第2次のニューディール政策

(『世界歴史大系 アメリカ史2』から抜粋)

1935年になると、ローズヴェルト政権は『第2の百日議会』と呼ばれる長期の議会を開き、法案を多く成立させていった。

それをまとめると、以下になる。

① 全国の労働関係法(ワグナー法)

これは労働者の権利を拡大させるものだったため、産業界はこぞって反対した。

フランクリン・ローズヴェルト大統領は、支持基盤を社会の下層まで拡大しようとしており、従来は無視されていた労働者や老人を取りこむ事で、求心力の回復をもくろんだ。

この法律では、雇用者による組合活動への差別・解雇を禁じ、会社が支配する組合を作るのを禁じた。

さらに、会社が組合との交渉を拒否することを禁じた。

そして、訴状を扱う「NRLB」を設置した。

これにより、労働運動は活発化した。
1937年初めには、歴史的な勝利と言われている、鉄鋼と自動車産業での勝利も生まれた。

組合員の数は、1933年には280万人だったが、41年には1020万人になった。

② 社会保障法

これは、年金制度と失業保険制度を導入するものである。

アメリカに初めて福祉国家的な政策を導入することになり、画期となった。

(これまでは、アメリカには年金制度は無かった)

この法では、生活保護が必要な人々への財政援助も承認した。

③ 銀行法

FRBを、準備委員会に換えて設置し、監督権限を強化した。

④ 税制改革

所得税の上限を、75%にまで引き上げた。

○村本尚立のコメント

日本では、「アメリカは先進的な制度を持ち、民衆を強くするシステムがある」というイメージが戦後長くありました。

このイメージは、その多くはローズヴェルト政権の時に作られた法律によるものです。

この時期に導入されたシステムが、第二次大戦後には日本にも導入されていき、日本の民主化が進んだのです。

(2013.7.22.)


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