ジャンゴ・ラインハルトの「ジャンゴ・ラインハルト」

ジャンゴ・ラインハルトは、偉大なジャズ・ギタリストです。

彼はジャズ・ギターの創始者の1人で、非常にオリジナルなスタイルを築きました。

あまりに個性的かつ完成度の高いスタイルを確立したため、「ジャンゴ・スタイル」「ジプシー・ギター・スタイル」として、現在ではジャズの1ジャンルになってしまっているほどです。

私はジャズを聴き始めてすぐに、自分がギターを弾いていたので、「最高のジャズ・ギタリストの1人」とされているジャンゴのCDを買いました。

それが、ここで紹介するアルバムです。

聴いて以来、彼は私の憧れの存在になり、ギターを弾く上での最高の模範となりました。

ギターの音色とニュアンスの出し方については、どのギタリストよりもジャンゴを真似しました。

正直に言いましょう。

10年くらい真似を試みましたが、ぜんぜん真似が出来なかった。

私にとって、ジャンゴは『永遠の憧れの存在』です。

彼のように、滑らかに、自由奔放に、伸びやかで爽やかに、愛らしくセクシーに、ギターを弾けたら…。

私は、『史上最高のジャズ・ギタリストは、ジャンゴ・ラインハルトである』と思っています。

これは、今生が終わるその瞬間まで、変わらないでしょう。

ジャンゴに心底から惚れたので、ジャズ・ファンの知り合いができる度に、「私はジャンゴのギターが大好きなんです!」と伝えました。

すると、びっくりする位に、反応が鈍い。

やがて、ジャンゴが「敬して遠ざけられる存在」だと分かりました。

ジャズ・ファンたちは、ジャンゴのギターにオリジナリティを認めつつも、理解しようと努めず、愛聴していない。

この理由として、SPレコード時代の録音のため音質が貧弱なことと、ジャズの本場であるアメリカのスタイルと異なること、があるのだと思います。

ジャンゴは、ヨーロッパのジプシーの出身で、フランスで主に活躍した人です。

だから音の香りやリズム感が、一般的なアメリカのジャズとは違う。

それ故に、日本のジャス・ファンから差別されている感があるのです。

「ジャンゴのギターは、最高だと思います!」と私が訴えた時に、相手が困惑した顔をして「そうなんだ…」と気のない返事し、目をそらしたり話題を変えたがるのが、何回も繰り返された。

私は徐々に、言うのを躊躇うようになりました。

自分が心から愛している音楽が、仲間であるはずのジャズ・ファンから、軽視され遠ざけられている。

この事実は、大きなショックでした。

まだ若かった私は、「こんなに素晴らしい音楽を評価しないなんて、お前らの耳は節穴か。こんなクソ共と話してもしょうがない。」と思ったりもしました。

傷ついた心を抱え、孤独にジャンゴを愛聴する日々。

そんな日々が数年も続いたが、ある日のこと。

行きつけのCDショップに入ったら、ジェフ・ベックが特集されてました。
そして彼の紹介文には、「最も凄いと尊敬するギタリスト、この人には勝てないと思うギタリストとして、ジャンゴの名を挙げている」との一文が添えられていたのです。

この時のことは、今でも覚えています。
あんなに嬉しかった瞬間は、なかなか無い。

「あのジェフ・ベックが、ジャンゴを最大級に評価している。
 ジェフはやっぱり、分かってるな~。

 俺達は仲間だ、ジェフ・ベックと俺は同じセンスなんだ。

 分かる奴にはちゃんと分かっているんだ。
 そうだよ、ジャンゴは凄いんだ。
 俺は間違っていなかったんだ!!」

孤独の中で苦悩していた私の心は、ジェフによって癒されました。

これ以降、私の知り合いにジャンゴを評価する者がいなくても、寂しくなくなった。
だって、ジェフが居てくれるもの。

ここまでの話で分かるように、ジャンゴの音楽は敷居が高いらしいです。

あんなに美しいのに、無視するジャズ・ファンが多い。

ジャズ・ギターを弾く人と話しても、ジャンゴに言及する人はいなかったです。

ケニー・バレルやウェス・モンゴメリーやグラント・グリーンやジョー・パスの名は、するすると出るのに。

会話中に、心の中で(バカやろう! ジャンゴが一番なんだー!!)と思う時もあったが、ぐっと堪えた。

ジェフ・ベックが一緒に居てくれれば充分だ。それ以上は求めない。

えー、話がずれてきているな。元に戻します。

ジャンゴのギターの素晴らしい点は、沢山あるのですが、特に指摘できるのは『音色の美しさ』『表情の豊かさ』です。

彼の音色は、甘くて優しく、色気がたっぷりとあり、つややかで瑞々しく、金属的な響きが全くない。

この独特の音色は、マカフェリというヨーロッパ産の名ギターを使用していた事と、ギター・アンプを通さない生音で勝負していた事から生まれたものです。

私は、これ以上に魅力的なギターの音色を知りません。

ジャズに限らず、ロック、ブルース、クラシック、ラテンなど、様々なジャンルのギターを聴いてきましたが、私の好みでは『ジャンゴがベスト』です。

今までもこれからも、ギターを弾く際には、自然に彼の音色を目指してしまう。

私にとってジャンゴの音色は、それ位に身体に染み付いたものとなっています。

表情の豊かさも、ジャンゴがベストだと思っています。

あまりに自然に簡単そうに弾いているので、普通の人だと、その凄みに気付かないと思う。

だが、とてつもない表現力をしています。

彼のギターを耳コピーした時に、圧倒的な表現力を実感しました。

なにしろ、1から10まで真似ができない。

ジャンゴは、「素早い右手のオルタネイト・ピッキング」と「左手指のスライド」を合わせる技を得意にしています。

ソロでしょっちゅう出てくるので、それもコピーしたのですが、何度やってもジャンゴの様な芸術的な愛嬌のある表情になりませんでした。

私は色んなギタリストを耳コピーしましたが、ぜんぜん真似ができず(近いニュアンスを全く出せず)「この人にはどうやっても届きそうにない」と脱帽したのは、次の4人です。

ジャンゴ、ジェフ・ベック、ジミヘン、BBキング。

この4人は、普通と違うタイミングで(譜面に表せない独特のタイミングで)、音を出したり曲げたりする。

彼らに比べれば、クラプトンとかウェスは、はるかに真似しやすいです。

この4人は、1音1音に表情をつける事ができるのです。

1フレーズごとに表情をつけるのではなく、1音につけてしまう。

特にジャンゴは、表情がとても多彩で、歌心が抜群です。

あのジェフ・ベックが負けを認めるのだから、折り紙つきですよ。

私の経験からいっても、ぶっちゃけた話ジャンゴの凄さは、分からない人には分からないのだと思います。

もし貴方に分かるのならば、それは自慢していい。
「貴方には素晴らしい芸術センスがある」と、私とジェフが保証します。

ジャンゴのギターを語り出すと、切りがなくなってしまう。

そろそろアルバムの内容に入り、その中で彼のギターについても語ろうと思います。

ここで紹介するアルバムは、『ジャンゴ・ラインハルト』というタイトルのベスト盤です。

ジャンゴは色々な編集のアルバムが出ていますが、私がジャンゴに出会った思い出深いこのCDを紹介したいと思います。

『ジャンゴ・ラインハルト』は、1994年に発売されたCDで、すでに廃盤になっていると思います。

これから紹介する曲を聴きたい場合、中古CDを探すとか、ネット上で探すとかして下さい。

収録曲はすべて、1935~39年にパリで録音されたものです。

では曲の紹介に入りましょう。

まず、1曲目の「Georgia On My Mind」です。

ジャンゴはこのスタンダード曲を、テーマ・メロディを崩しながら弾いていくのですが、最高です。

彼は、いつも余裕たっぷりに弾くのですが、めちゃくちゃスウィングするんですよ。
リズム感覚がずば抜けています。

出だしでチョーキング(指で押さえた弦を持ち上げて音程を上げるテクニック)を使っていますが、彼のチョーキングって甘くて色っぽいんですよねー。

チョーキングでかっこ良さ(クールさ)や切なさを出せるギタリストは多いが、甘さと色気を出せる人はなかなか居ません。

このソロでは、かなり難しいフレーズを弾いているのですが、まったく淀みがありません。

水の流れのようにスムーズに、次々とフレーズが展開していく。

これこそギターの最高峰。

ジャンゴがソロを終えると、歌とヴァイオリン・ソロが続きます。

ヴァイオリンを弾いているのは、ステファン・グラッペリという人で、ジャンゴの相棒として長く活動した人です。

よく歌うし、スウィング感も申し分ない。素晴らしい名手です。

ギターとヴァイオリンが中心のジャズ・バンドは、他には無いです。

これも、ジャズ・ファンが敬遠する理由なのだろうか。

トランペット、サックス、ピアノがいないから、ジャズらしからぬサウンドと言えばそうなのだが、名演を繰り広げているのだからそれでいいじゃないか。

ジャンゴ以上に歌える管楽器奏者なんて、ほとんどいないぞ。

次は、4曲目の「Parfum」です。

これは、ジャンゴ1人での演奏(ソロギター)になってます。

ジャズでは、ギター1本だけでの演奏は割とあるのですが、ほとんどはダイナミックさに欠けて平板になります。

起伏のある充実した演奏は、そう簡単にはお目にかかれない。

ジャンゴのソロギターは、スケールが大きい。
ダイナミック・レンジが広くて、色んな表情を見せてくれます。

フレーズが多彩で、超絶テクの連続ですが、テクを聴かせるものにならず、きちんと音楽として聴ける。

ジャズのソロギターを弾いた事のある人だと分かると思いますが、飽きさせずに1曲を聴かせるのは檄ムズです。

静かな雰囲気で進み、お洒落なコードを入れてジャズっぽさを出しつつ、さらっと時が過ぎて曲が終わる。そんな内容がほとんどです。

ジャンゴみたいにダイナミック・レンジを広くとり、曲の中にドラマを展開させるのが、どれほど難しいか…。

ここまでに言及しませんでしたが、ジャンゴは火傷の後遺症で、左手(弦を押さえるほう)の薬指と小指が使えなかったのです。

写真を見ると分かりますが、薬指と小指が固まってしまっている。

つまり、弦を押さえられるのは、親指を入れても3本しかない。

私は、「Parfum」などをコピーした経験から、「3本の指では、出しているコードをどうやっても弾けない。使っていないとされる薬指と小指のうち、どちらかは使っているに違いない。」と推測しました。

当時はジャンゴの演奏映像は残っていないとされており、私の分析を検証する機会はありませんでした。

その後、ジャンゴの生涯を描いたドキュメンタリー映画が登場し、そこには彼の演奏する姿が短い間でしたが、収録されていた。

ジャンゴの弾く姿に感動したが、コードを押さえている場面はなく、検証できなかった。

それから長い歳月が経ち、インターネットががっつりと普及した。

先日にユーチューブで調査したところ、私の知らなかったジャンゴの映像があり、ソロギターを弾いている映像もあってコード・ワークがばっちり見れたのです。

私の予想していたとおりに、ジャンゴは薬指を使っていた!

ほとんど動かないと思われる薬指を、高音部を押さえるために、わずかながら使っていた。

私は正しかった。
15年以上の時間を経て、私の仮説は証明されたのです。

格好良くないですか?
科学者の仮説が、時間を経て証明されたみたいな感じ。

ジャンゴは、シングル・トーンのフレーズを弾く際には、人差し指と中指しか使いません。

それなのに、もの凄く難しいフレーズを、ためらうことなく次々と連発します。

私がコピーすると、4本の指を駆使しても辛い。
彼のフレーズをコピーしながら、「ありえねー、人間じゃねえー」と痛感した。

ジャンゴの映像を見ると、人差し指と中指がハンパないレベルで素早く動いている。

速いだけでなく、蜘蛛の足とか蛸の足みたいに伸び縮みし、ウニウニと変な方向に動いていく。

正直、ちょっと気持ち悪い。

ジャンゴは、火傷の後遺症を乗り越えるために、妖怪になってしまった(人間を超越してしまった)のかもしれない。

2本の指を火傷で失ったのに、ギターの道を諦めなかったのは、それだけでも凄い。

私だったら、諦めてしまうでしょう。
弦楽器の演奏者だと分かるはずですが、薬指と小指ってかなり使いますから。

ぶっちゃけた話、人差し指と中指だけで弾ける曲なんて、ほとんどありません。

そんな曲は、初心者向けの特別な曲だけですよ。

私は試しに、2本の指だけでジャンゴのフレーズを弾いた事がありますが、「ぜんぜん出来ん。意味が分からん。」とすぐに投げ出しました。

「ジャンゴって、本当に人間なのだろうか?」とすら思いましたよ。

『ジャンゴは、実は妖怪でした』との説が出たら、私は「そうなんだ、それなら納得~」とむしろ安心してしまうかもしれません。

ハンディを乗り越えるだけでも凄いのに、彼は史上最高レベルのギタリストになった。

誰よりも芸術を表現してしまった。

そんな人を無視するか、日本のジャズ・ファン及びジャズ・ギタリストたちよ。

くそっ。ジャンゴがナンバーワンなんだ。

それなのに、「凄いとは思うよ、でもずっと昔の人じゃん。それにアメリカ人じゃないし、黒人じゃないし。傍流でしょ。」みたいな、冷めた目で見やがって。

書き進めるうちに、だんだん腹が立ってきたな。
昔の感覚を思い出してきたよ。

「Parfum」の解説をするはずでしたが、ジャンゴのギター・スタイルの解説になりましたね。

長文になってきたし、この曲の解説は省略しましょう。

聴いてもらえれば、凄みは分かると思うから。
だって数あるジャズのソロギターの中でも、別格にかっこ良いもの。

次は、9曲目の「Finesse」です。

この曲が、私は1番好きなのです。

沢山あるジャンゴの演奏の中で、最も美しいソロを取っていると思います。

この曲はジャンゴの作曲ですが、メロディがとても美しい。

そこが、まず評価する点です。

次の評価点は、レックス・スチュアート(cor)とバーニー・ビガード(cl)という、当時の最高レベルのミュージシャンが参加している事です。

この2人はアメリカ人で、ジャズ・ファンならば誰でも知っているほどの名手です。

2人はパリに演奏旅行に来て、この録音に参加したのでしょうか。

さらには、この曲ではジャンゴ以外のギタリストが参加していません。

これって、けっこう珍しい。
いつもは彼以外にも、1人か2人のギタリストが参加しています。

ゆったりしたテンポで演奏されるのですが、レックスとバーニーは情感豊かに愛らしくソロを吹きます。

このソロだけでも、充分に感動できます。

2人がソロを取る間は、ジャンゴはバッキングに徹しています。

このバッキングがまた、実に素晴らしい。

ジャンゴは、ほとんどの場合はもう1人ギタリストを用意し、その人にバッキングを担当させて自分はソロに集中します。

要するに、ジャンゴがガッツリとバッキングをするのは少ないのです。

とはいえ、彼のバッキング能力はすさまじく、自然な響きと強烈なスウィング感は次元が違います。

その至芸が、この曲では彼しかギターが参加しておらず、ピアノも居ない編成なので、はっきりと聴き取れます。

彼は、レックスのソロの時はアルペジオでバックを付けます。
その次のバーニーのソロでは、コードを中心してのバッキングに変えます。

違ったテクニックを使っているが、どちらも素晴らしい。

細かく聴いていくと、バーニーのソロの時は、オクターブ奏法を途中で使っているし、テクニカルなアプローチもしていると気付きます。

難しい技も使っているのに、どの瞬間にも余裕があり、滑らかに展開していく。
凄いよ、ジャンゴ。

上記の通り、レックスとバーニーのソロ部分だけでも、その内容には感嘆します。

だが、その後にジャンゴがソロを取り始めると、そこまでの全てがかき消されてしまう。

ジャンゴがソロを始めると、ウッドベースだけがバッキングをする。

ギター+ベースのシンプルな編成となるが、それ故にジャンゴのソロはくっきりと出て、細かいニュアンスまで完璧に聴こえる。

そうして、そのニュアンスの豊かさに、深く感動します。

(本当はバーニーがドラムも担当していて、ブラシで静かにサポートしています。でもそれはオマケだから。)

ジャンゴのソロは短いのに、その内容の濃さ深さに圧倒されます。

私は、これ以上に内容のあるジャズ・ギターのソロを、聴いた事はないです。

ジャンゴのソロって、常にダイナミックなんですよね。
盛り上がる所では、「ググー」とリズムに躍動感が出てきます。

ほとんどのジャズ・ギタリストは、音の強弱に幅がなくて、リズムも味気ない。

ここでのソロは、最初は静かに始まり、だんだんと盛り上がっていく。
その中で出してくるフレーズは、どれもが輝いている。

表現力と展開力の凄さには、脱帽するしかない。

ジャンゴは、音色の美しさでも際立ってます。

この曲での音色は、完璧だと思います。

様々な表情を見せてくれるし、一貫して華がある。
にごりやくすみの無い、透明感のある音で、味わいがありキラキラしている。

このジャンゴのソロは、ギター演奏の最高峰の1つだと思っています。

ギターを志す人には、ぜひ聴いて頂きたい。

最後に、11曲目の「Rose Room」です。

ジャンゴが最初からソロを取り、颯爽と弾いていく快い演奏です。

ジャンゴのソロは、1つ1つの音が跳ねていて、そこが誰にも真似できない所です。

ここでの彼のソロをコピーした時に、その事実に気付かされて愕然としました。

私が彼に合わせて同じ音を同じタイミングで出しても、音が跳ねないために、全く違うニュアンスのソロになってしまう。

で、跳ねっぷりまでコピーしようとしてみたが、とんでもなく難しい。

彼のソロの1番の肝は、『リズム感、音の跳ねっぷり』です。

ここを真似できないと、彼の出す表情を再現できず、コピーしても全然違うものになってしまう。

私はこれを理解した上で、頑張って真似をしたのですが、ついに近づけませんでした。

考えてみると、ジャンゴは史上最高のギタリストの1人。

だから、真似できなくても当然ですね。

サッカーで、メッシのプレイを深く分析しても真似できないのと一緒です。

ジャンゴのソロが終わると、グラッペリのソロになりますが、これもかっこ良いです。

ギターのバッキングも活かしてます。

今回の文章は、いつも以上に私の感情と経験を吐露するものになりました。

それだけジャンゴへの愛が深いという事です。

ジャンゴがナンバーワンなんだ。

誰が何と言おうとも、私にとっては彼こそ最高のジャズ・ギタリストです。

(2015年12月16日&23日に作成)


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