子供の頃の思い出④
虫と戯れる② 蝶だと思って○を育てる

私は、小学校に入る少し前に、両親だか祖父母だかに、『蝶の一生を描いた、写真入りの薄い本』と、『蟻の生態についての、写真入りの薄い本』の2冊をプレゼントされました。

小学校の低学年向けといった本で、私は暇な時に読むようになりました。

最初のうちは、「ふむふむ、こんな生物がおるのか」といった、一歩引いた目で眺めていました。

でも繰り返し読むうちに、だんだんと感情移入して、熱い視線で眺めるようになりました。

特に注目したのは、蝶の本でした。

何度も読んでいるうちに、「蝶はきれいだなあ。幼虫の頃もかわいい感じだし、さなぎになるのも不思議だなあ。家で育てて、じっくり観察してみたいなあ。」と思うようになりました。

この本には、蝶の一生が「卵→幼虫→さなぎ→成虫」と写真入りで解説されていたのですが、良いアングルと色調で撮ってあるので、とてもかわいく見えるのです。

卵は、大アップされて1粒が大きく写っているのですが、透明感があってツヤツヤしており、美しい佇まいです。
形がクリスタルの宝石みたいで(後のFFのクリスタルみたいでした)、かっこいいのです。

私は見ているうちに、「蝶は素晴らしく美しいなあ、これを近くで見たら感動的だろうなあ」と思うようになりました。

そして気がついたら、「蝶を飼うぞ! 卵か幼虫から育ててやる!」と決心していました。

この決心をした時は、私が小学生になって少し経った、5月頃です。

私の家の近くには、キャベツ畑があり、季節になるとモンシロチョウが10匹くらい、パタパタと飛んでいました。

蝶の乱舞はきれいな景色なので印象的であり、捕まえようと努力したこともありました。
でも、まだ虫取り網を持っておらず、手で捕まえようとしていたために、上手くいきませんでした。

捕まえようとした時に、キャベツの葉に幼虫が付いているのを発見していました。

そこで私は、さっそくキャベツ畑に向かいました。

そのキャベツ畑は、自宅から歩いて1分くらいの所にあり、整然とキャベツが等間隔で並んでいます。
全部で100個くらいのキャベツがあったでしょう。

小学校に通学するのに、その畑の中を突っ切ると近道になるので、私はその畑の中をよく通っていました。
冬になると霜がおりて、歩くとサクサクと音がしたものです。

私は、キャベツ畑の中をうろうろして、葉っぱをジロジロと見て回り、葉っぱを裏返してみたりしながら、幼虫もしくは卵を探しました。

子供ながらも、これが売り物であると承知していたので、いちおう優しく扱いました。

しかし、実に残念な事に、蝶たちは何匹も飛んでいましたが、幼虫も卵もいませんでした。

「くそっ、もう季節は過ぎてしまったか!」と、舌打ちしました。

季節を過ぎてしまうと、次に現れるのは1年後になってしまいます。

私が蝶の卵や幼虫を探しているのを知った両親は、「1年後に出てくるから、それから育てればいいじゃないか」と言いました。

しかし、私はこの時には強い決心を固めており、とても1年後まで待てる心境ではありません。

私は、(モンシロチョウ以外にも、蝶はたくさんいるはずだ。他の蝶の卵や幼虫はいないだろうか)と、辺りを調べてみる事にしました。

すると、家のすぐ向かいの生垣に、幼虫が沢山くっついているのを発見しました!

私は、「よっしゃあ! 居やがったな」とガッツポーズをしました。

とりあえず幼虫を見つけた事で安心したのですが、そいつをよく見ると、汚れた木の柱みたいなくすんだ茶色をしており、毒々しい赤色の斑点がいくつも付いています。

モンシロチョウの幼虫のきれいな緑色とは、ほど遠い色味で、「私は毒を持っています」と語りかけてくるような感じがしました。

私は、「何だか怪しい色をしていやがるなあ…」と、少々不安になりました。

大きさも、モンシロチョウの幼虫よりも細かったです。
1cmくらいの長さで、2mmほどの太さです。

どうも蝶の幼虫らしからぬ気配を漂わせていましたが、他に幼虫を見つけられなかったので、「きっと、こいつは蝶の幼虫だ。間違いない!」と信じる事にしました。

そして、葉っぱに付いているその幼虫を10匹ほど取り、20cm×20cmくらいの蓋のある紙の箱に入れました。

そして、その幼虫が付いていた低木の葉っぱを千切って、箱に投入しました。

私が幼虫を飼おうとしているのを見た両親は、箱の中の幼虫をチェックして、「これは、たぶん蝶の幼虫じゃないぞ。色がおかしい」と言い、飼うのを止めようとしました。

私は、(くっ、鋭い所を突いてくるなあ)と思ったのですが、何としても飼いたかったので「成虫になってみないと、判らないじゃないか。蝶かもしれないよ。」と説得にかかりました。

両親はとくに虫に詳しいわけでもなく、どれが蝶の幼虫だか見分ける能力はなかったので、反論できませんでした。

私に説得されたのか、こいつに何を言っても無駄だと思ったのか、知りませんが、とにかく飼える事になりました。

私は嬉しさで一杯になり、子供部屋に幼虫の入った箱を置いて、飽きることなく幼虫をじっくりと観察しました。

こうして、蝶の幼虫を育てる生活が始まったのです。

育て始めた当初は、幼虫のグロテスクさゆえに、おっかなびっくり接してしました。
あまり触らずに眺めるだけにしていました。

ところが、毎日見ているうちに彼らの外見に慣れてしまい、どんどん愛着が湧いてきて、かわいく思えてきたのです。

毒々しい嫌な色をした身体の斑点さえもが、美しい模様に見えてきました。

そのうちに箱から出して、腕や太ももに這わせて遊ぶようなりました。

5~6匹くらいを太ももに乗せて、誰が一番早く動くか、などと競争させたりしました。

幼虫の動きは遅かったですが、それがかえって私の母性本能をくすぐったようで、私はいとしい我が子を見るような気持ちになっていきました。

私はとても楽しんでいたのですが、驚く事に、幼虫たちを這わせた腕や太ももに、赤い斑点状のポツポツが出来てしまい、痒くなったり痛くなったりし始めました。

明らかにアレルギー症状です。

私はもともとアトピー性皮膚炎をもっていて、肌が弱いです。
そのために、敏感に反応してしまったのでしょう。

私の肌が赤く腫れているのを見た両親は、「もう幼虫を捨てなさい」と言いました。

しかし、私はこの頃にはすっかりこの幼虫たちに愛情を抱いていて、とても捨てる事はできません。

私は、断固として拒否をし、両親の意見を無視する事にしました。

私の頑固さを知っている両親は、意外なほどあっさり諦めました。

幼虫を育て始めて1ヶ月ほど経つと、幼虫は倍くらいに大きくなりました。

私はただ葉っぱを千切って与えただけですが、幼虫たちはすくすくと成長して、途中で死んで脱落する奴は1匹も居ませんでした。

両親や弟は、私が育て始めた頃に、「きっと育てられないで、途中で死んでしまうだろう」と何度も言っていました。

私は、「どうだ見たか! ちゃんと育てているじゃないか。俺が一番正しいんだ。」と、鼻高々な気分でした。

私は、家族以外の人にも自慢したくなり、家に遊びに来た友達に「僕は、蝶の幼虫を飼っているんだ。すごく懐いているんだよ。」と言って、見せびらかす事にしました。

腕などに乗せて、懐いている様を見せつけました。

友達はみな、「すごいなあ、蝶(成虫)になったらまた見せてくれよ」と言いました。

私は嬉しくなり、「蝶(成虫)になったら、見せるからね」と返事をしました。

それからしばらくすると、ついに幼虫たちはさなぎになりました。

私はさなぎになっていく彼らを見て、(いよいよだな…)とワクワクしました。

さなぎの色は、汚れたねずみ色で、しわしわした老人の肌みたいなツヤの無い外見で、見栄えはとても悪かったです。

大きさもあまり大きくなくて、(本当に蝶になるんだろうか?)と、やや不安になりました。

さなぎになってからは、エサの葉っぱを与える必要もなくなり、ただ待つ時間となります。

私は毎朝、(そろそろ、さなぎから出てくるかな?)と確認しました。

1~2週間ほどしたある日の朝、箱の中を確認すると、今生まれたばかりといった風情の蝶らしき生物が1匹、箱の側面にとまっていました。

私は「おおっ!」と思ったのですが、すぐにそいつの姿に違和感を覚えました。

そいつは、色は汚れた感じの肌色で、羽根には丸っこい模様が入っています。

さらに、蝶のようなスラッとした肢体ではなく、胴体が太くて、胴体には毛がもっさりと生えていました。

触角も、蝶のように長く美しいものではなく、短くて無骨な感じです。

私は、(こいつは蝶じゃないぞ!!!)と直感しました。

その時にはまだ知らなかったのですが、そいつは『蛾』でした!

私は、「なんという事だ! とんでもないミスをしてしまった!」と大ショックを受けて、すぐに箱の蓋を閉めて、しばらく呆然としました。

そしてショックから覚めて事態を把握すると、「まずい! これを皆に見られたら、全員にバカにされてしまう!」と猛烈に焦り始めました。

私は箱を手に取り、(どうしよう…、とりあえず隠さなければ…)と考えて、家族に見つからないように静かに外に出ました。

それで、成虫になった奴の正体が分からないので、とりあえず自宅の外壁と家を囲むブロック塀の間の15cmくらいのスペースに、雑草に隠れて見えなくなる位置を狙って放り込みました。

そうして、急いで家にある昆虫図鑑を見て、今の奴が何者なのかを調査しました。

最初は蝶のコーナーを見たのですが、もちろんそこには載っていません。

私は、(一体、どこに居るんだよー)と思いつつ探したところ、『蛾のコーナー』にそいつにそっくりな奴が出ているのです!

「蛾だったのか!! 何という事だ!」と思い、全身がゾクゾクッとしてきて、鳥肌が立って寒気がしてきました。

今までの数ヶ月間がすべて無駄だったような気がして、目の前が真っ暗になりました。

2日後に箱を投げ入れた狭いスペースを覗きこんでみると、箱を乱暴に放り込んだために蓋が開いており、箱の周辺に例の蛾が、4匹とまっていました。

彼らが集団でいる姿は、1匹でいる時よりもはるかに気持ち悪くて、私は「ゾゾーッ」と寒気がして、急いでそこから離れました。

私は、「これは誰にも報告できないぞ。絶対に内緒にしなければ。 無かった事にしよう!」と、強く決心しました。

さなぎになってからは動きが無かったので、家族の皆は関心を失っていました。

数日以内に家族たちは、大して興味もない感じで、「あれからどうなった? 蝶になったのか?」と質問してきました。

私は、「ちゃんと蝶になったよ。かわいそうだから、逃がしてあげた」と答えました。

家族達は、興味が無かったのか、真実を知っている上で見逃したのか、それで納得して引き下がりました。

私は、「ホッ」と安心しました。

しばらくすると、私が蝶を育てているのを知っている友達たちも、「どうなった? 蝶になったの?」と訊いてきました。

私は、(ちっ、面倒臭いなあ。憶えていやがったか… 誤魔化さなければ…)と思いつつ、「ちゃんと蝶になったよ。もう逃がしてあげた」と答えました。

大抵の友達は、私の返事を聞くと「そうなんだー。残念だなあ、見たかったのに。」と言いました。

私は、嘘をついた事に引け目を感じつつも、(ふうっ、誤魔化せたか)と一息つきました。

1人の友達だけが、すごく興味を持っていたのか、私の話にうさん臭さを感じたのか、しつこく質問を続けてきました。

「蝶はどんな色だった?」とか「どんな形だったの?」などと質問してくるので、要領を得ない感じで「う~ん、まあ普通だったよ」と答えました。

微妙な空気になったので、強引に話題を変えて、無理矢理にけりをつけました。
彼は、残念そうな裏切られたような顔つきをしていました。

この時は、その友達とはかなり親しかった事もあり、後味がとても悪かったです。

(う~ん、嘘をついて誤魔化すというのは、こんなにも後味が悪いのかあ。なるべくなら、しない方がいいな)と思いました。

今から振り返ると、この経験が、私がなるべく嘘をつかないようにする契機になりました。

多くの子供が同じ体験をしていると思いますが、子供の頃は、周りの大人や先生から「嘘をついてはいけません。嘘つきは泥棒の始まりであり、嘘をついているとダメな大人になりますよ」と、何度も何度も言われます。

私は最初の頃は、「そうなのですか! 分かりました!」と真摯に聞いていました。

でも4歳くらいになると、『大人達がしょっちゅう嘘をついていて、さらにそれに対して非難もされず、本人も反省していないこと』に気付きました。

そして、「けっ! 大人達は汚い奴らだ。子供にはえらそうに嘘をつくなと命令するくせに、自分達は野放しじゃないか。」と憤りを覚えたのです。

5歳になったある日に、ちょっとした嘘を私がついたところ、母から「嘘をつくんじゃない!」と、えらく怒られました。

そこで私は、「ずるいじゃないか。お母さんだってよく嘘をついているのに、誰からも怒られていないよ」と反論したのです。

そうしたところ、「生意気な事をいうんじゃない!」と言われ、「バーン!」と張り手をほっぺたに食らいました。

私は痛さに泣きながら、(なんて大人は汚いんだ)と強く思いました。

そして、「確かに嘘をつくのは悪い事だ。それは、そうだと思う。でも、状況によってはいいんじゃないだろうか。大人達もそうしているじゃないか。」と思ったのです。

で、それ以来は、厳しい局面になると嘘でしのぐ日々を送るようになってました。

私はその日々に、特に不自由は感じていませんでした。

ところが、蝶の件で友達みんなに嘘をつき、ある友達はすっかりと騙されてしまい、ある友達は傷ついたような表情をするのを見た時、私は初めて深い罪悪感をおぼえました。

その後しばらく、その友達たちと遊ぶ時に、何となく引け目を感じて、苦しい気分になったのです。

私は、(嘘をつく事は、後味がこんなにも悪いのか。これだったら、嘘をつかない方がかえって楽だな)と感じました。

それで、「よし、これからは嘘をつかないようにしよう」と決めました。

この時から、私の嘘をつく回数は、3分の1くらいに激減しました。

私はもともと正直なタイプ(曲がった事の嫌いなタイプ)だったので、嘘の数は多くはなかったのですが、さらに減りました。

そうしたところ、かつてない快適な日々になり、「選択は間違っていなかったようだな」と実感しました。

母などの周りの大人達は、相変わらずしょっちゅう嘘をついているので、「大人達は嘘つきばかりだが、俺はああいう大人にはならないぞ!」と、密かに決意しました。

さて、幼虫を育てている間は楽しかったのですが、最終的に嘘をついてしのがなければならない事態になったため、(もう昆虫からは距離をとろう)と強く思いました。

私は昆虫から、しばらく離れることにしました。
(蟻だけは別で、放課後にしょっちゅう蟻をいじってました)

しかし、2年生の夏休みに祖父母から『虫取り網』を買ってもらうと、再び昆虫を追いかける日々になるのでした。

それらの話は、別の記事で紹介します。

(2013年9月27~28日に作成)


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