子供の頃の思い出⑥
番外編 S君とのその他の思い出

『ゲームセンターとS君の思い出(後半)』に詳細を書きましたが、S君とのゲーセンへの遠征は、私にとってとてもつらい体験となりました。

それ以来、「もうS君とは、関わらない事にしよう」と、私は決心しました。

彼とは違うクラスだったので、特に努力をしなくても、彼と距離をとるのは容易でした。

(このまま疎遠な関係でいくだろう)と思っていたのですが、5年生の3学期も終わり近くになったある日、私と母は、『S君とS君の母』に会う機会ができたのです。

どういう経緯だったか憶えていないのですが、授業参観とか中学進学の進路相談とか、そんな学校イベントの絡みだったと思います。

道端で、S君親子にばったりと会い、雑談をする事になりました。

私は驚いたのですが、なぜか私の母とS君の母は、とても親しげで、愉快に話しているのです。
(いつ、知り合いになった?)と思いましたよ。

母同士が話しこんでいるので、私とS君も久しぶりに話しました。

S君は、以前よりも快活な性格になっている様でした。

私はS君と話しながらも、(あまりS君と接したくないのになあ。いつまでお母さんは話し込むんだよ)と、やや困っていました。

実は、この時期にちょうど、私の一家が引越しをして転校する事が、皆に知らされました。

その件を話題に、「残念ねえ、どこに引っ越すの?」などと、親同士で色々と話しているようでした。

S君と雑談をしていたところ、S君は「今度の日曜日に、池袋の恐竜展を見に行くんだ」と、自慢口調で言ってきました。

彼は、嬉しい事や得意になれる事があると、すぐに自慢口調になる癖がありました。

私は、「そうなのか、楽しそうだね」と応えつつ、(もうすぐ引っ越すし、その準備で大変なんだよ。お前は幸せだなあ)と思いました。

S君は、「一緒に行かないか?」と誘いをかけてきました。
でも私は、ゲーセンでの苦い思い出があるので、「いやー、忙しいから」と断ろうとしました。

そうしたところ、いきなりS君の母が会話に入ってきて、「チケットが1枚、余っているのよ。よかったら一緒に行かない? 歓迎するわよ」と、誘ってきました。

彼女の話によると、『無料でチケットを数枚手に入れて、家族で行く事にしたのだが、1枚だけ余っている』のでした。

私は、(何? 無料チケットとな? タダで行けるのか…)と、やや心を動かされました。

でも、S君にはこりごりしていたので、断る事にしました。

私が、(何と言って断ろうか…)と思案していると、S君の母は迷っていると判断したらしく、「恐竜展を見た後は、一緒に食事もしましょう」と、さらに誘いをかけてきました。

彼女のこの提案は、私のツボに完全にヒットし、(何!? 食事もつくのか! これは検討に値する…)と、心が激しくかき乱されました。

私の一家は、両親が離婚して母子家庭になってからというもの、貧乏生活の日々で、外食はぜんぜんしていませんでした。

母が料理ヘタで、自宅での食事がいまいちだった事もあり、外食は大切な癒しの時間でしたが、親戚の家に遊びに行った時くらいしか外食の機会はありません。

「外食」という、癒しと栄養蓄積を兼ねた貴重な時間は、年間に3~4回しかありませんでした。

私は、(無料チケット+外食、これは滅多にない好条件だぞ。どうする? どう対応する?)、と熟考に入りました。

5秒ほどの間、真剣に考えました。
そして、この結論に達しました。

(しょうがないなあ。そこまで言うのなら、仕方ない。

 付き合ってあげるよ。感謝しろよー。)

私は、S君の母に、「分かりました。一緒に行きます!」と、元気良く答えました。

こうして、S君の一家と、お出かけをする事になりました。

最初のうちは楽しみにしていたのですが、日曜日が近づいてくると、
だんだん不安になってきました。

というのも、私の経験では、『我儘な子供の場合、親も我儘なパターンが多い』からです。

S君は、根はいい奴ですが、我儘な所ががっつりとあります。

私は、S君の家に何度も遊びにいっており、S君の母親とも知り合いでした。
でも、特に親しいわけではなかったし、どういう人柄か知りません。

日曜日には、S君の父親も来るという話です。

S君、母親、父親、という3人に囲まれて、私は完全にアウェイ状態です。

「両親と一緒になったS君はいつも以上に我儘を言い、それを彼の両親は止めないで、むしろ助長するのではないか」

これが、私の危惧した事でした。

何度も当日の状況をシュミレーションしているうちに、悪いイメージしか湧かなくなってきました。

具体的には、こんなイメージをしていました。

私とS君一家が、人通りの多い街路を歩いています。

すると突然に、S君は10mくらいの大木を指差して、「おい、お前。あの木に登れ」と命令してくるのです。

それを見たS君の母親は、「あらステキな提案。私も見たいわあ」と目を輝かせます。

そしてS君の父親は、厳粛な面持ちをしながら、こう言います。

「こら、お前たち。友人になんて事を要求するんだ。

 …でも、せっかくだから、尚立君の雄姿を見せてもらいなさい。

 尚立君、お願いします。」

そして私は、大勢の人が見ているなかで、泣く泣く、危険な大木に登らされるのです…。

私は最悪のイメージばかり浮かぶのに頭を抱えつつ、(無料チケット+外食があるのだから、今回はある程度は苦しい要求も我慢しよう。どうしても堪えられない事は、きちんと断ろう)と決心しました。

そうして、やや悲壮感を持って日曜日を迎え、待ち合わせ場所に出発しました。

で、実際にはどのような展開になったかと言うと、驚くべきものでした。

私は、完全に度肝を抜かれました。

何と何と!
S君は、かつて見た事がないほど上機嫌で、笑顔が全開なのです!

学校や放課後に会う時には、やや怒ったような顔つきで、ムスっとしている事が多いのに、この日は豹変していました。

私の知るS君は、笑う時には皮肉そうに片頬だけで「ニヤッ」とした笑いをする男です。

それなのに、「ニコッ、ニコッ」と爽やかな笑顔を持続して、片時も崩さないのです。

あまりにいつもと違うので、私はしばらくの間、「こいつは、S君の替え玉なのではないか?」と疑い、様子を観察したほどです。

30分ほど観察をした結果、「いつものS君とはまったく違うが、どうやら本物らしい」と結論を下しました。
あやしい素振りが無かったし、会話のつじつまも合っていたからです。

ひっかけ的な質問もしてみましたが、きちんと答えてきました。

S君の両親は、とても温かな人でした。
S君の父親とは初めて会いましたが、良い人でした。

2人ともに、私に親切で、嫌な思いを一切させません。

私は、終始予想と違う展開なので、「おかしいなー、こんなはずはない。何かどんでん返しがあるのではないか」と警戒していたのですが、最後にはすっかりリラックスしてしまい、楽しく過ごして帰宅しました。

S君一家+私という構成なので、疎外感を味わうのではないかと思っていたのですが、彼らは気を使ってくれて、私が仲間はずれにならない様に行動しました。

私が驚愕したのは、S君が気さくな態度を示して、いろいろと親切な応対をしてくれた事です。

いつもは他人の気持ちなどほぼ無視するのに、なぜかこの日は、私の心情を汲み取るような態度を見せて、「楽しんでいるか?」とか「遠慮するなよ」などと言ってくるのです。

「S君には、こんな側面もあったのか…。信じられない…」と、驚きっぱなしでした。

あまりに普段と違うので、(何かが憑依しているんじゃないか)と、心配になったほどです。

この日は、とにかくS君の明るい笑顔が印象的で、今から振り返ってみても、彼の笑顔しか記憶にありません。

恐竜展や外食については、ぜんぜん憶えていません。
S君の笑顔全開の衝撃は、他のすべてをかき消しています。

私はこの日に、それまでに見たS君の全ての笑顔と同じくらいの量の笑顔を、見ました。

私はS君の姿を見ていて、(親と一緒だと態度が豹変するタイプがいると聞いていたが、本当に居るんだなあ。)と思いました。

私がそれまでに見た限りでは、親と一緒だと態度が変化するタイプが、10人に1人くらい居ました。

そうした子供は、親と一緒だと気が大きくなって我儘になるタイプか、親の前では大人しく真面目になるタイプか、どちらかでした。

どちらのタイプも、そう変化は大きくなく、「豹変」まではいってませんでした。

私は、この日のS君を見て、『180度の大変化を見せるタイプも、この世界には存在する』と知りました。

よい方向への豹変なので、嬉しい驚きだったのですが、自分が態度を変えないタイプなので、「こんな人間もいるのか!」と思いました。

今から思うと、S君は両親とあまりお出掛けの機会がなかったのではないでしょうか。
数少ない機会なので、舞い上がっていたのだと思います。

私は、そう解釈する事にしました。

S君については、他にも1つ、印象的な思い出があります。

それは、『水泳の授業』での事です。

小学4年生の時だったと思いますが、水泳の授業をしていたら、突然に先生が「皆さん、泳ぐのをやめて、集まって下さい」と言いました。

(何事だろう)と思ったのですが、生徒たちがプールから出て集合すると先生は、「S君の平泳ぎがすばらしいので、模範として見なさい」と言うのです。

そうしてS君は、皆が注目する中で1人だけプールに入り、平泳ぎでプールの横面(15m)を泳ぎました。

その泳ぎっぷりが、今でも憶えているほどの、凄さだったのです。

彼は、わずか3~4かきで、15mを泳ぎきりました。
その動きは、カエルにそっくりでした。

私を含めた皆が、1mに1かきを要し、15mには15かきをしている状態だったので、奇跡を見ているようでした。

彼の平泳ぎを見ながら、「本気で練習したら、オリンピックに行けるんじゃないか」と思いました。

あとで彼に、「なんでそんなに平泳ぎが上手いんだ」と聞いたところ、「以前住んでいた所では、水泳教室に通っていた」との返事でした。

私の住む地域にも水泳教室はありましたが、通っている奴でそこまで上手いのは1人もいませんでした。
彼には、明らかに才能があったと思います。

そういえば私も、体操の授業で、「前転」の模範演技をした事があります。

私は元々から身体が柔軟で、少林寺拳法を習っていた事もあり、前転、後転、大車輪などが大得意でした。

前転は、タイヤが転がるように、滑らかにクルクルと連続回転できました。

自分には上手いという自覚は無かったのですが、先生から「模範演技をしなさい」と言われて見せたところ、「うお~、すげえー」との評価を受けました。

こういう特技って、自分では当たり前に思っているので、人から指摘されないと気づかないものですね。

そういえば、中学の時にも、「走り幅跳び」の模範演技をした事があります。

走り幅跳びは、踏み切る時に歩幅を短くするのと、跳んでいる間は身体を反らすのがポイントです。

私はその事を、少し前に体育の教科書を見て知っていました。

教科書とおりにやっただけですが、身体が柔軟だったのもあり、凄くかっこいいフォームだったようです。

皆から、「すげえよ」と絶賛されました。

最後には、S君から離れて、自分の自慢で終わらせてみました(^-^)

(2013年11月19~21日に作成)


エッセイ 目次に戻る