子供の頃の思い出⑤ 初恋の前の恋①
転校生のQさんの大胆さに驚く(後半)

Qさんに追いかけられて自宅を発見された翌日、私はいつものように登校しましたが、内心ではビクビクしていました。

というのも、Qさんはとても爽やかで開けっぴろげな人だったので、休日に私と会い、私の家まで行った事を、簡単に話してしまう気がしたからです。

Qさんの性格からして、「へへ~、生平君の家にいっちゃったー」とか、皆の前で臆面なく言うのではないかと想像していました。

ところが、とても意外だったのですが、Qさんは全く話題にしませんでした。
私は、「ほっ」と一安心しました。

今になると分かるのですが、女性というのは、こういう時にはぜんぜん他人には話さないものですね。

話すと相手が困るだろうと思うのか、2人だけの秘密にしたいと思うのかは知りませんが、不思議なほどバラしません。

私は、これ以外にも何度か学校でバラされたくないと思う事を、女性と共有した事がありますが、一度もバラされて困った事はありませんでした。

むしろ男子の方が、べらべらと話す傾向があると思います。

Qさんが大人しくしているので安心したのも、束の間でした。

私は本当に驚いたのですが、何と! 
Z君が「あいつとQは、仲良く話し込んでいた」と、スクープ報道をするように、クラス中にバラしてしまったのです。

Z君は、私とQさんが話し始めた途端に逃げたにも関わらず、すべてを見届けていたかのように自慢しながら、事実を誇張して話しました。

私とQさんは、2分くらいしか話していなかったのに、Z君は1時間くらいも話し込んでいたかのように説明しました。

話を聞いたクラスの皆は驚き、クラス中が騒然となりました。

まあ冷静に分析すれば、クラスの半分が興味しんしんで、残りの半分は興味なしといった感じでした。
でも、男女を問わずにクラスメイトの多くが話題にするなんて、他になかなか無かったです。

私は当然、「Z君の話は事実ではない」と主張したのですが、あまり効果はありませんでした。

Z君に裏切られた気持ちになり、悲しくなりました。

でも、Z君には悪気はなくて、ただ皆の注目を浴びたいだけなのが見て取れたので、許す事にしました。

私は幼少の頃から、誰かに恨みを持つとか、長く恨むというのが、とても苦手です。

この話を聞いた悪ガキ・グループは、すっかり盛り上がってしまいました。

グループの中でも特に元気のいいM君などは、「キースッ!、キースッ!」と、手拍子を入れながら連呼して、キスを要求する始末です。

(まいったな…、こんなに大事になるなんて…。これじゃあ、まともな学校生活が送れないよ)と、焦りました。

私は、本質的に静かな生活を好む人間なので、これは歓迎できない事態です。

この盛り上がりの中で、Qさんは困りながらも、どこか嬉しそうでした。

私も顔には出しませんでしたが、心の一部では喜んでいました。

「付き合っている」などと噂されるのは、普通の小学4年生にとっては皆無であり、私たちの学年でも聞いた事がありませんでした。

そういう噂をされるのは、なんだか大人になった様な気がしたのです。

とにかく、これを機にQさんと接するたびに、からかわれる状態になってしまいました。

彼女に近づくだけで、「ヒュー、ヒュー」などと囃されてしまうのです。

私は、(これでは生きた心地がしない。少しQさんとは距離をとり、ほとぼりが冷めるのを待った方が良いな)と思いました。

それで、Qさんに話しかけるのを止めました。

すると、徐々にクラスの空気は落ち着いていきました。

私が(よし、落ち着いてきたな)と思い始めた、『Z君の誇張話の事件』から1週間くらい経った、ある日の事です。

再び事件が起きました。

学校から帰宅して、自宅でのんびりとしていたところ、玄関が「ドン、ドン」と叩かれました。

(友達が来たのかな?)と思いつつ玄関を開けると、何と!! 
Qさんが、そこに立っていたのです!

私は心底からびっくりしてしまい、「なんだよ! どうしたんだよ!」と詰問する口調で話しかけてしまいました。

あの時の私は、目の玉が飛び出る感じというか、心臓が口から出そうというか、かつてないほど動揺しました。

自宅に同級生の女の子が来るなんて、それまで一度もありませんでした。
初めての体験だったために、完全に面食らったのです。

普通だと、相手が動揺しきっていたら、少しは怯むものですが、Qさんは凄い精神力の持ち主で、平然としているようでした。

私が激しく動揺しているのに、彼女はニコニコしながら、「一緒に遊ぼうよ」と言うのです。

その大胆不敵さと意外な提案に、再びぶったまげてしまいました。

私は、小学1年生の時までは、女子と遊ぶ事もたまにはしていました。
でも、2年生になってからは、ほぼ男子とだけ遊ぶようになりました。

周りの同級生たちも、男女で一緒に遊ぶ事は、一切していませんでした。

私は、「男女で一緒に遊ぶのは、小学校の低学年で終わりだ」と思っていたし、女子から遊ぼうと声を掛けられるなんて、想像すらしていませんでした。

(Qさんって、やっぱり変わっているなあ)と、改めて思いました。

それで、どう返事をしようかと、頭をフル回転させて、5秒くらい考えました。

真剣に考えてみたのですが、その日は暇だったし、断る理由が何一つないので、OKする事にしました。

私は、「ああ、いいよ」と言って、家を出ました。

前述した通り、私の家には何も遊ぶものが無かったので、家に入れるという発想は全くありませんでした。

私は自転車に乗り、彼女とツーリング状態で、当ても無くスタートしました。

それで、自転車を動かしつつ(何処に行こうかな)と考えたのですが、ここですっかり参ってしまいました。

私が友達と遊ぶ場合、主な選択肢は3つありました。

① サッカーなどをして、外で一緒に遊ぶ

② 駄菓子屋やスーパーマーケットに、買い物と暇つぶしを
  兼ねてくり出す

③ 友達の家に押しかける

このうち、①は女の子と遊ぶのには相応しくない気がしました。

②は、彼女を連れて駄菓子屋に行って悪ガキ・グループに見つかったら、収拾のつかない事態になるので、絶対に無理です。

③も、友達に彼女を連れてきた事を説明しきれないし、無理です。

今から考えると、彼女は運動神経が抜群だったし、外で一緒に遊べた(①を選択できた)と思うのですが、この時はそのようには考えられませんでした。

私は、彼女と何処に行ったらいいのか分からず、すっかり混乱しました。

必死で考えたのですが答えを見い出せず、10分くらいも当ても無く自転車を走らせました。

Qさんは、時々話しかけてきたのですが、私は考えるのに必死で、「ああ」とか「うん」と、気の無い返事をするばかりです。

実に申し訳ないことをしたと思います。

自分の考えに必死でよく憶えていないのですが、彼女は特に不満気でもなく、普通に一緒に付いてきたと思います。

10分以上もあれこれと考えを巡らせていたのですが、ふと、「もし、今クラスメイトと鉢合わせになったら、完全に2人は付き合っていると思われるし、弁解のしようがないな」と気付きました。

そして、そう考えた途端に、猛烈に不安になってきました。

もしここで見つかったら、2人はクラスで完全に孤立する事になります。
(まずい、それは避けなければならない)と思いました。

他の学校ではどうなのか知りませんが、私の小学校では女子と仲良くしすぎていると、「あいつは女みたいな奴だ、軟弱だ」と思われて、男友達に相手にされなくなるのです。

私はすでに、ぎりぎりの崖っぷちに居ました。
もしここで見つかれば、決定打となります。

(まずいぞ、このままでは)と考え始めると、どんどん不安になり、彼女と出発してから15分が過ぎた頃には、どうにも居たたまれなくなりました。

私は耐えきれなくなり、「もう帰る」と彼女に告げて、くるっと反転して家に戻ることにしました。

彼女が追いかけてくるかと思いましたが、追ってきませんでした。

今から振り返れば、私はQさんとクラスの男友達たちを天秤にかけて、男友達を取ったのでした。

当時の状況からすれば無理もない行動だったのですが、「悪い事をしたなあ」と家に戻ってから深く反省しました。

翌日に学校でQさんと会った時に、何か言ってくるかと思ったのですが、彼女は昨日の事に言及しませんでした。

その後、彼女がまた私の家に誘いに来るのではないかと、期待半分、ビビリ半分でいたのですが、ついに来ませんでした。

記憶があいまいですが、私の居ない時にQさんが来て、母から「女の子が家に来たわよ」と一度言われたような気もします。

Qさんが家に来たちょうどその頃から、彼女は女友達ができ始めました。

彼女の開放的で物怖じしない性格や態度が、「我儘なものではない。正直で素直なだけなのだ」と、きちんと認知され始めたのです。

Qさんは、もともとが明るくさっぱりした性格なので、一度きちんと理解されると、どんどんと女友達ができていきました。

私は、そんな彼女を見て、「やっとクラスに溶け込んできたな、良かった」と、とても安心しました。
彼女が女友達といる姿を見て、自分の事のように嬉しく思いました。

そうして2学期が終わり、3学期になって席替えになったら、Qさんとは離れた席になりました。

その後は、たまに話せば親しく話しましたが、以前のような親密さではなくなりました。

私はこの時に、初めて彼女を距離を置いて見ることになりました。

そして、彼女の素晴らしさに、ようやく気づきました。

今までは、彼女の強烈な個性に圧倒されていて、(なんて不思議な人なのだろう)と驚いてばかりでした。

それが、距離ができた事で、彼女を冷静に眺められるようになったのです。

そうして冷静に見たところ、彼女の明るさや華やかさに、徐々に惹かれ始めました。

(Qさんって、こんなにかわいい人だったのか)と感じ始め、3学期が終わる頃には「もし5年生になった時のクラス替えで、同じクラスになったら、本格的に好きになるかもしれない」と思うようになりました。

で、5年生への進級時のクラス替えでは、同じクラスになるかとドキドキしたのですが、別のクラスでした。

私は、(また仲良くなる機会はあるだろう)と思っていたのですが、家庭の事情で私は6年生になる時に転校する事になってしまい、それっきりです。

今から思えば、もっと優しくしたり、恥ずかしがらずに接すれば良かったと思います。

私の今世を通じて、彼女くらい積極的にアプローチしてきた女性はいなかった気がします。

それ故に完全に戸惑ってしまったのですが、「もっと素直に喜べば良かった」と、今は思います。

彼女の積極さは、爽やかなものであり、押し付けがましさは無かったですねー。

彼女の性格と運動神経からすると、中学や高校でスポーツ系の部に入っていれば、花形選手になっていると思います。

本当に、図抜けた身体能力をしていましたから。

(2013年9月14日に作成)


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