旧日本軍の第731部隊
細菌兵器を開発・使用して、多大な犠牲者を出す

(『アジア三国志』ビル・エモット著から抜粋)

中国北東の黒龍江省の平房にある『第731部隊の罪証の陳列館』は、第731部隊の悪行を展示している。

ここは昔、第731部隊の本部だった。

満州第731部隊は、大規模な細菌兵器の研究・実験・製造を行った。

人間も実験に用いられ、1939~45年の間に、研究所で3000人以上が殺された。

開発された細菌兵器は実戦に投入されて、30万人以上が殺されるか身体不自由になりました。

第731部隊は、アウシュビッツのドイツ軍とは違って、大量処刑工場ではなかった。

それに、ヒトラーのユダヤ人根絶計画のようなものも日本には無かった。

だが、第731部隊による犠牲者たちは、非人道的な扱いを受け「マルタ(丸太)」と呼ばれていた。

犠牲者のほとんどは、地元の中国人だった。

第731部隊が行った事は、日本軍が満州で行った事の中でも、最も明白に戦争犯罪と言いきれる所業である。

ここに居た元日本兵の証言によって、『人間を対象として、生物兵器と化学兵器の実験を行っていたこと』が分かっている。

元日本兵が証言した事が、説得力のある展示の基礎となっている。

というのも、物的証拠や記録は、日本の敗戦時にほとんどが破却されたからである。

皮肉なのは、アメリカ主導で行われた極東国際軍事裁判では、第731部隊についての証言が1つも開陳されなかった事だ。

これは、アメリカが元731部隊の人々と取引をし、実験資料の提出の見返りに罪を免じたからに他ならない。

アメリカは、ナチスの科学者たちに対しても、同じ措置をとっている。

第731部隊の悪行が明るみに出たのは、1949年にハバロフスクで開かれた戦争犯罪裁判だった。

関東軍と第731部隊の幹部将校12人が、ソ連軍に捕まっており、裁判にかけられて有罪となったのである。

しかしハバロフスク裁判は、西側世界ではプロパガンダであるとして否定された。

第731部隊にいた将校は、中国での1956年の裁判でも有罪となった。

ハバロフスクで裁かれた12人も有罪となり、最高25年の刑を宣告されたが、同年に日本に送還された。

1945年に、戦争犯罪の容疑で日本兵が数千人もソ連で処刑されたと考えられている。

送還された12人は、資料をソ連に渡すことで、減刑してもらった可能性がある。

第731部隊については、ようやく事実がはっきりしてきたのは、1980年の事である。

ジャーナリストのジョン・パウエルが、アメリカの秘密指定を解除された文書を調べて、『アメリカ政府と第731部隊の科学者の免責取り引き』を暴いた。

(2014年5月27日に作成)


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