ルー・ドナルドソンの「カルテット/クインテット/セクステット+5」

このアルバム、ジャズ史上の名盤といえるほどものではありませんが、好きな作品です。

取り上げている曲が良く、アレンジもすてきで、聴いていて楽しい気分になれます。

ルー・ドナルドソンは、チャーリー・パーカー直系のアルト・サックス奏者です。

パーカーのフレーズを沢山コピーして、それをばんばん吹く。

ほとんどのサックス奏者はパーカーを真似ても似ないのですが、ルーはけっこう良い線まで行ってますよね。
もちろんパーカーほどの深い演奏にはなっていないですけど。

「カルテット/クインテット/セクステット+5」は、1952年と54年に録音された演奏を集めたアルバムですが、CDになった際に5曲が追加されました。

それがタイトルに付いている+5の意味です。

この追加された曲の中に、すばらしい演奏があります。
だから是非+5のヴァージョンを入手してほしいです。

ルーは、長いキャリアを誇るプレイヤーで、大量のアルバムを発表しました。

一般的にはブルージーな(ソウルフルな)演奏をしていた時期(中期以降)が人気があるみたいですが、私はそれ以前のモロにパーカー・スタイルで吹いていた時期(初期)が好きなんですよ。

この作品は、初期の代表作の1つです。

このアルバムでのルーは、若くてまだ未熟さを感じさせますが、爽やかで元気がよく、明るく伸びやかで、聴いていて愉快な気持ちになれます。

共演者も良くて、ピアノはホレス・シルバーとエルモ・ホープという最高レベルの名手です。

2人とも個性的で作曲の才能も豊かで、大好きなピアニストです。

ベースとドラムも、パーシー・ヒースやアート・ブレイキーという凄腕の人が参加してます。

1950年代の前半って、ジャズ史上でも屈指の名手達が、まだ無名で、安いギャラで一緒に活動してました。

当時のルーは、デビューしたばかりで、熱心なジャズ・ファンでも知らない位のプレイヤーだったと思います。
そんな人を、(同じく無名だったけど)最高のミュージシャン達がサポートしているのです。

この時期のジャズ界のレベルの高さは、異常だったと思います。
各楽器ごとに、目を見張るようなスーパー・プレイヤーが何人もいました。

パーカーやモンクやガレスピーといった超人レベルのミュージシャンが引っ張るおかげで、業界全体に熱気があったのです。

エリントンとかベイシーといった一世代前のスター達も頑張っていたし。

このアルバムは、ブルーノート・レーベルが制作しています。

ブルーノートは、ジャズ史上でも1、2を争うセンスの良さを誇る、伝説の音楽レーベルです。

名盤をたくさんプロディースし、無名な状態に置かれた才能あるミュージシャンに録音のチャンスを与え、ジャケットのデザインも素晴らしい。
音質も、ヴァンゲルダーという伝説の録音技師が雇われているので、折り紙付きです。

この会社がニューヨークに誕生して活動したのは、ジャズ界にとって祝福でしたね。

ルーはブルーノートから沢山のアルバムを出していますが、「カルテット/クインテット/セクステット」が最もカラフルで華やかだと思います。

スタンダード曲が多いし、アレンジが可愛らしさのあるセクシーなものなんですよ。

そこがこのアルバムの魅力だなあ。

さて、ここからは収録曲のいくつかを紹介していきます。

まずは、3曲目の「Cheek To Cheek」です。

アップテンポで演奏され、とても軽快に進んでいきます。

ルーの音は、カラッと晴れていて瑞々しく、嫌味や臭みが全くない。

軽やかさを重視したサックス演奏は無数にあるけど、ここまで心がすっきりする出来はなかなかないです。

ここまで軽やかで気持ちイイ演奏になったのは、ピアノがホレス・シルバーなのと、ドラムがアート・テイラーなのが大きいです。

ホレスはリズムを強調したバッキングが得意で音色が明るいし、テイラーは軽やかなドラミングに定評がある人。

共演者の力もあり、たぐい稀なほどの出来になりました。

この3曲目の演奏はCD化された時に追加された「別テイク」で、6曲目に「本テイク」が入ってます。

両テイクの内容に違いはなく、ルーのアドリブが少し違うくらいです。

普通はこうなるんですよね。
テイクごとに大幅にアドリブを変えてどれもが美しいチャーリー・パーカーは、人智を超えた領域にいる人です。

ルーの演奏を聴くと、彼がパーカーを強く真似しているだけに、自然に比較してしまうし、パーカーの凄さを再認識させられます。

「ルーは素晴らしい演奏をしているけど、パーカーと比べると思いっきり霞むなあ。パーカーって、それだけ内容が重厚で深く、突き抜けてるんだなあ。」

こう、しみじみと思ってしまうのです。

まあでも、ルーにはルーの良さがある。

パーカーには、この曲みたいなどこまでも爽やかな音は出せないですから。

パーカーの音には、苦悩や痛み、哲学的な響きがあるからね。
そこが深みに繋がっているのだけど。

お次は、7曲目の「The Things We Did Last Summer」です。

この曲は美しいメロディと構成をしていて、私は大好きなのですが、ルーは甘い音でやや粘りのあるリズムで吹いてます。

まだ音に線の細さがあり、強い説得力はないのですが、それがこの曲の愁いを帯びたメロディに合っています。

サビの時にメロディが高音に行くのですが、そこでの音色がとても美しいです。
ルーは高音を素晴らしい音色で出せる人ですね。

全体を通して、良い解釈(アレンジ)でやっていると思います。

たぶんピアノのホレスがアレンジを担当したと思うのですが、彼は凝ったバッキング(コード進行)を弾いてますね。

これについては、おまけのページで解説したいと思います。

メロディの美しい曲を、その良さを活かして聴かせるのは、けっこう難しいんですよ。

アレンジが良くないと、せっかくのメロディが台無しになる。

名盤にはだいたい、優れたピアニストが参加しています。
そうじゃなければリーダーがしっかりと準備してアレンジを用意したり、アレンジャーが起用されたりしてますね。

次は、8曲目の「Sweet Juice」です。

この曲、ホレスの作曲なのですが、「素晴らしいメロディ、コード進行、リズムをしている」と、最初に聴いた時から感心し続けてます。

ホレスの曲の中で、最高のものの1つだと思う。

最初に聴いた21歳頃は、コードの理解が浅かったので、どんなコード進行をしているか分からなかったけど、それでも素晴らしさは伝わってきました。

今回あらためてコードを採ってみたのですが、がんがん転調するし過激なコード進行をしています。

それなのに演奏を聴くと、滑らかで自然な響きがあり、違和感なく聴いていられるのだから、凄いですよ。

ホレス・シルバー、貴方の作曲センスに脱帽です!

この曲は落ち着いたミドルテンポが採用されてますが、メロディのリズムには軽さと柔らかさがあるし、音を伸ばす所に味わいというか色があります。

音を切る時と伸ばす時の使い分けが見事で、何度聴いても飽きさせない深みがある。

この曲からドラムがアート・ブレイキーに替わっているのですが、彼もリズムの素晴らしさに貢献していると思います。

ブレイキーの出すリズムには重みがあるので、それが効果を発揮して、重量感のある説得力の強い演奏になっている。

もしテイラーだったら、ここまで芸術的な響きはせず、楽しいピクニックみたいな内容になったのではないかな。

ブレイキーというと、激しく熱くダララ~とかドロローーバン!とか叩くのをイメージする方が多いと思います。

でも私は、シンプルに静かめで叩くブレイキーが、熱いブレイキーと同じくらい好きなんです。

彼のリズムは少し遅めで沈み込む感じがある。
独特のリズム感覚を持っているし、確信を持って音を出せる強いハートがあるので、普通に何も変わった事をせずに叩いているだけでも影響力が抜群にあるんですよ。

キャノンボール・アダレイの『サムシンエルス』でも、シンプルなプレイに徹してますが、ほんと最高のリズム出してるんですよねー。

私の場合、逆にジャズ・メッセンジャーズでのドカドカと激烈に叩きまくるブレイキーに、好感を持てないのです。

「そんなにアピールしなくても、あなたが素晴らしいドラマーだと分かってますから」と、なだめたくなってしまう。

ブレイキーのリズムって、ゆったり感があって、聴いていると大きなゆりかごに乗せられた様な感覚になれる。

とっても気持ちいいリズムなのですが、激しく叩くとそれが感じ取れなくなる。

だからジャズ・メッセンジャーズで汗だくの全力でソロを「ドカドカドカ!!」と取ってる彼を見ると、その気迫と情熱を評価しつつも、「いや~、聴きたいのはそれじゃないんだけどなー」と思ってしまうのです。

Sweet Juiceでのブレイキーは、余計な事を一切しません。

リズムのキープに徹しているが、それゆえに彼の内包する際立ったリズム感覚が十全に発揮されてます。

そこも聴いてほしい。

さらに言うなら、パーシー・ヒースのベースも凄いぜ。

彼は、知的で奥行きのある音を出しますね。
持っている人間性なのだろうけど、それを音に乗せられる(音で表現できる)のだから、やっぱり格別のベーシストです。

次は、10曲目の「The best Things In Life Are Free」です。

この曲も、7曲目と同じにスタンダード曲で美しいメロディをしてますが、それを愛らしくメロディの良さを十分に表現して演奏してますね。

アレンジが良いんだよなー。
余計なことをせず(トランペットとハモったりせず)、サックスがメロディをたっぷり歌い上げるように空間を作っているのが良い。

ソロでは、ホレスが一番かっこいいと思います。

この人は、アップテンポでもリズミックなフレーズを余裕感を持って入れられる。
どの音も粒立っていてクリアーに出ているし、実はテクニシャンだよね。

トランペットのブルー・ミッチェルも参加しており、彼の最初期の録音だと思いますが、まだフレーズがぎこちないし音色にも深みがありません。

このアルバムを聴いて最も印象に残らないのは、ミッチェルだと思います。

ブルーノート・レーベルは、彼みたいな経験の浅い若手にたくさんのチャンスを与えました。
本当に偉大な音楽レーベルでしたね。

次は、11曲目の「If I Love Again」です。

この曲のメロディが、私は大好きなのです。

楽しさと同時に、少し切ない響きがあり、昔を思い出すというか故郷を思い出すというか、そんな懐かしい感覚にさせてくれます。

ピアノのイントロから雰囲気があり、ルーがテーマを軽やかに吹き始めると幸せな気持ちで一杯になります。

屈託のなさ、粘り気のなさ、が良い。
ブルージーにやらないのが良い。

このアルバムのルーは「好青年」そのもので、青春の瑞々しさというか、希望に燃える感じがあります。
If I Love Againでも、聴いているこちらの心まで若返るくらいに、前向きで優しい表現です。

大好きなんですよね、この演奏。

ルーのアドリブは、リズムに乗りきっているし、一分のスキもない完璧なもの。

アップテンポで激しく吹いているけど、優しさを感じさせる。
そこに強く惹かれるし、飽きずに何度も聴いてしまう理由だと思います。

エンディングでは、最後にトランペットが絡んできて、2管のハモリで開放感のある響きを出して終了します。

これが、すごく良い。
前述したとおり、この曲には切ない部分(短調に転調する部分)があります。
そのため聴き手は「この曲は基本的に明るいが、暗さもある。最終的にどう決着するのだろう?」と感じてしまうのですが、最後に2管で明確なメジャー・コードを吹くことで「ああ、ハッピーエンドだったのね」と理解できます。

この曲はピアノのソロがなく、ホレスはバッキングだけですが、素晴らしいリズムでソロイストを支えています。

彼のバッキングは、温かいし、煽り立てる感じがあって良いですネ。

次の曲からはピアノはエルモ・ホープに替わるのですが、リズム感覚がかなり違います。
その違いぶりを聴くのも、このアルバムを楽しむ1つのポイントでしょう。

次は、12曲目の「Caracas」です。

この曲からトロンボーンが加わり、3管になります。
タイトルの「カルテット/クインテット/セクステット」のうち、セクステットの部分になるわけです。

トロンボーンのマシュー・ジーは、あまり見ない人なのですが、けっこう良いプレイをしているんですよ。

割と好きなトローンボーン奏者です。

Caracasはルーの作曲ですが、盛り上がるジャムセッション向きの曲ですね。

3管なので音に厚みがあり、とてもお祭り感が出てます。

アドリブはルーから始めますが、この曲でもメロディアスでバランスのとれた聴きやすく分かり易いソロを吹いてます。

パーカーのフレーズが主なのですが、パーカーの持つ攻撃性や迫真性がないぶん、聴きやすいし甘く感じる。

チャーリー・パーカーの世界から、メロディや歌心を吸収し表現したのが、この時期のルーです。

ちなみに、ブルース魂の部分を多く吸収したのがジャッキー・マクリーンで、斬新なコードや革新的なリズムを吸収したのがマイルス・デイビスやバド・パウエルやソニー・ロリンズです。

パーカーは、多くの弟子を育てた人でもあるんですねー。

ルーの後には、エルモ・ホープがソロを取ります。

このソロが素晴らしいんですよ。最高にスウィングしてます。

私がエルモの事を知ったのは、このアルバムでだったと思います。
この曲を聴いて「もの凄くスウィングするなあ、ソロもバッキングも狂ったみたいに躍動するな」と感心しました。

エルモのノリは、ホレスと比べると分かると思うのですが、音と音の間に隙間があり、リズムに揺れがあります。

ホレスはもっとカチッとしていて、きちっとしている。

エルモの出すリズムって、ぐにゃぐにゃしているんですよね。
それなのにめちゃくちゃスウィングする。

崩れている様に(しょっちゅうズレている様に)聴こえるのに、強烈にスウィングするという点では、セロニアス・モンクと似てますね。

ここでのエルモはとにかくスウィングしていて、このアルバムのハイライトの1つだと思います。

私は他のページでも書いた事がありますが、彼のことをジャズ史上で最高のピアニストの1人と評価してます。

エルモの素晴らしさは、音色の可憐さと、バッキングで弾くコードの響きが繊細で美しいことも挙げられます。

この曲では、それが心ゆくまで堪能できます。

エルモの後には、トランペットのケニー・ドーハムのソロとなります。

安定感のある良いソロですね。
10~11曲目のブルー・ミッチェルと比べると、フレーズがジャズになっているし、盛り上げるのが上手いなあと思う。

その後は、マシュー・ジーのソロがあります。

この人って、前述したようにあまり見ないのですが、フレーズが滑らかでスウィングするし、音程が良いし、演奏に無理な力みがないしで、相当な実力者ですよ。

トロンボーンでブルーノート・レーベルというと、カーティス・フラーが有名ですが、マシューの方が良い奏者だと思ってます。

トロンボーンの第一人者のJJジョンソンと比べても、見劣りしない気がするんですけどね。

(今回、ネットで検索して調べたところ、マシューはビッグ・
 バンドに籍を置いていた時期が長いと分かりました。

 ビッグ・バンドに居ると、実力者なのにソロイストとして
 あまり録音せず、知名度が低い人がいるんですよねー。

 ベイシーやエリントンのバンドにも居た事ある人でした。
 私はあまりビッグ・バンドを聴かないし、バンド・メンバーを
 細かくチェックしないからなー。
 そういえば、マシュー・ジーの名前、エリントンのアルバムで
 見た気がします。)

各人がソロを終えてテーマに戻ると、サビの所ではドラム・ソロになります。

ここがカッコイイんですよ。
ブレイキーの叩くリズムとフレーズが、何度聴いても痺れる爆発力なのです。

フレーズ前に入る、彼の「はあ~!」と「てやっ!」という空手の回し蹴りの掛け声みたいな叫び声を聴くと、熱意と臨場感に嬉しくなる。

『モンク・アンド・ロリンズ②』にも書きましたが、私は1950年代前半のブレイキーのプレイが大好きなのです。

この時期の彼は、どれだけ熱く激しく叩いても、リズムに柔らかさがある。
上記のドラム・ソロでも、リズムが固くなくて、フレーズにしなやかさがあるんですよ。

50年代の後半に入ると、リズムが徐々に硬直してくる。
あの硬めのリズムが好きな人もいると思いますが、私はちょっと息苦しさを覚えるんです。

ブレイキーには、いつまでも巨匠にもバンド・リーダーにもなってほしくなかったなあ。

彼がリーダーとして君臨したジャズ・メッセンジャーズからは、沢山の若手が巣立っていったし、その功績は大きい。
でもメッセンジャーズで愛聴盤が私にはないのです。
どうもあのカチッとまとまったリズムと、ブレイキー色の強い内容に、馴染めません。

次は、14曲目の「Moe's Bluff」です。

エルモ・ホープの作曲で、彼の代表曲の1つです。

メロディに独特の優しさと切なさがあり、大好きな曲です。

彼は自分のリーダー作でも録音しており、それは『エルモ・ホープのHIGH HOPE!』で紹介しています。

この曲は、エルモの作品が持つ翳りや愁いを楽しむと良いです。

なかなかジャズでこの雰囲気を出せる作曲家はいません。
素晴らしい作曲家だと、いつもエルモを深く尊敬しています。

アドリブは皆が頑張っています。

そんな中、ブレイキーさんのドラムが浮いている気がするんですよねー。
たまに煽りの大仰なフレーズ入れるんだけど、曲の雰囲気を壊している感じがして…。

彼に悪気は全くないと思いますが、「ドダドダ、シャーン」とか「ダラララ」とかのフレーズが曲の流れを切っている気がしてならない。

考えてみると、ジャズでこんな曲調は珍しいし、対応できない人がいても不思議ではないです。

エルモとブレイキーって普段はあまり一緒にやってなかったのかなあ。

そして最後の曲の「After You've Gone」です。

有名なスタンダード曲ですが、超アップテンポで演奏されてます。

さらに途中でピアノが演奏を止めるシーンもあり、コード進行を把握するのが難しいです。

私は聴き始めの頃は、スピードが速いのもあってコード進行に耳がついていかず、何をやっているのかさっぱり理解できませんでした。

After You've Goneは、チャーリー・パーカーらが1946年に行ったJATPのライブでも取り上げられています。
そこではパーカーが、いつも通りにコードをしっかりと感じさせるアドリブをしてくれていて、それを愛聴しているうちにコード進行を理解できるようになりました。

そうしたら、こっちのルー・ドナルドソンのヴァージョンも理解できるようになり、「おおっ、ルーはコードにしっかり対応する素晴らしいソロを吹いている!」と気付きました。

要するに、良さが分かるまで時間がかかる演奏でした。

耳が慣れるまでは、コード進行を聴きとれずに「わけわかんねー」と感じる人がかなり居るかもしれません。

パーカーのJATPヴァージョンを聴いた人には、「えー、こっちの方がコード進行が分かりづらいよ」と思う方もいるかもしれません。

パーカーのフレーズはリズムが複雑だし、ジャムセッション風のライブ演奏なのでフレーズに詰まる事が何度もあり、盛り上げるために音を曲げたりもしているからです。

でもパーカーの演奏は、1コーラス全体を考えてアドリブをする感じがあり(つまり構成力がある)、聴いていてコードの流れが見えるんですよ。

ルーのアドリブは、練習してきたフレーズを繋げて吹いているのが分かってしまうのです。

全体の構図よりも、「このコード進行の部分だったらこのフレーズ」「この部分は、このフレーズならはまるよね」と、細かく当てはめている感じが強い。

アドリブ全体を通して聴くと、パーカーとルーでは説得力に大きな差があります。

聴き比べたら分かってもらえると思いますが、パーカーのヴァージョンには感情表現がたくさん盛り込まれてます。
フレーズがすべて自分の言葉になっていて、創造のエネルギーがある。

ルーのほうは、知的に計算して組み立てた印象。
創造エネルギーはあまりない。

ルーのヴァージョンが駄目と言っているわけではありません。

でも、この演奏を聴くと、必ずその後にパーカーのヴァージョンを聴きたくなり、実際に聴いて「ああっ、やっぱり違うなー」と思うのです。

まあ、パーカーは人類史上でも最高のミュージシャンの1人ですから。

パーカーの前では、あのマイルス・デイビスでさえ完全に霞みますから。

記事の最後で、パーカーの話になってしまいました。

でも、ルーの背後には常にパーカーがいるから、別におかしくないと思います。

1940~50年代のサックス奏者は、みんなパーカーを手本にしたのですから。

ある意味、最高の時代でしたよ。
これ以上ないイエス・キリストみたいな手本が存在していたのですから。

一方では、ソニー・スティットが絶対にパーカーに勝てないからアルトサックスをやめてテナーに持ち替えるといった、悲劇も生まれたのですが。

まあ勝てないよねパーカーには、誰も。

ルー・ドナルドソンは、パーカーに憧れて真似しましたが、真似に成功した人物です。

マイルス・デイビスも自伝で、「パーカーに一番近かったのは、ルーとジャッキー・マクリーンだ」と語っています。

しかし同時にマイルスは、「近かったのはサウンドで、内容じゃない」とも言ってます。

「内容」ではパーカーに届かないけど、ルーの演奏は楽しい。

それに『カルテット/クインテット/セクステット』は共演者がすごい顔ぶれです。

パーカーの演奏で哲学し、ルーの演奏で疲れを癒す。

そんなジャズ人生って素敵じゃないですか。

(2017年5月24~27日に作成)


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