禁欲がセックスをするよりも、悟りに近いわけではない

ニール

セックスがすばらしい体験なら、どうしてマスター達は禁欲を勧め、独身を貫くのですか?

 神

マスター達は、「欲求と精神や肉体の、バランスを取りたい」と考えるからだ。

彼らは、「諦めている」のではない。
「持っても仕方がない」と知っているだけだ。

デザートのお代わりをしないのと同じだ。

デザートが不味かったからではない。
「美味しいけれど、もう充分」という事だ。

禁欲よりもセックスをする方が、悟りや成長から遠いわけではない。

悟りで消えるのは、「セックスに溺れること、根深い欲望、衝動的な行動」だ。

セックスに対する真の評価は消えないし、消えるべきでもない。

人生のすべてを評価する事は、私が創造したプロセスを称える事だ。

私は軽蔑すべきものなど、何も創造しなかった。

(『神との対話2』から)


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