ジョン・コルトレーンは、ジャズ史上最高のテナー・サックス奏者の1人で、実にたくさんのアルバムを発表しています。
今回紹介する『コルトレーン』は、彼の初リーダー作品です。
初めての作品だからでしょうか、やる気に満ちた、とても溌剌としたプレイをしています。
彼の代表作の1つと言える素晴らしい出来です。
考えてみると、初リーダー作品(初のアルバム)というのは、そのミュージシャンの代表作になる事が多いです。
まだ注目も期待もされていない状態なので、自由な気持ちで創作をできるし、無名ゆえに再び作品を発表できるか確信をもてず、それまで蓄えたものを全て出し切るからでしょう。
このアルバムは、1957年5月31日に録音されています。
コルトレーンは、マイルス・デイビスのバンドに1955年9月に参加して、一気に名を挙げました。
56年に入ると「期待の若手サックス奏者」と評されるようになりますが、同年中は音楽レーベルと契約せず作品を発表しなかったんですね。
56年はコルトレーンが麻薬に溺れて苦しんでいた時期なので、その影響もあったとは
思いますが、当時はそれなりの知名度があるジャズ・ミュージシャンなら誰でもアルバムを作れた「ジャズの黄金時代」です。
話題の的になっていた新生マイルス・バンドに参加していたコルトレーンなら、音楽レーベルから契約の話があったはずです。
57年5月までアルバムを創作しなかったのは、やはり彼の奥手さ・慎重さゆえでしょう。
『コルトレーン』は、「プレスティッジ・レーベル」から出されました。
「プレスティッジ」は、当時の代表的なジャズ・レーベルの1つで、コルトレーンはここと契約して、2年くらいの間に大量の作品を創ります。
「えー! そんなに録音したのー」と思うくらいの膨大な量の録音をし、いくつものアルバムが出たのですが、最高の演奏が収められているのは『コルトレーン』だと思います。
つまり、この作品が、彼のプレスティッジ時代のベストアルバムだと思います。
コルトレーンって、饒舌になりすぎるきらいがあるんですよ。
意味のあると思えない音を、ダラダラと出してしまう癖があるのです。
あまり練習をしていない曲だと、特にその傾向が強いようです。
プレスティッジのコルトレーンをいくつも聴くと分かるのですが、ほとんど練習をせずに録音したような曲もかなりあります。
「録音中に練習しているのではないか?」と思えるものすらあります。
『コルトレーン』は、初リーダー作だからでしょうが、周到に準備をしたようです。
演奏にとても安定感があり、アドリブに無駄な音がありません。
これにより、心地良く聴く事ができます。
ここで出されているコルトレーンの音色も、私は好きですねー。
ぎらついた音なのですが、嫌味はなくて、爽やかなんですよ。
インパルス・レーベル時代(晩年の時代)になると、音が大仰というか、『巨匠臭い音』になるんです。
「これが巨匠の音です」といった、高級感を演出した、片意地を張るような力みのある音を聴くと、
「あんたは巨匠だけど、それは自分で言う事じゃないぞ」と思ってしまいます。
このアルバムのコルトレーンは、彼のキャリアでも最も爽やかな音を出しているものの1つだと思います。
「好青年」という感じであり、この軽やかさと飾り気のなさが、私は好きなのです。
ここからは、アルバムの詳しい内容に入っていきます。
まず、参加メンバーを書きましょう。
ジョン・コルトレーン(ts) ジョニー・スプローン(tp) サヒブ・シハブ(bs)
レッド・ガーランド(p) ポール・チェンバース(b) アルバート・ヒース(ds)
(tpとbsは、参加していない曲もあります)
これ以外にも、ピアノではマル・ウォルドロンも参加しているのですが、
私はこのアルバムはレッド・ガーランドの印象しかありませんねー。
その理由は、マルが弾いているB面をほとんど聴かないからでしょう。
私は、この作品はLPで聴いているのですが、レッドが弾いているA面の3曲ばかり聴いています。
B面の曲は、どうもぱっとしない気がするのです。
なので、A面の3曲をここから取り上げて、詳しく解説します。
まず、1曲目の「Bakai」です。
この曲は、なんといってもテーマ・メロディが良いです。
アフリカ的なリズムとフレーズで進んでいき、サビだけは4ビートになるという演出が、
グッド!です。
そして、低音部を支えるバリトン・サックスの「ぶりっ、ばりっ」と来る響きが、
個性的なアレンジだし味わいがあります。
アドリブでは、コルトレーンが最高です。
自信たっぷりにグイグイとリズム隊を引っ張っていく、男気あふれる名演です。
このギラついた音色がいいんですよ。
この音が好きでない人もいるみたいですが、私は好きですよ。
ありきたりでないし、生命感のある芸術的なサウンドだと思います。
コルトレーンの後に続くサヒブ・シハブのバリトン・サックスも、素晴らしいです。
かなり速いパッセージも吹きこなしていますね。
メロディも、潰れている感じの音なので際立ちませんが、美しいフレーズが出てきてなかなかです。
バリトン・サックスは、ジャズではマイナーな存在ですが、私は好きですね。
トロンボーンよりも、はるかに聴いていて気持ちいいです。
ジャズだと、低音用の管楽器といえばトロンボーンですが、トロンボーンは楽器の構造上から仕方ないのでしょうが、「すかっ、すかっ」と音が抜ける感じがあるんです。
音程がきちっと出ない事もあり、間延びしているというか、緩すぎるというか、ぐっと来ないのです。
バリトン・サックスの方が、「ブリッ、ブリッ」と1音1音がきちんと出るので、
私としては聴き易いですね。
この曲で最初にソロを取っているレッド・ガーランドは、どうも曲の構造に馴染めないようで、手探り状態でソロをしています。
彼だけが、いまいちのソロを取っています。
彼も良いソロをしていたら、だれる場面がなくなり、さらに聴き応えのある曲になったでしょう。
次は、2曲目の「Violets For Your Furs」です。
この曲は、「コルトレーンのバラード演奏の代表曲の1つ」と言われていますが、掛け値なしに本当に素晴らしい演奏です。
ピアノのイントロから、すでに最高の雰囲気に仕上がってます。
レッドはいい仕事をしましたねー。
イントロが終わると、コルトレーンが切々とテーマ・メロディを歌うのですが、
とにかく情感豊かで、惹き込まれてしまいます。
よーく聴くと、コルトレーンはかなり多彩なリズムを織り交ぜており、それがクールな雰囲気に繋がっています。
軽い気持ちで聴いていると、シンプルに歌い上げているように感じると思いますが、
実は細かいアクセントを大量に散りばめています。
次の3曲目もそうなのですが、コルトレーンのフレーズには全く無駄がありません。
全てのフレーズに、「なるほど! よし!」と納得がいくんですよ。
展開に無理がないし、「とりあえず言ってみた」的なフレーズが出てきません。
だから、どんどん感情移入できます。
コルトレーンに続くレッドのソロも、最高ですね。
ブロックコードを多用した、コード主体のソロをしていますが、この曲の甘い世界に非常にマッチしていると思います。
優しいタッチで丁寧に弾いていきますが、レッドの大得意な弾き方だし、完璧な出来です。
この曲では、バラードだからでしょうけど、コルトレーンは甘めのトーンで吹いています。
でも、重要な局面(盛り上がる場面)になると、力が入って、いつもの鋭いトーンになります。
これが、いいんですよ。
ずっと甘めのトーンだったら、単調になってきて、ここまで深みのある内容にならなかったと思います。
サム・テイラーなどのムード・テナーと呼ばれる人達は、良い音色をしていると思いますが、ずっと同じトーンで一本調子に演奏してしまうのです。
だから、安定感があってムードは充分ですが、感動できないものになるんですよ。
最後に、3曲目の「Time Was」です。
この演奏が、私はこのアルバムの中で1番好きです。
2曲目と同様に、他の管楽器が入らずに「テナー+リズム隊」で演奏されますが、とにかくコルトレーンのアドリブ・ソロが素晴らしいです。
ミドル・テンポで軽快に進んでいく演奏ですが、コルトレーンのアドリブは閃きに満ちていて、かっこいいフレーズが次々に出てきます。
というか、かっこ悪いフレーズ(いまいちのフレーズ)が一切ないです。
バラード以外でこんなにもスマートで無駄のないソロをするコルトレーンは、他には思い浮かばないです。
彼のベスト・ソロの1つだと、私は感じています。
これだけクオリティの高いソロができたのは、音数を少なくして、厳選した音を出しているからでしょう。
私としては、これ位の音数がちょうどいいと思いますね。
いつもの彼は、音を出しすぎだと感じます。
とはいえ、音をばんばん出す(音数の多い)演奏でも、それがはまればかっこ良いものになるんですよね。
マイルス・デイビスのアルバムに参加している時の彼は、マイルスのプロデュースのおかげなのか、音数が多くてもビシッと決まっています。
コルトレーンに続くレッドのソロも、素晴らしい出来です。
コロコロと転がる音は、レッドならではの世界ですが、ここでは最高の味わいになってます。
レッドのバックで叩いているアルバート・ヒースが、またいいんですよ!
ブラシでサポートしていくのですが、レッドの柔らかいふわふわしたニュアンスを邪魔しないように、優しくしなやかなリズムを出しています。
ここでのブラシ・ワークは、時々入れるアクセントが実に良い味を出しています。
レッドのソロが終わって次のベースソロに代わる時に、「ンンタタタッ、シャーン」と入れるドラム・フレーズが、特にお気に入りです。
軽やかで、最高に歌っているんですよ。
何という事もないフレーズなのですが、歌いっぷりが凄まじいので、印象に強く残ります。
「タタタッ」の部分はブラシでスネアを叩く音で、最後の「シャーン」はハイハットの
足踏みで打ち鳴らす音です。
私は、アルバート・ヒースとは、このアルバムで初めて出会いました。
最初に聴いた時は、「地味なドラマーだな。リズムは正確だけど、面白くないなあ」と感じ、評価はしませんでした。
アルバートは、目立つようなアクセントや、難しいフレーズ(個性的なフレーズ)を全然入れてこないのです。
どんなドラマーでも叩けるような、よくあるフレーズばかりなので、ぱっと聴くと詰まらなく思えます。
しかし、何回もこのアルバムを聴いているうちに、徐々にアルバートの良さが分かってきました。
彼の長所は、とにかくソロイストに合わせて、ソロイストを活かすようにプレイする事です。
じっくり聴いていくと、ソロイストが輝くためのベストなタイミングで、うるさくならない控え目なアクセントをつけているのに気付き、その名脇役ぶりに感動します。
アルバートは、セロニアス・モンクのバンドに参加していたシャドウ・ウィルソンみたいな、落ち着いたリズムに終始して、バンドを安定させるスタイルのドラマーですね。
リズムのゆったり具合や、決して無理をしない叩き方が、シャドウと似ています。
私が思うに、コルトレーンは、アルバートやシャドウみたいな脇役に徹するタイプとの方が相性が良かったと思います。
地味に感じるくらいのドラマーと組んだほうが、彼のテナー・サックスが際立ち、
聴き易く深みのあるサウンドになっていると思うのです。
コルトレーンというと、一緒に長くやったエルビン・ジョーンズがベスト・パートナーとされています。
しかし、両人共にばんばん音を出すタイプなので、うるさいんですよ。
たまにそれが上手く決まる時もありますが、基本的には耳障りなサウンドになっています。
コルトレーンは、自身が激しく吹き音数の多いスタイルなので、ドラムには大人しいタイプを起用した方が、バンド全体としてはバランスが取れたと思うのです。
エルビンとのコンビは、私には最良のものとは思えないですね。
話を戻しますが、レッドのソロの後には、ベースのポール・チェンバースのソロになります。
これも、なかなかです。
私は、ポールのソロにも集中しますが、それと同じくらいにレッドとアルバートのバッキングを聴きますねー。
特にレッドがここでしている「4の倍数の小節ごとに少しだけ弾くという、省エネのコードワーク」は、非常に美しいハーモナイズで、バッキングの見本みたいな出来だと思います。
それにしても、このアルバムでのポールの音は、いつもよりも硬いです。
ポールの音はしなやかで、ゴツゴツしていない柔らかい音なのですが、その特徴がここにはありません。
ベースの録音レベルが高すぎるせいだと思います。
このベースソロでは、何回か音がびびる(スピーカーがびびってノイズが出る)んですよね。
針圧の問題か、レコードの盤質の問題かと思っていたのですが、何度も聴くうちに録音レベルが原因らしいと気付きました。
この曲は、エンディングもとてもステキです。
やや唐突にエンディングに入り、「ンタタタ、ンタタタ」とのリズム・パターンを入れてから、リズムが停止します。
リズムが停止した時に、(それまでの熱い演奏との対比が生じるからでしょうが)そこに神妙な静けさがあり、スピリチュアルな美しさがあるのです。
一番最後にドラムが締めとして(静かなロールの後に)入れてくる、「ンンタタンン、
カーン」というシンプル極まりないフレーズも、とても気に入っています。
(厳密に言うと、「ツッド」というハイハット+バスドラの音が最後なのですが、
これはあってもなくてもいい音ですから。)
「ンンタタンン、カーン」は、ありそうで無い終わり方ですね。
ここまでシンプルな終わり方は滅多になく、かえって斬新です。
最初の聴いた時は、「あれっ、そうやるんだ? へえー。 シンバルをバシーンとやらずに、カーンだけですか。」と不思議に思いましたが、凄えかっこ良いよ、アルバート。
(2014年8月31日、9月2日に作成)