(『世界歴史大系 アメリカ史2』から抜粋)
1960年代になると、ビート族への共鳴者が急増した。
彼らは親の統制を嫌って「ドロップアウト」し、コミューン生活を開始した。
マスコミは、彼らを「ヒッピー」と呼んだ。
ベトナム戦争が拡大すると、若者の間では「30歳以上は信用するな」というキャッチフレーズが語られた。
彼らは、戦争や差別は大人がもたらしたものとして拒否し、独自の文化を創造しようした。
マリファナやLSDの利用者が急増し、ビートルズなどのミュージシャンが流行して、ロックやフォークの音楽が流行した。
大学の進学率は1963年には50%を超えて、マンモス大学が急増した。
そして、マンモス大学での学生の疎外状況が問題になり始めた。
(2014.4.4.作成)