ここからは、『クワイエット・ケニー』の残りの曲を紹介していきます。
最初に、参加メンバーを再び書いておきます。
ケニー・ドーハム(tp) トミー・フラナガン(p)
ポール・チェンバース(b) アート・テイラー(ds)
まず、5曲目の「Blue Spring Shuffle」です。
この曲は、シンプルなブルース曲です。
ドーハムはたくさんのブルースを演奏していますが、ここでの演奏は特にかっこいいと思います。
とにかくアレンジがいいんですよ。
展開の素晴らしさに、しびれますねー。
イントロは、ポール・チェンバースの独奏で始まります。
ポールは最高のリズム感をしているので、シンプルに4ビートで弾いていくだけなのに、めちゃくちゃかっこいいです。
この味は、ポールじゃないと出ないですねー。
彼は、深い音色と、優しくも激しいビートをしていて、私は大好きです。
テーマ・メロディは、良くある感じのメロディです。
ここでは、アート・テイラーのハイハットが聴き所だと思います。
「チーー、チッチ、チーー」とごく普通の形で叩いているのですが、スーパー・スウィングしています。
切れ味やバネがはんぱではなく、躍動感に溢れていますね。
この軽やかなスウィング感は、テイラーならではです。
要所に「ダアッ」と入れるスネアも、ツボを心得ていて、決まってます。
そして、ドーハムのソロが始まります。
何気なく吹いてますが、メロディアスで、1つ1つのフレーズにしっかりとした歌心があります。
ほんと、この日のドーハムは絶好調ですね。
肩から力が抜けている感じで、とても自然に演奏しています。
ドーハムの後には、フラナガンのソロが続きますが、こちらも粋で軽やかに歌っています。
フラナガン・ソロの後は、『第2のテーマ・メロディ』が出てきます。
曲頭のテーマ・メロディとは別の、もっと軽やかな、リズムを強調したウキウキするメロディです。
曲の中間にこのメロディを入れる事で、休憩というか景色を変えるような構成にしています。
このアレンジが、実にすてきなのです。
特に、ドーハムとポールがユニゾンでメロディを奏でる所が、最高にジャッジーで素晴らしい。
トランペットとウッドベースがユニゾンで奏でるなんて、なかなか聴けないです。
スーパー・テクニシャンのポールだからこそ、ここまでスムーズに管楽器と溶け合えるのです。
普通のベーシストには、まず無理な芸当です。
ウッドベースでここまでの軽やかさを出すのは、信じられない位に大変なんですよ。
「ンンダ、ダダダ、ダーダ」というメロディの隙間に、合いの手として入る、ドラムのスネアの「ンタ!」というフレーズも、最高ですねー。
これぞジャズ! といった雰囲気で、良い気分になります。
第2のメロディで遊んだ後は、ベース・ソロになります。
いつも通りのポールのすてきなソロが披露されるのですが、最後に『第2のメロディ』を弾き始めます。
そして、そのメロディの合間に、ドーハムがドラムと一緒に「ンパ」と合いの手を入れるのです。
ドーハムは最初は沈黙をしていて途中から合いの手を入れ始めるので、即興で入れたと思うのですが、素晴らしいアイディアだった思います。
演奏に温かいエネルギーを注ぎ込む効果をもたらしていますね。
この曲では、全員に一体感があり、リズムは躍動しているのに自然な響きを保ち、とても滑らかな感じがします。
この滑らかさが、スウィングするのには大切なんですよねー。
次は、6曲目の「I Had The Craziest Dream」です。
この曲がこのアルバムのハイライトだと思います。
私はこの演奏が、大大大好きなのです。
初めて聴いた時から、「何と美しい演奏なのだろう」と、感動しっぱなしです。
この演奏は、とにかく最初から最後まで、美しいの一言です。
最高にスウィングしているし、ドーハムのソロは完璧な構成です。
これ以上に素晴らしいドーハムの演奏は、聴いた事がないです。
これを聴いて何も感じなかったら、ジャズは向いていないのではないでしょうか。
そう言える位に、圧倒的な名演です。
テーマ・メロディは、ドーハムはシンプルに飾り気なく吹くのですが、メロディの小粋さがドーハムの柔らかい音色と最高にマッチしていて、大感動します。
彼の吹き方が(ニュアンスの付け方が)素晴らしいため、メロディが耳に焼き付いてしまい、聴くたびに一緒に歌ってしまいます。
彼はアドリブに入ってからも最高で、私はこの曲でのドーハムは、残された全録音の中で一番のアドリブをしていると思います。
最初から最後まで、一音も無駄になっていない、最高のアドリブです。
奇跡のアドリブです。神秘的なエネルギーを感じるほどです。
ドーハムの後は、フラナガンのソロになりますが、このソロも美しいです。
ここまではベースは2ビートでしたが、ここからは4ビートになり、一気に演奏が華やかになります。
前奏者のドーハムに比べて、フラナガンは3連符的な「タータ、タータ」というリズムを強調していて、ぐいぐいとリズムを引っ張っていきます。
ドーハムの「タタ、タタ」という普通の8分音符的なリズムからは、がらりと空気が変わります。
この変化が、おしゃれなんですよー。
少し話が脱線しますが、ドーハムは基本的に、あまり3連符的なリズムにしない人ですね。
8分音符を「タータ、タータ」という3連符のニュアンスにすると、すごくスウィングするのですが、やかましい響きになってしまう時があります。
ドーハムは、静かな優しい表現や微妙なニュアンスを重視するスタイルなので、あまり3連符にしたがらないです。
マイルス・デイビスも同じ傾向にあります。
逆に、クリフォード・ブラウンは常に3連符にします。
これでもかというほどに、3連符のリズム感で演奏してきますよねー。
話を戻しますが、フラナガンのソロの後にはテーマ・メロディに戻ります。
最初の時と同じに、メロディをそのまま崩さずに吹いていますが、表情が豊かなのでまったく飽きがきません。
ドーハムの表情の付け方の上手さには、ほんと脱帽します。
これで『クワイエット・ケニー』からの紹介は終えますが、別のアルバムですが、どうしても紹介したい大好きな演奏が1つあるので、おまけとして追加したいと思います。
私のウェブサイトでは、他のケニー・ドーハムのアルバムは紹介しない予定なので、蛇足になるかもしれませんが無理矢理に追加いたします。
紹介したいのは、『JAZZ CONTRASTS』というアルバムに入っている、「But Beautiful」です。
この演奏は、とんでもなく美しい、天国の音みたいな内容です。
マジでお薦めです。 ぜひ聴いてみて下さい。
3分足らずの短い演奏ですが、ドーハムはスロー・テンポで、この曲のメロディを最高の解釈で吹いています。
この曲は、切なく甘いメロディをしていますが、なかなかメロディの良さを表現できない難易度の高い曲です。
それを、完璧なものとして仕上げているのです。
このアルバムでは、ジャズでは大変に珍しい事に、ハープが数曲で参加しています。
これが効いているんですよ。
ハープが、いい感じに音の隙間(空間)を埋めて、スモール・コンボだと薄いサウンドになりがちなバラード曲を、密度の濃いものにしています。
アレンジも優れており、イントロではドーハムがルバート・テンポぎみで吹き始め、ベースが弓弾きでサポートします。
そして6小節目から、ベースは指弾きに替えて、「ドオーッ、ドオーッ」と弾きはじめます。
この指弾きになる瞬間が、とてもかっこいいです。
それまでの緊張が解き放たれる感じで、ぐっと来ます。
このアルバムでは、ベースはオスカー・ペティフォードが弾いています。
ペティフォードは、音が太くて重厚だし、リズムも落ち着いているし、素晴らしいベーシストですね。
若くして亡くなったのが残念です。
この曲でのドーハムの音色と表情は、真に最高です。
心にしみじみと響きます。
油断すると涙が出そうになるくらいです。
エンディングもしゃれていて、ドーハムが同じ音をずーと伸ばしている間に、バックのピアノとベースがコード・チェンジしていくという、「ペダル・ノート」という音楽手法を使っています。
「ペダル・ノート」の手法は、作曲やアレンジでは定番なのですが、ここまでかっこ良く決まっている事は滅多にないです。
かなり長い間、ドーハムは音を伸ばし続けて、切らさずに吹いています。
肺活量がありますねえ。
ドーハムが美しいメロディの曲を、メロディを崩さずに(フェイクせずに)ゆったりと素直に吹くと、芸術品が作られます。
それなのに彼は、ブルース曲やアップテンポの激しい曲や、難解な自作曲を演奏する事が多かった。
「もったいねー!」と、私は感じていますよ。
良いアレンジャーを起用して、スタンダード曲を丁寧に吹くアルバムを作っていたら、もっと彼は評価されていたと思います。
誰にも真似できない美しい音色と、優しく円やかな表現力を持っていましたから。
(2013年9月4日に作成)