赦しとは、認識の拡大である

 神

自分の「神性ではない」と思う部分を赦すまでは、自分の神性は分からない。

他者の「神性ではない」と思う部分を赦すまでは、他者の神性を見抜けない。

 赦しとは、『認識の拡大』である。

自分や他者の神性ではない部分を赦すとき、自分や他者の神性を経験できる。

その時にあなたは、「赦しは必要ないこと」を理解するだろう。

なぜなら、『私たちは一つである』と気付くからだ。

すべては一つなのに、誰が誰を赦すというのか?

すべては一つなのに、何を赦すというのか?

『私たちは一つである』という真実には、大きな平安がある。

平安が、あなた方と共にありますように。

(『神とひとつになること』から)


神との対話 究極の真実(哲学的な事柄)の目次に戻る