魂の言語(感情)には、愛と不安の二種類しかない
愛を選びなさい

 神

「愛」と「不安」は、私が宇宙を創造した時に生み出した、二つの極なのだ。

これが、『相対性』というシステムを可能にする。

思考も行動も、どちらかを根拠としている。

様々な思考や感情は、この二つの極から派生した、バリエーションにすぎない。

この二つは、人間を動かす生のエネルギーだ。

人が何度も同じ体験をくり返すのは、愛→不安、不安→愛へと、揺れ動くからだ。

そして、揺れ動くのは、神の愛を信じていないからだ。

「神の愛は、常に存在する」と信じられなくて、他の誰の愛を信じられるのか。

あなた方の多くは、「自分はだめな存在だ」と考えている。

そう思わせたのは、両親だ。
親は、「戒律(ルール)を破れば、罰せられる」などと言い、愛は条件付きだと教える。

そのためにあなた方は、『無条件に愛されること』を忘れてしまい、神の愛も同じ様なものだと思ってしまう。

そして、神は恐ろしいものだと思う。

だが、神は善悪を決め付けたり、罰を与えたりはしない。
(神の愛は、無条件の愛である)

愛は、持っている全てを与え、なだめて育む。

愛と不安の他には、選択の余地はない。
だが、どちらを選ぶかは、自由に決められる。

ニール

私たちはどうして、不安が勝ってしまう事が多いのでしょうか?

 神

不安を抱えて生きるように、教えられているからだ。

あなた方は、「一番強い者が勝ち、一番利口な者が成功する」と聞かされてきた。

だから、強くなろう、利口になろうと必死になり、劣っていると負けてしまうという不安に怯える。

だが、愛に支えられた行動をとれば、生き延び、真の勝利をし、真の成功をする。

それだけでなく、『自分は本当は何者か、何者になり得るのか』という、栄光に包まれた経験ができる。

一番の教師は、外にいる者ではなく、あなたの心の声である。

それが、私が使うコミュニケーションの、第一の道具だ。

(『神との対話1』から)


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