マイルス・デイビスの「バグス・グルーヴ」②

「バグス・グルーヴ」①の最後で宣言した通り、ここからはアルバムの3~7曲目(B面)について、素晴らしさを詳しく書いていきます。

まず、参加ミュージシャンを書きましょう。

マイルス・デイビス(tp) ソニー・ロリンズ(ts)

ホレス・シルバー(p)

パーシー・ヒース(b) ケニー・クラーク(ds)

(1954年7月29日に録音)

この5人は、すごく相性が良かったようで、緊密な連係をみせるとてもクオリティの高い演奏が、最初から最後まで展開されていきます。

お互いが補い合い高め合う関係で、演奏には白熱と調和とが見事に混在している。

ここでの演奏に大満足したマイルスは、このメンバーでバンドを結成しようと考えたほどです。

しかし様々な事情から実現せず、翌年にコルトレーンらが参加してマイルス・バンドが結成されるんですよね。

私は、ここで展開される圧倒的な名演を聴くたびに、「もしこのメンバーでバンドが結成されていたら、どうなっただろう?」と想像を膨らませてしまうのです。

コルトレーンらが参加したあのマイルス・バンドよりも、空間を活かした(休符の多い)、ファンキーな演奏になったはずです。

ホレス・シルバーは、この録音の後にアート・ブレイキーとバンドを結成するのですが、マイルスと共演してる時の方が3倍くらいかっこ良いと思います。

マイルスは、ホレスの一番かっこ良い所を、凝集して発揮させるプロデュース力があった。

この演奏と『ウォーキン』は、マイルスが1950年代の前半に取り組んだ「ビバップを、よりファンキーに粘っこくプレイする、ハードバップ・スタイル」の集大成だと思います。

1950年代の後半になると、マイルスはもっと洗練されたスタイルに移行し、粘っこさや熱さを抑える方向に進んで、スタンダード曲を軽やかに演奏し始め、やがてモード・ジャズにたどり着きます。

この変化は、ピアノにレッド・ガーランドを起用したのが大きい。

もしホレスがマイルス・バンドに本格加入していたら、50年代後半にもっとオリジナル曲が演奏されて、粘っこいリズムのファンキー・スタイルが追求されたと思うのです。

そんなマイルス・バンドも、見てみたかったなあ。

さて。

そろそろ、各曲の解説に入りましょう。

まずは、アルバム3曲目の「Airegin」です。

この日の録音では、ソニー・ロリンズの作曲が数多く取り上げられているのですが、この曲も彼の作曲です。

タイトルは「ナイジェリア」の綴りを逆さまにしたもので、アフリカをイメージして書いたらしいのですが、イントロがアフリカンなリズムなの以外は、普通のハードバップ曲です。

この曲は、コード進行が難しいんですよね。

演奏したことがありますが、すっごくプレイしづらかったです。

悔しかったので、マイルスとロリンズのソロを全部、耳コピーして研究したのですが、それでも演奏しづらかった。

この曲って、ややクールな曲調なのですが(メロディが間延びした感じで、情熱を込めづらいのです)、冷めた感じで演奏すると全く様になりません。

バックが(リズム隊が)燃え上がる必要があるのですが、一般的なミュージシャンだとかなりテンポを上げないと燃え上がるのは難しいです。

ここでは、速めのミドル・テンポで演奏してます。

普通だともっと温度の低い出来になるのですが、ケニー・クラークがドラムを叩いているため、そうなりません。

ケニーは、ミドル・テンポで演奏していても、超アップテンポの時くらいの熱い音にできる、凄いドラマーです。

ただライド・シンバルだけを「シャンン、シャンシャ、シャンン」と叩いているだけでも、すっげー熱い雰囲気を作れるのです。

この日のケニーは、いつも以上に気迫のこもった、最高に充実した音を出しています。

全てのフレーズが決まっており、何度聴いても痺れます。

シンバル・レガートを聴いているだけで胸が熱くなるなんて、なかなかないですよ。
「ケニー。凄いよ、お前は」と感嘆するしかない。

さらに、ピアノには、ジャズ史上でも屈指の「ファンキー・ピアニスト」である、ホレスがいる。

このセッションでは、ケニーとホレスが参加しているため、リズムがゆっくりでも、爆発的なエネルギーが底部に常に滞留している。

どんな時でも、だれる事がなく、リズムが躍動している。

ぜひ、ここに注目してほしい。

この曲では、マイルスとロリンズは難しいコード進行をものともせず、自由で滑らかなアドリブをしています。

そこに耳がいきがちですが、彼らが素晴らしいソロを取れる背景には、ケニーとホレスの多大な貢献があるのです。

もちろん、ベースのパーシーもすばらしい。

彼の音色の美しさとリズムの正確さには、いつも感動します。

音の骨格がしっかりしており、強い存在感があるのも魅力です。

全員が最高のプレイをしているし、さらにそれぞれの個性が1つに調和している。

バンド全体としての音に、まとまりがあるし、響きが美しいのです。

このメンバーで、他にもアルバムを出してほしかったですよ。

次は、4曲目の「Oleo」です。

これもロリンズの作曲ですが、リズムがとても変わっています。

予想と違う所で(一般的な曲と違う所で)、メロディが始まったり終わったりします。
アクセントの付け方も、すごくこだわって付けられてますね。

マイルスの自伝によると、この頃のマイルスとロリンズは、チャーリー・パーカーのアドリブで出てくるフレーズを、作曲で再現しようとしていた。

パーカーのアドリブを研究した結果、この曲ができたのだろうか。

AABA形式の曲ですが、Aの部分ではピアノとドラムが休みます。
その結果、ベースの音が強調されつつ、空間のあるゆったりしたサウンドになってます。

この日は、録音のバランスが良くて、ベースの音がきれいに厚みを持って録れています。
録音技師のヴァンゲルダーは、良い仕事をしましたねー。

パーシーの音は、音色の美しさと、柔らかくて優しいのに力強いリズムに、特徴があります。
それが、余すところなく収録されていますよ。

この日は、パーシーはいつも以上に気迫に満ちていて、ぐいぐいと共演者を引っ張る男性的なリズムを出しています。

普段はもっと控え目というか穏やかなんですけどね。

テーマでは、管楽器とウッドベースが絶妙のバランスで録音されており、その絡みぶりを聴いているだけでハッピーな気持ちになります。

アドリブ・パートでは、マイルスとロリンズのソロが、とにかく格好良い。

特にロリンズのソロは、もの凄くスウィングしてます。

ロリンズのソロでは、「2コーラス目の後半」が大好きです。

サビに入って少しすると、彼はそこから16分音符でずっと吹き進めていくのですが、リズム感覚が最高にお洒落で、粘っこいのに軽やかで、とにかくスウィングしています。

少し前のめりなリズムで、バップ・フレーズに独自の色を付けて、颯爽と吹くロリンズ。
最高です!

私は、『モンク・アンド・ロリンズ』の紹介文でも書きましたが、1950年代前半のロリンズのプレイが、大好きなのです。

この時期の彼のリズムには、ぐいぐい引っ張る力強さと同時に、可愛らしさや、自由で開放的な伸びやかさがある。

聴いていると、心が癒されるし、ウキウキしてくる。

ソロがピアノに移ると、ケニーはブラシに持ち替えて、スネアを撫でてサポートするのですが、これがまた最高にお洒落です。

この曲では、ケニーはずっと控え目な(おかずフレーズの少ない)サポートをしますが、とても良い味を出しているし、特にスネアを撫でた時にはめちゃくちゃスウィングしています。

ブラシのプレイでは、私はケニー・クラークとフィリー・ジョーが一番好きです。

2人共、表情をつけるのが上手いし、スウィング感がすばらしいし、控え目にしすぎず適度に前に出てくるセンスの良さに感心する。

ホレスのアドリブも、かっこ良いフレーズがばんばん出てくる質の高いものですが、どうしても後ろのケニーのブラシに耳がいってしまう。

ブラシで、こんなにもしなやかに快適に、粘りのある華やかな、芸術的に躍動するリズムを提供できるなんて。
神技だと思う。

この曲でのホレスのプレイは、私はバッキングの方が気になる。

サビの所でしか弾かないのですが、そこで弾くコードが最高にかっこ良い。

他の人はしない珍しいコード・ワークなのに、とにかく決まっている。
美しいし、劇的です。凄いセンスだ。

次は、5曲目の「But not for me」です。

このアルバムでは、「But not for me」が2テイク収録されており、こちらは「テイク2」です。
7曲目に、「テイク1」が入ってます。

大抵は、テイクが違ってもあまり演奏に変化はないのですが、これは大きな違いがあります。

「テイク2」はテンポが速まっていて、リズムも活気のある跳ねるものにしている。

両者を比べて聴くと、マイルスの表現力に感動します。
こっちでは切れ味のあるスタッカートの効いたプレイをし、リズム隊をリードしていきます。

私は、このアルバムで、「But not for me」の2テイクが(5&7曲目が)一番好きです。

なぜかというと、各人のアドリブ・ソロが、本当に美しいからです。

さらに、LPレコードで聴くと、この曲ではマイルスの音色が、とんでもなく美しいです。

特に「テイク1(7曲目)」のマイルスの音は圧倒的で、彼の最も美しい音色が聴ける曲の1つだと思う。

この曲は、テーマ・メロディもコード進行もあまり個性はないです。
でも、マイルスがもの凄い完成度でテーマ・メロディを解釈しているので、すっごい名曲に聴こえるんですよ。

私はここでのマイルスの演奏に感動し、「素晴らしい曲じゃないか。よし、俺も演奏しよう。」と思い、ギターで一生懸命に練習しました。

ところが、いざ自分が弾いてみると、名曲にならないのです。
メロディにあまり特徴がないので、最高の解釈にして粋に歌わせないと、様にならないのです。

私はこの時、「曲が良いわけではなく、マイルスのプレイが凄いのか…」と気付きました。

真似をしてみて、自分で弾いてみて、『マイルスの表現力がいかに凄まじいか』を、思い知らされました。

「But not for me」の2テイクは、ぜひマイルスの歌心に注目して下さい。
自在に無理なくメロディをフェイクし、神秘的なほどの美を感じさせるプレイです。

マイルスのプレイは完璧なのですが、この曲の素晴らしさはまだ終わりません。

驚くことに、ロリンズとホレスのソロも、完璧な仕上がりなのです。

要するにこの演奏は、『どのソロも、最初から最後まで完全無欠』です。

この曲をかけると、時間を忘れてしまう。
魔法があると思う。

次は、6曲目の「Doxy」です。

これもロリンズの作曲ですが、とても分かり易い、黒人らしさのある楽しい曲です。

コード進行もシンプルで、ジャズの初心者でも(誰でも)楽しめる演奏だと思う。

この日のマイルスは絶好調で、ここでも素晴らしいアドリブを取っていますね。
どのフレーズもメロディアスで美しい。

でもハイライトは、ロリンズのソロでしょう。
元気一杯の、最高に歌う、楽しいソロを披露しています。

ロリンズって、一般的には「明るく分かり易いプレイをする」と考えられているみたいですね。

でも色んな作品を聴くと、根が真面目な人なので、意外なくらいに『楽しさを全面に出した分かり易いプレイは少ない』です。

芸術性を追求している人なので、定番的な分かり易いフレーズはあまり使いません。

ところがこのソロでは、定番的なフレーズが(皆が使用する、誰にでも理解しやすいフレーズが)たくさん出てきます。

ここでの彼のソロをコピーした際に、「へえー。ロリンズって、こんなベタなフレーズを使う事もあるのか。あら珍しい。」と、少し驚きましたね。

この日のロリンズは、演奏をとても楽しんでます。
力が抜けていて、無理をしていないし、迷いがない。

彼を理解し評価しているマイルスがリーダーなので、安心してプレイでき、本領を発揮できたのでしょう。

マイルスが最高のプレイをしているので、自分がしゃかりきになる必要もないですしね。

ホレスのソロも、素晴らしいです。

こうしたファンキーで楽しい曲は、彼が実力を発揮できる世界です。

ピアノって、スタッカートを効かすのが難しい楽器なのですが、ホレスは実に上手くこなします。
いとも簡単に高レベルでこなしてしまう所に、天才性を感じます。

最後に、7曲目の「But not for me」です。

これは「テイク1」で、5曲目よりもテンポは遅く、このアルバムで1番ゆったりした演奏になっています。

5曲目の解説でも言及しましたが、ここでのマイルスの音色は、とにかく素晴らしい。
天国的な響きがあり、美そのものです。

透明感があり、甘く切なく、しなやかで伸びやかなのに緊迫感もあり一切だれず、繊細で女性的な雰囲気なのに確固とした信念を感じさせる音です。

何度聴いても飽きがこない、芸術の音です。

1954年~63年は、マイルスの音が最も芸術的だった時期だと思う。

魅力的で深みがあるし、温かみとクールさが同居していて他の人には絶対に出せない音です。
64年以降の変な誇張もなく、自然体を貫いている。

残念なことに、私の持つCDでは、その素晴らしい音が60%位しか再現されていません。

こういった芸術的な深い音は、なかなかCDだと聴けません。
こだわる人は(真のマイルスに出会いたい人は)、レコード盤で聴いて下さい。

マイルスだけでも大満足できるのですが、後に続くロリンズのソロも凄いです。

5曲目と同様に、感動的な完璧なソロを取っています。

あまりにかっこ良いので、私はソロを完全コピーしました。
(ロリンズだけでなく、マイルスとホレスのソロも、両方のテイクを完コピーしました)

その結果気付いたのですが、このテイクでのロリンズは、「フラテッド・フィフス(-5度の音)」を多用しています。

ー5度の音が頻繁に出てくる事で、切なくためらうような世界になっています。

元々は明るいメロディとコード進行をしているこの曲を、-5度でアレンジして『憂いをおびた青春の迷いの日々』みたいな世界にするロリンズ。

最高です。ええ、最高です。

この曲でのロリンズのサックスは、マウスピースの調整が悪いようで、「ピュイ、ピュイ」と特定の音程で鳴くんですよ。

よく使う音程が鳴くので、ひっきりなしに「ピュイ」とひっかかる音が出てきます。

最初の頃は「気になるなあ、ちゃんと楽器を調整して録音しないと!」と不満だったのですが、聴き続けるうちにどうでもよくなってきました。

そのうち、「可愛いなあ」とすら思える心境になりました。

ジャッキー・マクリーンの音程外れの泣きフレーズみたいな、個性的な味に思えてきたのです。

圧倒的にフレーズがかっこ良いからこそ、あばたもえくぼになる。

この時期のロリンズは、とてつもないフレーズを出せる真の天才でした。

ここまでですでに普通の曲の5倍くらいの満足感があるのに、ホレスのソロまでが名演になっています。

このソロは、私が最も好きな彼のソロの1つです。

ソロの構成に全く無駄がなく、ファンキーで元気なタッチのに、哀感もある。

音色も華やかでお洒落だし、全てのフレーズが感動的な名演です。

ホレスのソロでは、出だしの所で、ドラムのケニーが「ツツッ!」というハイハットを強く叩いて出すアクセントを入れてくる。
これが、素晴らしいセンスの良さで、いつ聴いても新鮮だし、感動します。

この録音では、ずっとケニーのドラミングがいかしている。
「それをここに入れる!?」と思わせるフレーズがかなりあり、それが見事に決まるのです。

フィリー・ジョーだと「センス良いなあー」と唸らされるのですが、ケニーの場合は「そう来るか!」と驚かされる。

予想外の事をするので、最初は驚くのですが、2回3回と聴いていくとその瞬間にビシッとはまるフレーズだと気付きます。

それにケニーのリズムって、ほんの少しだけ遅れ気味で、リズムをプッシュするように(前に押し出すように)する。

このリズム感覚も、非常に個性的ですね。

音がエネルギッシュだから、遅れても不自然にならず、重たくて厚みのあるリズムになる。

かなり個性的なリズムなので、共演者によってはやりづらいと感じるかもしれません。

彼は音色も個性が強く、シンバルはやたら「シャンシャン」と派手に響くし、スネアは「パタッ、トタッ」と鳴く。

普通だと、スネアの音は「タタッ」と軽快に決まるのですが、ケニーのは「パタッ」と独特のもたり方をする。

「スパン!」と決まらずに、響きが少し残る感じ(甘い感じ)があるのです。

彼がスネアを叩くと、「ントッ、ントッ」とか「パタタッ、パタタッ」とか、可愛い音がする。

どこか間が抜けていて、愛嬌がある。

おそらく、スネアの張り方(締め方)とスティックの当てる角度が変わっているのでしょう。

本人が大真面目に、大汗をかきながら叩いているので、よけいに可愛く思える。

ケニーが叩いていると、音色とリズムの出し方で、彼だと聴き分けられます。

改めて考えてみると、凄いドラマーだ。
自分を貫いて、独自の芸術的な世界を築くのは、本当に大変な事だからです。

ケニーはビバップの初期から活躍したドラマーで、「ビバップの創始者」の1人に挙げられてもいる。

多くのドラマーにとって憧れだったはずだが、真似をしているドラマーは少ないです。
だぶん、すごく研究しても、真似できなかったのだと思う。

音色はともかく、あの「タイム感覚」は盗めないもの、彼だけのものです。

このページの最初のほうでも書きましたが、この録音に参加した5人は、皆が個性の強いミュージシャンなのに調和していて、相性の良さを感じます。

演奏したのも、ここで発表した後に大人気となりロリンズの代表曲となっていく、名曲揃いです。

アドリブもメロディアスで聴きやすいし、最高にスウィングしている。

私は、『バグス・グルーヴ』は3~7曲目(B面)を聴くアルバムだと思っています。

(2015年11月12日、14日に作成中)


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