ジョンソン大統領の特徴

(『大統領の英語』松尾弌之著から抜粋)

リンドン・ジョンソンは、テキサス州の出身だ。

同州は、合衆国で最大の面積を持ち、そこに暮らす男女は大体において背が高く体格がよい。

その大男や大女たちは食べるものも大きく、「テキサス・サイズ」と言えば大きなものを指す。

テキサス人は言う事もする事もデカいという定評があり、それと重ねられて「ジョンソンの巨大癖」といわれる事になったと思われる。

確かにジョンソンの政策は、大胆なものが多かった。

代表的なのが、「The Great Society(偉大な社会)」の構想である。

ジョンソンが大統領になった時、アメリカ家庭の5分の1(930万世帯)が貧困ライン以下の生活(年収3000ドル以下)をしていた。

彼は貧困問題に取り組み、「この問題が解決した時、アメリカはさらに偉大な社会になる」と訴えた。

彼は、黒人や先住民たちといった社会的弱者を忘れなかった。

国内政策には目をみはるものが多く、しかも反対勢力の激しい抵抗を押し切って進めていった。

スラムの改善計画、老人のための年金制度の充実、老人医療の保険制度、教育改革、恵まれない青少年のための職業訓練制度。

こうした弱者への思いやりは、彼自身が貧困の中で育ったためであった。

彼は小さな教員養成大学を卒業したが、アルバイトで学費を稼ぎながらだった。

大卒後は中学校の先生となったが、担当したのはメキシコ系の生徒で、英語を話せる者も少なく、朝食抜きで来る者が多かったという。

30代の初めに貧困者の世話をする州政府の委員になったが、州内の黒人たちは「今度の委員は黒人のことを考えている」と噂したという。

フランクリン・ローズヴェルト大統領がニューディール政策を始めると、弱者救済の精神にあこがれて中央政界に進出した。

ケネディ大統領は、ややクールな言葉を用いた演説だった。

それに対しジョンソン大統領の演説は、思いやりに満ちた言葉が並んでいる。

(2016.2.24.作成)


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