このアルバムは、ブルーノート・レーベルから出されたもので、「Vol.1」とセットになっている様な作品です。
一般的にはVol.1の方が有名で、私も最初はVol.1ばかりを聴いていました。
それがある時、LPレコードでこの作品を手に入れて聴き始めたところ、このVol.2にはVol.1には無い、いぶし銀のクールさがある事に気づきました。
それからは、Vol.2の方もしょっちゅう聴くようになりました。
Vol.1は、トランペットやサックスが曲によっては入ったりするのですが、Vol.2は『大半の曲がピアノ・トリオでの演奏』です(2曲だけピアノソロ曲が入っています)。
そのため、バド・パウエルのピアノを堪能できます。
この作品はバドの最高傑作の一つですが、Vol.1に隠れてあまり注目されていません。
そこで、今回はこのアルバムを取り上げることにしました。
なお、このアルバムは通常盤と完全盤の2種類があります。
今回は、通常盤を取り上げる事にしました。
完全盤には別テイクが加えられていますが、どの曲も通常盤に入っている本テイクの方がかっこいいです。
バド・パウエルはジャズ史上屈指のピアノ奏者で、生前から伝説的な存在でした。
マイルス・デイビスは自伝で、「チャーリー・パーカーとバド・パウエルは、何も考えずにそのまま演奏するだけで凄い演奏が出来る、真の天才だった」と語っています。
バドは、『演奏を聴くと、否応なしに聴き手に天才性を感じさせる』という、凄いカリスマ性があります。
音に威圧感があるし、挑戦的な姿勢を貫くので、聴き手の肩にも力が入ります。
だから、慣れるまでは聴きづらい所があるんですよね。
バドの演奏は、聴き手が「あんたは真の天才だよ。私はそれを100%認めます。」と思えないと、「何だ、このわがままな演奏は!」と、なってしまいます。
聴き手に配慮をするとか、聴き手の要望に応えるという態度は、バドには一切ありません。
このストイックでシリアスな、100%我が道を行く態度を、受け入れられるかどうかで、バドの音楽を楽しめるかどうかが決まります。
バドの世界は、『孤高』そのものです。
「ミスター・孤高」と言っていい存在ですね。
最初の敷居は高いのですが、一回バドの世界を受け入れると、バドのうなり声や荒いタッチにすら愛情を感じるようになります。
バドの演奏を楽しめるかどうかで、その人が『天才を受け入れる度量があるかどうか』が、ある程度は分かるんじゃないかと思いますね。
ここからは曲を解説しつつ、バドの凄みを話していきます。
まず、1曲目の「Reets and I」です。
この曲は、バドのあらゆる演奏の中でも、私が最も好きな演奏の一つです。
とにかくスウィングしていて、ベースとドラムと一体になっているんですよ。
ここでのバドのフレーズは、滑らかで、オリジナリティにあふれ、輝きがあり、最高です。
芸術の化身になっていますねー。
バドは、調子の良い時は、フレーズがすべる様になめらかに進みます。
クラシックのピアニストでも、ここまで滑らかな人はなかなか居ないです。(クラシックとはニュアンスが違いますが)
この極上のすべり感は、バドだけに出せたフィーリングです。
バドにしか出せない独特のすべり感で、かっこいいフレーズを連発するのを聴いていると、「バド、お前は美しい…。天使の様だ。」と思います。
曲を通してずっとうなり声が入っていますが、バドの誠実・一途な想いが伝わってきて、「よし、いいぞ!行くんだバド。」と応援しちゃいます。
ドラムのアート・テイラーは、テーマの時に絶妙なアクセントの入れ方をします。
バドの演奏を完璧に理解していないと出来ない、一心同体となったアクセントの入れ方です。
テーマの中でテイラーは、スネアで「ンタタ、ンタタ」と三連符を時折入れるのですが、それがとても軽やかで粋で妙にかっこいいです。
この曲は、テーマのリズムがしゃれていて、すごくかっこいいんですよ。
ウラ拍を活かした、すてきなメロディになってます。
最高にスウィングしているので、聴くたびにバドのピアノに合わせて、メロディを口ずさんでしまいます。
次に3曲目の「I Want To Be Happy」です。
ここでのバドのプレイは、このアルバムのハイライトの一つです。
まずテーマは、厚めのコードを中心にして弾いていくのですが、最高に決まってます。
速いテンポなのに、ばっちりのリズムでコードを熱い音で弾いて行くのを聴いていると、こちらの心身も熱くなってきます。
アドリブに入ってからも、メロディアスで最高なソロを聴かせてくれます。
バドはアドリブで乗ってくると、左手のバッキングをほとんどしなくなる人で、この曲でもアドリブ中はほとんど左手を使いません。
しかし、たまに「ダーン」と入れる左手のコードが、かっこいいんですよねー!
バドの左手は、とにかくリズム感がすばらしいです。
たくさんいるジャズピアニストの中でも、バドの左手のリズム感の良さは、際立っています。
この美質は、麻薬と酒のために、この録音の後に失われていってしまいます。
ベースのジョージ・デュヴィヴィエは、1コーラスのソロを取っていますが、このアルバムで一番のベースソロに仕上がっています。
彼のベースは無骨かつ硬派な感じで、男っぽいですね。
次は、4曲目の「It Could Happen To You」です。
これは、ピアノソロ曲です。
バドがソロピアノで演奏すると、スーパー・ストイックな世界になるのですが、ここではそれが最高のかたちで結実しています。
とにかくカッコイイです。
様々なフレーズを、曲の中に強引に散りばめていくバドを聴いていると、「そこまでストイックにやるか。さすがバド!」と感動します。
基本的にルバートぎみに弾いているのですが、途中でインテンポになる所があります。
そこの所が、空気感が変わって、特に好きですね。
次は5曲目の「Sure Thing」。
この曲は、テーマ部分が凝った作りになっています。
バドの左手に合わせて、ベースのデュヴィヴィエが同じ音を弾いていくのですが、息がぴったりと合っていて、とても気持ちいいです。
ここでのバドは明るい音を出しており、聴きやすいです。
バドの世界は重厚で暗めの音が基調ですが、ここではかなり爽やかな演奏になっています。
エンディングも、美しく綺麗な世界で終えています。
いちばん最後の高音での締めのフレーズは、バドがよく使うフレーズなのですが、本当に美しいです。
バドの音って、汚れを感じない澄み切った音をしていますよね。
この美質も、麻薬と酒のために徐々に失われていきます。
もっとも、この後の時期の濁った音も、味があってかっこいいのですけど。
7曲目の「Glass Enclosure」。
この曲はバドの作曲ですが、アドリブは全然なくて、バドの作曲世界を堪能できます。
聴いていて思うのは、バドの世界は中世的というか古風な趣がある、という事です。
アーティストって、未来志向の人や、現在をとにかく見つめる人とか、色々なタイプがいるのですが、バドは過去を見つめる人ですね。
バドの親友だったジャッキー・マクリーンは、「バドは音楽の事しか頭になく、いま世間で何が起きているかを全く知らないし、自分の近所でも道に迷ってしまうほど、世間と隔絶していた」と回想していますが、音楽にもそれが出ていますね。
この曲も超俗的で、聴いていると東欧あたりの修道院が頭に浮かんできます。
微妙に宇宙空間も感じさせるのですが、このあたりはバッハと似ています。
8曲目の「Collard Green And Black-Eye Peas」。
これは典型的なブルース進行の曲です。でもバドの手にかかると、ブルースが硬派で格調の高い別の何かになります。
テーマ時はラテンタッチにしていますが、アドリブに入ると普通の4ビートになります。
この4ビートに移る瞬間が、緊張感があってしびれますね。
バドはブルースでも、粘りや泥臭さを一切表現しません。
他のスタンダード曲などと全く同じに、あくまでもシリアスに、遊び心を全く入れずにプレイします。
これは、かなりジャズピアノでは異色です。普通はもっと聴き手(黒人達)が喜ぶように、粘っこくムーディーに演奏するからです。
バドの生真面目で妥協を許さない性格が、反映されていますね。
ピアノのアドリブが終わると、ベースソロが始まり、バドはバッキングを始めます。
これが、最高なんです。
聴くたびに「バドのバッキングはやっぱり最高だな! こんなバッキングは他の誰にもできないよ。」と思います。
私は、他の人がソロを取っている時の、バドのバッキングがとても好きです。
バドのバッキングは、シンプルさよりも、メロディアスなフレーズをクールに弾く事を目指した、芸術性を優先する難易度の高いものです。
彼のバッキングは個性的だし芸術的なので、憧れて真似をしようとする人もいます。
でも、ほとんどの人はテクニック不足でリズムがずれてしまう。
最後は、10曲目の「Audrey」です。
この曲もブルース曲なのですが、テーマではコードを大幅に変えています。
アドリブソロに入ると、普通のコード進行になります。
テーマはリズムも変わっていて、拍子を数えていないと、どこだか分からなくなります。
12小節×2の、一般的なブルースの作りなのですが、そうは聴こえないように細工されています。
バドのアドリブ・ソロは、後半はコードでのソロになりますが、バドにしか出せないコードの連発で、知的な美しさがあります。
ソロの後はテーマに戻るのですが、バドは最初の入りのリズムを間違えています。
すぐに修正していますけどね。
この曲のテーマは、難しいですね。
最初と最後に同じフレーズが出てくるのですが、最初の時と最後の時ではリズムが違うんです。
これで、解説を終えます。
バドのすばらしさを文章で伝えるのは、なかなか容易ではないですね。
でも、結構がんばって伝えられたと思います。
バドは麻薬と酒のために体調が悪い時が多くて、なかなか最高のプレイを聴かせてくれませんが、このアルバムでは最高のプレイをしています。
プロデューサーのアルフレッド・ライオンの手腕も大きいのでしょうね。
今となっては、人類全体にとってのお宝的なアルバムです。
(2012年12月1日に作成)