蟻の観察を続けて、確実に蟻の知識を蓄えていく私でしたが、そんな中で最も驚いたのは『蟻の献身的な生き様・折れない心』でした。
蟻の生態を長く見ていると、蟻が困難に直面する場面にも出会いました。
例えば、雨が降った後には、巣の入り口付近が崩れてグチャグチャになってしまい、蟻たちは大変そうな表情で入り口を復旧する作業をします。
大変な努力をして元の状態に戻すのですが、しばらくして雨が降ると、また崩れてしまうのでした。
私は最初のうちは、(よく厭きもせずに、同じ作業をやれるなあ。それに、崩れないように頑丈に作ればいいんだよ。作業がちっとも改善していかない。やっぱり人間よりもバカだな。)などと、ややバカにしながら見ていました。
ところが、何度も何度も見ているうちに、だんだんと心境が変わってきました。
そのうち、(もしかしたら、こいつらは凄いんじゃないか? 俺にここまでの根気や一途さはあるか? いや、確実に無い。)と、びびり始めました。
当時、小学2年生の私は、学校の先生や親戚から「何事も根気が大切です。勉強は継続する事が重要です」と言われていました。
かなり説得力を感じるので、「学校の勉強の復習や予習を、自宅で続けてみよう」と何回か試みたのですが、いつも3日坊主で終わっていました。
3日くらいすると、「面倒くさいなあ、やっぱやめよう。別に死ぬわけじゃないし」と、改心してしまうのです。
こういう自分だったので、蟻が黙々と継続していく姿に、(こいつら……、俺よりも上?)と徐々に恐れと嫉妬を抱くようになっていきました。
そして、「蟻のくせに生意気な。よし見ていろ、乗り越えられない壁を、俺が作ってやる。」と、闘志を燃やすようになりました。
私は手始めに、蟻の巣の入り口を、軽く砂で塞いでみました。
さらさらの砂を、入り口が詰まるくらいに投入したのです。
すると蟻たちは予想通りに、砂粒を牙にくわえて、器用にどかし始めました。
20分もしないうちに、見事に復旧を果たしました。
こうした作業は何度も目にしていたので、「やはり、そうきたか。いつも通りに献身的だな。」と素直に評価しました。
そして、(よし、もっと大掛かりに邪魔をしてやろう)と決めました。
今度は巣の入り口に、両手ですくって持ってきた土を、ドサッと無造作に置きました。
入り口は完全に消え、別の地形に変形しました。
巣に戻ってきた蟻たちは、「おかしい…、ここに入り口があったのに…」と激しく動揺し、触覚を触れ合わせて情報交換を繰り返します。
私は、(どうだ、どうする? 乗り越えられるか?)と、興味深く見守りました。
最初は動揺していた蟻たちは、やがて入り口があったと思われる場所を掘り始めました。
そうして、1つずつ砂粒をどかしていきます。
30分くらいすると、とりあえず出入りができるまでに、入り口付近の土は除去し終えました。
私は、(なるほど、これはかなりの実力だ)と感心しました。
ここまではまだ様子を見ている段階でしたが、「本気を出しても、蟻たちは耐えられそうだ」と感じたので、ついに本気を出す事にしました。
私は、花壇と巣の入り口を何度も往復して、花壇の土を巣の入り口にこんもりと盛り上げました。
高さが10cmくらいになる、正三角形の山を、入り口の真上に築き上げました。
蟻たちは、これにはさすがに参ったようで、途方に暮れています。
何匹かは土を掘り崩そうとしますが、土山の大きさにすぐに諦めてしまいました。
20分ほど経っても、まったく状況は改善せず、巣に戻ってきた蟻たちはウロウロとするばかりでした。
私は、(ふっ、本気を出したら俺の圧勝かよ)と、勝利感に酔いしれました。
30分ほどすると、暗くなってきて帰宅の時間になりました。
蟻の巣は依然として復旧しておらず、私は徐々に心配になっていました。
(明日になっても復旧していなかったら、土をどかしてやろう)と思いつつ、帰宅しました。
そうして次の日の放課後、私はすぐに蟻の巣を見に行きました。
すると、蟻の入り口はしっかりと出来上がっており、蟻たちは自由に出入りしていました。
私が驚いたのは、『土山をうまく回避して、山のすその所に、新たな入り口を作っていた事』です。
「巣の真上に大きな山を築いた以上、復旧するには山のかなりの部分を崩して、埋まっている入り口に到達する必要がある」
これが、私の考え(予想)でした。
ところが蟻たちは、今までの入り口は捨てて、山のすそから巣のどこかに繋がる、新たなルートを築いたのです。
全く想定していない解決法を目の当たりにして、「こいつら…、思わぬ方法をとりやがる」と脱帽し、敗北感を味わいました。
怒った私は、昨日よりも3回りくらい大きな山を、新しい入り口の真上に堂々と築きあげました。
さらに、土山をぺたぺたと叩き、しっかりと土を固めました。
(これならば、蟻も太刀打ちできないだろう)、そう思えるほどの雄大な山を築きあげ、完成した山を見て満足のうなずきをしてから、その場を立ち去りました。
そして次の日の放課後、巣を見に行きました。
すると、やはり山のすそに、新しい入り口が出来ています。
(あれだけの山を用意したのに、効き目が無かったか…)と、再び敗北感を味わいました。
今から思えば、蟻も生活がかかっているし、必死に働いていたのでしょう。
私はそうした蟻の事情には思いが至らず、「蟻の能力は想像以上にすごい、これはもっと研究するだけの価値があるぞ」と思いました。
そうして、さらに蟻にちょっかいを出していく事になりました。
蟻の観察を続けていくと、『蟻の持っているパワー』に驚かされました。
蟻はすごい力持ちで、自分と同じ位のサイズの虫を単独で運べるし、3cmの丸々と太ったイモ虫でも4匹くらいで運んでしまうのです。
(いったい、どういう身体をしているんだ?)と、大いに不思議に感じました。
見た感じだと、それだけの体力があるようには思えません。
足は極細です。
指で捕まえて、ジロジロと細かい部位まで観察しましたが、パワーの源は解明できませんでした。
蟻の身体に深く興味を持ったところで、友人から「蟻の触覚は、とても重要な器官であり、それが無くなると蟻は迷子になる」との情報を得ていたのを思い出しました。
(そういや、そんな話を聞いたなあ。試してみる価値はあるぞ。)と、研究心をかきたてられました。
少々かわいそうに思いましたが、実行してみる事にしました。
私は蟻を捕まえると、勇気を出してそいつの触覚を「プチッ、プチッ」と2本とも引き抜きました。
そして、地面に放しました。
迷子になるかを興味深く見守ったのですが、結論としては「迷子にはならなかった」です。
迷子というよりも、『酔っ払って、フラフラになる』のが近い感じです。
触覚が無くなると、動くのに苦労しているようでした。
実験的に1本だけ触覚を抜くことも試しましたが、2本抜くよりも症状が軽いだけで、同じ動きを見せました。
触覚を抜いて味をしめた私は、「足を引っこ抜いたら、どうなるのだろう?」と思い始めました。
やはりかわいそうに思ったのですが、興味が勝ってしまい、すぐに試してみる事にしました。
蟻を捕まえると、さっと足の1本を「プチッ」と抜きました。
蟻は、足が6本あり、左右に3本づつ付いています。
そのうちの1本を抜いたわけですが、驚きの結果でした。
私は、人間の場合だと足が1本ないとすごく不自由になるので、「蟻も人間と同じに、大変に不自由になるだろう」と予想していました。
ところが、です。
蟻は足が6本だからでしょうが、1本が無くてもそれほど動きに影響はなく、『6本の時よりも2割くらい運動能力が落ちる程度』だったのです。
ほとんど変化なく俊敏に動く姿を見て、(よくできている…。1本なら失っても生きられるように作られているのか)と、驚愕しました。
この頃になると、蟻がきわめて優れた身体をしている事に気づきました。
接し始めた頃は「小さい奴」と舐めていたのですが、そういう気持ちは完全に消滅しました。
で、蟻の肉体構造に尊敬すら感じたのですが、すぐに(そうすると、足が2本なくなったら、どうなるのだろう?)と思い始めました。
そして、蟻を捕まえると足を「プチッ、プチッ」と、左右から1本づつ抜いてみました。
私は(それなりに動けるんじゃないか?)と期待したのですが、残念なことに2本はさすがに厳しいようで、蟻はほとんど動けずにギクシャクとしたいびつな歩き方になりました。
人間の片足が無い人が、杖をつきながらゆっくりと歩く感じ。それに近いです。
蟻の世界では、身体能力に大きな衰えがあると、生きていくのは困難です。
私は観察を通して、それを知っていました。
1度など、人間に踏まれたか何かで瀕死の蟻を、仲間の蟻がエサを運ぶ時のクールな態度で、巣にひきずっていくのを目撃した事があります。
ですから私は、2本の足を失って大幅に身体能力が低下した姿を見て、「こいつは、もう生きていけない」と直感しました。
私は、自分が行ったことの悲しい結果を見て、深く反省しました。
びっこを引いて歩く蟻を眺めていたら、「ひと思いに殺してあげた方がいいのではないか」と強く感じました。
決心した私は、その蟻を指で捕まえると、指の腹で「プチュ」と潰しました。
2本の足を引っこ抜いた蟻の悲しい姿を見て、私は深く反省しました。
ところが、です。
翌日か翌々日になると、(3本の足を失ったら、どうなるのだろう?)との、危険な考えが頭に浮かび始めました。
この考えには、自分でも良くない方向にエスカレートしている自覚がありました。
結果がほぼ予測できるし、「ここは我慢しろ、踏みとどまれ」との心の声(良心の声)が頭に響いてきました。
で、数日は悪魔のささやきに耐えたのですが、ついに我慢できなくなりました。
私はやや後ろめたさを感じながら、蟻を捕まえると「プチッ、プチッ、プチッ」と、3本の足を立て続けに引き抜きました。
そうして地面に置いたのですが、蟻はまったく歩くことが出来ずに、その場でもがいています。
(少しは歩けるのではないか?)と期待していたので、完全にあてが外れました。
もがき苦しむ蟻を見ていたら、「ひと思いに殺してあげた方がいいのではないか」と強く感じました。
私は、その蟻を指で捕まえると、指の腹で「プチュ」と潰しました。
さすがに今回は心底から反省し、「もう足を引き抜くのはやめよう」と心に誓いました。
そうして実際に、それ以降は触覚も足も抜いていません。
だいぶ残酷な描写が増えてきましたが、私と蟻とのコミニケーションはまだまだ続きます。
『蟻の大量虐殺をする』シリーズは、書き始めた時は3回くらいで書き終わると思っていましたが、どうやら5回シリーズになりそうです。
懺悔の気持ちを込めながら、マイペースで残りの話を書こうと思います。
(2014年3月30日&4月6日に作成)