このアルバムは、マイルス・デイビスが1953年と54年に録音した、3つのセッションを集めたものになっています。
私がこのアルバムを愛聴している理由は、『マイルスのワン・ホーンで演奏されていること』と、『この頃のマイルスは、メロディアスなアドリブを吹いているから』です。
(1曲だけ、サックスの参加した曲もあります)
マイルスは、ジャズ史上でも1、2を争うほどのトランペッターですが、ほとんどの場合はサックスを加えた編成で録音していています。
マイルスは全体の構成を重視するタイプで、自分のトランペット・プレイだけをフィーチャーする事をしません。
そのために、トランペットのみのワン・ホーンで録音する事は、ほぼしませんでした。
このアルバムは、マイルスがワン・ホーンで吹き込んだ、非常にレアなアルバムです。
彼のプレイをここまで堪能できるアルバムは、他にはなかなか無いです。
さらには、この頃のマイルスは、コード進行を非常に重視しており、アドリブがとてもメロディアスで洗練されているのが特徴です。
私は、コード進行を大切にした演奏が好きなので、ここでのマイルスと相性がいいのです。
メロディアスなジャズが好きな人は(特にビバップのような、やや複雑なメロディが好きな人は)、このアルバムはかなり気にいると思います。
マイルスは、1960年代に入るとフリー・ジャズに近づいて、アドリブはメロディよりも緊張感・攻撃性・過激なアクセントを重視するようになりました。
さらに70年代になると、メロディよりも混沌感や猥雑感を強調した、ミステリアスな演奏になりました。
私はメロディ重視派なので、60年代以降のマイルスよりも、この時期の彼に魅力を感じるのです。
このアルバムは、あまり有名ではありません。
サックスが参加していないので、マイルスの作品の中では、地味な印象なのだと思います。
でも私は、ここでのマイルスのプレイが大好きです。
このアルバムが録音された53年~54年は、マイルスは麻薬に溺れていた時期で、身体のコンディションが最も悪かった時期の1つです。
そのために、演奏に元気が無いし、音色にもハリがなくで濁っています。
私も最初に聴いた時は、「良いプレイをしているけど、力強さが無くて、何となく聴き終わった後に満足感がないなあ」と感じました。
でもこのアルバムは、「Four」「Miles Ahead」「Tune Up」といった、かっこいい曲を演奏しているので、その曲を何度も聴きました。
すると、だんだんジワジワと、ハマっていったのです。
CDだとなかなか表現してくれないのですが、LPで聴くと、このアルバムのマイルスの音色は、味があって実にカッコいいんですよ。
少し前に「音が濁っている」と書きましたが、その濁りがジャズの香りを漂わせて、渋~い雰囲気を出しているのです。
ジャズの場合、透明感のある綺麗な音で演奏すると、様にならないのです。
マイルスはいつも、程よい濁りを出していて、いい感じなんですよね。
このアルバムでは、いつもよりも濁り度がやや高いです。
それが、ブルーなムードを引き出しています。
クラシック畑の人がジャズをやると、「正確で1つ1つは間違っていないんだけど、いまいちだな」と思わせる事が多いのですが、それは綺麗すぎるからです。
ジャズは、リズムも少しいい加減なくらいが、ちょうどいいんですよね。
どの位にいい加減にするかが難しくて、日本人は真面目なので頭で考えがちなのですが、あれは心で体得するものです。
ジャズらしさを表現するフィーリングは、『ジャズ・スピリット』などと言われるのですが、私もついに体得できませんでした。
チャーリー・パーカーは、「その人の人生が音に表現されるから、ミュージシャンは真剣に生きなければいけないのだ」という名言を遺していますが、そういう事なのでしょう。
生き様が反映される部分であり、理屈じゃ説明できないです。
話を戻すと、このアルバムでのマイルスは、麻薬のためにコンディションは最悪なのですが、ジャズ・スピリットがギンギンにあります。
「俺は、もうすぐ死ぬかもしれない。でも今この瞬間の演奏に、俺は賭けるよ。」といった気持ちが伝わってきます。
ジャッジーですねー。
ここからは、特にかっこいい曲を、いくつか紹介していきます。
まずは、2曲目の「Four」です。
これは、マジに最高です!
この曲は、メロディとコード進行がしゃれていて、コード進行にきちんと沿って演奏すると、実にきまる曲なのです。
マイルスは、コード理解のすばらしい人なので、当然ここでの演奏は最高になりました。
マイルスは56年の『ワーキン』というアルバムで、この曲を再演していますが、そちらも素晴らしいです。
ここでの演奏の方が、テンポを遅くてじっくりと吹いています。
Fourは、マイルスの作曲とされていて、彼の代表曲の1つになっているのですが、実はエディ・クリーンヘッド・ビンソンというサックス奏者の作曲らしいです。
何かの本でビンソンは、「俺が作ったんだけど、マイルスは無断でレコーディングして、自分の曲としてクレジットしちまった。だけど、マイルスのFourの演奏はすばらしいし、ファンになっちゃったんだよねー。(だから許しちゃうよ)」と言っていました。
「それでいいのか?」との声が聞こえてきそうですが、ジャズだからいいんです!
「いいんです!」とカビラ慈英さんのニュアンスで、私は肯定します。
もしマイルスがダサい演奏をしていたら、おそらく訴えられたでしょう。
その場合ビンソンは、「俺のかっこいい曲を勝手に録音し、ダサい演奏で侮辱しやがった。だから訴えてやったんだよ。当然だろ?」と言うと思います。
それもまた、ジャズです。
ここでのマイルスは、音数を少なくして、さらにテーマ・メロディを上手くアドリブにも織り交ぜることで、分かり易い演奏にしています。
シンプルな中に、美しいフレーズをちりばめるセンスは、さすがの一言です。
この曲は、ホレス・シルバーのピアノと、アート・ブレイキーのドラムも、とてもかっこ良いです。
ホレスのピアノ・ソロは、リズムを強調したゴツゴツしたものですが、印象に残るフレーズの連続で、私は完璧に憶えてしまいました。
ホレスの数あるソロの中でも、最高のソロの1つだと思います。
ホレスのソロの出だしは、一時的にベースとドラムが休みます。
少し休んでから入ってくる時のドラムのフレーズは、「ダラララ、ダラララ」とスネアを軽くロールぎみに叩くものですが、ブレイキーならではのセンスで痺れてしまいます。
きれいに揃えずにアバウトな感じでスネアを連打し、それがなぜかかっこ良くなってしまうブレイキー独特のタイム感覚には、脱帽するしかないです。
ブレイキーは、曲を通して独自の色を出していて、ステキです。
特にマイルスとホレスのソロが終わった後の、テーマの戻ってからのバッキングは、力強くてしびれます。
様々なアクセントと音色を織り交ぜて、聴き手を陶酔させます。
「ああっー」とうなり声が入るあたりが、特に気合を感じさせていて、私は好きです。
次は、6曲目の「When lights Are Low」です。
ここでのマイルスの演奏は、ぱっと聴くと「ぎこちないし、単調だな」と思うかもしれません。
でもじっくりと聴くと、1つ1つの音を大事に吹いていて、知的な響きがあり、フレーズがおしゃれなんですよ。
私は、マイルスがミドル・テンポの中で、オープン・ホーンでじっくりと吹く時が、大好きなんです。
一般的には、マイルスの最高の演奏は「スロー・テンポ+ミュート・サウンド」とされているみたいですが、私は「ミドル・テンポ+オープン・サウンド」が一番好きです。
50年代のマイルスのオープン・サウンドは、温か味があって柔らかく、適度に透明感が抑制されていて、何度聴いても飽きない魅力があります。
次は、7曲目の「Tune Up」です。
アップ・テンポで演奏されていますが、マイルスのフレーズは淀みなく繋がっていって、とても気持ちいいです。
この曲は、次々と転調するやや難しいコード進行をしているのですが、マイルスは見事にメロディアスなラインで料理していきます。
この時期の彼は、コードに忠実に対応する理知的なフレーズを重視しているのですが、それがここでは結実しています。
聴いていると、「くぅー、スムーズにコード・チェンジしていくなあ。気持ちいいー」と感動します。
マイルスは、複雑なメロディのフレーズを吹いても、一杯一杯になってしまって力む事がありません。
厳しい局面でも、落ち着きを失わないのです。
「ふわーっ」と、軽やかに音を出すんですよ。
これが、粋なんです。
私は、この時期に特有の、端整で知的に洗練されたアドリブ・スタイルが好きです。
エレキ化した後のマイルスは、混沌や危険な香りに特化していて、私は馴染めません。
ジョン・ルイスのピアノ・ソロも、とてもいいですね。
特に、ソロの最終盤で、左手でベースラインを「ダドダド、ダドダド、ダドダド、ダドダド」とトリルで入れつつ、右手で「タッ、タッ、タッ、タッ」と弾いていく所が、スリリングで特に好きです。
この曲では、後半にトランペットとドラムのソロ交換があるのですが、そこの部分がめちゃくちゃかっこいいです。
特にドラムのマックス・ローチは、ほぼスネアとバス・ドラムのコンビネーションだけでフレーズを紡ぎ出すのですが、信じられないほどの表情の豊かさです。
センスの良さと、アイディアの豊富さは、彼ならではですねー。
「スネアとバス・ドラムのリズム・コンビネーションだけで、そこまで多彩な表現が出来るのか! すげー、マックス最高だよ!」と、驚きつつ感動します。
最後は、8曲目の「Miles Ahead」です。
私はこの曲が、このアルバムの中で一番好きです。
とにかく軽快で、メロディアスなんです。
やたらとスウィングしています。
ピアノのイントロからして、素晴らしいメロディとリズムを出しています。
「ジョン・ルイスよ、最高のイントロじゃないか!」と思いますねー。
マイルスのプレイは、軽やかで繊細で、すべてのフレーズに素晴らしいメロディがあり、感動的です。
しかし前半は快調に進むマイルスですが、後半に入るとミス・トーンが何度も出てきます。
聴いていると、「麻薬で調子が悪いんだな」と切なくなります。
ミス・トーンを連発しながらも、あきらめずに頑張る彼を聴いていると、「マイルス頑張るんだ、麻薬なんかに負けちゃだめだ!お前はジャズの帝王だろ。」と感情移入し、こぶしを「ぐっ」と握りしめてしまいます。
誇り高いマイルスが、ここまでボロボロになりながら吹く姿は、珍しいです。
もし私がここまでミス・トーンを連発したら、恥ずかしくて心が折れてしまいます。
心が折れないマイルスの姿勢には、「やっぱりお前は、帝王だよ。根性がはんぱないぜ」と思いますねー。
マイルスに続くジョン・ルイスのソロは、本当に最高です。
リズム感が素晴らしいし、リズムのアイディア・センスが奇跡的なレベルです。
私が聴いたジョン・ルイスのソロの中では、このソロが一番です。
芸術の深い響きがあります。
ジョン・ルイスというと、MJQのイメージがあると思うのですが、私はMJQをどうしても好きになれないのです。
私は、ここでのような、ファンキーなプレイをするルイスが好きです。
ルイスのソロの後半では、マックスがハイハットで小気味よくアクセントを入れて、サポートしています。
非常におしゃれなので、注目してみて下さい。
この後には、マイルスとマックスのソロ交換があります。
これがまた、良いんですよ。
最初のドラム・ソロが入る所では、ベースのパーシー・ヒースが休むのを忘れてしまい、「ドードーダードー」と弾いてしまいます。
明らかにミスなのですが、妙にかっこいい音をしているんですよねー。
「いいねー、パーシー」と、ミスなのに高評価をして、Vサインを出してしまいます。
かっこいい理由ですか? 分かりません。魔法です。
マックスはここでは、ブラシでソロを叩いていきます。
ブラシでソロを取るのは、かなり珍しいものなのですが、さすがに名手マックスですね。
粋なフレーズを連発して、聴き手を魅了します。
マイルスの方は、一番最後のソロが最高です。
「ンンタラ、ラッタン、タラララ、タラララ」と16分音符を駆使して、素早いフレーズを軽やかに吹いていくのですが、滑らかに正確にこなしていて、「うおー、やるなあー」と感心します。
相当に難しいフレーズなのですが、爽やかに自然に吹ききっています。
相当に練習して、ライブでも何回も吹いたフレーズなんでしょう。
迷いなく吹ききっています。
ここまでずっと、ベースを弾いているパーシー・ヒースに言及しなかったので、最後に書きます。
このアルバムの全曲でベースを弾いているパーシー・ヒースは、地味なんですけど、最高のベーシストです。
リズムが優しく正確で、音に生命感があり、音色が美しく、ベース・ラインもきれいです。
共演者がリズムをずらしたりミスをしても、全然動じないのがダンディなところです。
彼は、超マイペースですねー。
彼の音からは、いつも誠実な人柄を感じます。
「パーシー、愛してるよ」
(2013年6月11~13日に作成)