドンにあるリビア国家の資産(3200万ポンド)を差し押さえた。

イギリスは、利権を回復するために、何度か軍事行動を仕掛けた。

だが、すべて失敗に終わった。

時間が経つにつれてイギリスは、「カダフィは穏健すぎる」と考えるリビアのイスラム過激派と親しくなっていった。

「ジャマーア・アル・イスラーミーヤ・アル・ムカーティラ」というイスラム過激派は、イギリスが親しくしていた組織の1つである。

この組織を、オサマ・ビンラディンは支援していた。

組織のメンバーは、飛びぬけて富裕なオサマに忠誠を尽くしていた。

この組織は、サウジアラビアのマネーとアメリカの武器に支援されてアフガニスタンで戦ったイスラム戦士のOBから、リビア人の2500人を集めた。

そして、カダフィ政権を倒そうとした。

リビアは、イスラム勢力が強いアルジェリアとエジプトに挟まれており、アルカイダの要所にするには適していた。

そのためオサマは、リビア東部のジャバラ・ラルドに住んでいた。

イギリスの諜報機関「MI5」の北アフリカ支部にいたデビッド・シェイラーは、こう暴露している。

「MI5は、1996年11月に、カダフィを暗殺する作戦を
 行った。

 アル・ムカーティラの兵達と共に作戦を行ったが、
 失敗に終わった。」

なんとMI5は、オサマの仲間たちと協力し活動していた!

アル・ムカーティラのメンバーは、ロンドンからも支援を受けていた。

こうした状況だったからこそ、リビアはオサマを国際指名手配するように要請したのだ。

リビア諜報機関の責任者であるムサ・クサは、1998年9月末にロンドンに赴き、MI6の責任者たちにオサマの情報を伝えた。

MI6は代償として、ロンドンに潜んでいるアル・ムカーティラのメンバー12人の名簿を渡した。

その名簿のメンバーこそ、リビアが捕まえようとしている者たちだった。

(2014年7月31日に作成)


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