バブルが弾けて、大恐慌となる(1929年10月~)

(『世界歴史大系 アメリカ史2』から抜粋)

アメリカでの株価の暴騰は、1927年の半ばから急激に進んだ。

株価は短期間で、2.5倍になった。

そして、1929年の10月に下落に転じた。

10月の下落率は、37.5%だった。

株価の大下落により、大恐慌が起きて、信用の急速な収縮が起きた。
最大の特徴は、デフレだった。

自動車の生産は、29年夏を100とすると、32年には14.5にまで落ちた。

30年12月には銀行の恐慌が起きて、当時は最大の商業銀行だったNY合衆国銀行が倒産した。

金融不安は、31年半ばにはヨーロッパへと広がり、アメリカにはね返ってきた。

(現在よりも、広がりに時間がかかっていますね)

31年9月には、イギリスの金本位制の放棄にまで、つながってしまった。

31年秋には、アメリカで第2次の銀行恐慌が発生し、銀行の倒産は2300件にもなった。

1933年の春から、ニューディール政策(これは別ページに書いてます)が始まった。

底を脱し始めるのは、34年になってからである。

景気は34年~37年には上昇したが、37年9月から再び不況となり、
29年の水準に戻ったのは40年末になってからだった。

恐慌が最も深刻だった32年には、アメリカのGDPは29年に比べて半分になり、物価は20%も下落した。

農業は、生産は落ちなかったが、価格が下落したために最大のダメージを受けて、収入は4割に減り、失業者は1300万人と4人に1人となった。

輸出入は、3分の1に減少した。

世界的な大恐慌の影響で、世界の貿易はブロック化へと進んた。
貿易額は、大幅に収縮した。

1932年には、ドイツは第一次大戦の賠償支払いを放棄して、このままうやむやになった。

(2013.6.18.)


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